(1)日鉄による米国USスチール買収計画に対して、バイデン大統領は米国の「安全保障」(security)にかかわるとして中止命令を出した。買収計画は日鉄、USスチールは双方にとって有意義で米国の安全保障の強化になるとしてバイデン大統領を相手取って提訴した。
(2)「安全保障」は軍事上の理念用語であったが、近年、経済グローバル時代で経済用語として使用することが多くなり知的財産、特許、技術など軍事兵器に転用されることから極端にいえば何にでも国家利益にかかわるものすべてに「安全保障」が使われる理念用語になった。
(3)同盟国でGDP4位の日本の日鉄がUSスチールを買収することが軍事大国でGDP1位の米国のどういう安全保障にかかわるのかわからないが、「安全保障」といえば国家にとって重要案件になる都合のいい響きの話だ。
日鉄としても別の持っていき方がなかったか、バイデン大統領を提訴しても反感を買って話にならないことはわかっている。
(4)トランプ次期大統領はデンマーク領グリーンランド購入(中国の裏庭が良く見えるとか)、パナマ運河管理権の返還に軍事的圧力、高関税圧力で強要する姿勢をみせているが、デンマーク、パナマにとってはそれこそ重大な「安全保障」上の問題であり、パラドックスとしてバイデン大統領の安全保障上の問題発言が本質から外れた用語使いとしか伝わってこない。
(5)情報化、IT時代を迎えて国家機密、重要情報データがハッカーから漏えいされる事態、事件が増えて、経済安全保障の重要性、対策が認識されて、日本政府も経済閣僚に経済安全保障担当大臣を設置している。
当初あまりなじみのない経済安全保障であったが、米中の知的財産権を巡って双方国内の相手IT企業を規制し、排除する対決姿勢をみせて米中経済戦争が激しくなって経済安全保障が注目された。
(6)そうした米国の事情、背景もあって延長線上のバイデン大統領の日鉄のUSスチール買収の安全保障発言だ。誰の目にも鉄鋼産業はかってはインフラ基幹産業として時代を支えてきたものではあるが、時代はIT、AI時代を迎えて1次産業は国家、社会を支えてはいても主力産業の時代ではなく日鉄、USスチール買収は国家の経済安全保障の重要問題ではない。
(7)日本の企業がかっては米国を代表するトップ企業を傘下に収める買収計画に対して、米国が譲れないステータス問題ということだ。トランプ次期大統領がその後グリーンランド購入、パナマ運河管理権返還強要を主張したのは、バイデン大統領へのあてつけがましい米国政治の矛盾、不条理(unreasonableness)を示してみせたものか。
(8)安全保障は何にでも使えば、都合のいい、心地よい響き(comfortable sound)、意味、性質がある。