「Element of crime」と「メランコリア」を観てきました。
いやー、ワタクシ、鑑賞するまではめちゃくちゃメランコリア崇拝者だったのに、「Element of crime」を観たあとに「メランコリア」を観たら、やはり「ドッグヴィル」の方がラース作品の中では最高傑作かも…と思ってしまったほど、「メランコリア」が普通作品に思えてならなかった。
ま、ラストで啜り泣きされている方の音?を聞いたら、その気持ち分かる分かる!と、恐怖に慄く姉を俯瞰で見守るジャスティンの気持ちとダブって貰いウルウルした。
「メランコリア」は、やはり分かる人にしか分からない、早い話が精神を病んだことがある人間にしか分からない世界観が描かれているからね。
なのに、やはり精神状態というか脳状態が明らかに10年前と異なるというのもあるが、ラース作品の場合、初鑑賞と2回目(DVDで数回は観たが5年以上観ていない)では感じ方が異なるので、まさか崇拝意識が低下するまで異なるとは思ってもみなかった。
ということで、とうとう始まりました、ラース作品月間!
いやいやいやいや、スケジュール出るの遅すぎ!
予定が全然組めない!
14作品もあるのに、京都と大阪で上映作品が一緒ってどういうこと?
観たい作品が観れないかもしれないやん!
観れない作品があれば、8月の心斎橋と名古屋に賭けるしかないが…。
それはさておき、
今日が日曜日だったからか、「メランコリア」が1回きりの上映だったからか、めちゃくちゃ観客が多くてビックリした!
いやー、こんなにもラースファン(とは限らないが…)がいらっしゃるとは思ってなかったから、個人的にはめちゃくちゃ嬉しかった。この前の明菜さんのコンサートライビューと同じ感覚。孤立感から開放された感じ(笑)
もさておき、
初めて観た「Element of crime」は、ラースの初期?初?の長編作品で、
いやー、よく分からなかったな〜。
でもね、めちゃくちゃ興味深く観させてもらった。
「メランコリア」が鬱3部作の1作目で、観客の精神状態とシンクロする内容だから、健全な方には合わないかもしれないが、
こちらは「Element of crime」は、ラースファンには堪らない作品かもね。
若かりしラースも出ていて、入場時に配布されたチラシにも載ってる、ホテルの受付の人役だと思うが、めちゃくちゃイケメンやん!(笑)
それもさておき、
ここからはワタクシの勝手な解釈で感じたことを書きますが、
内容的には、ヨーロッパ3部作の第一作目ということで、さすがラース、この時代から批判的作品を作っていたことに驚いた。
めちゃくちゃヨーロッパ批判してるやん!
時代背景は明らかに異なるが、ラースの脳ミソのなかにはアウシュヴィッツの大虐殺や戦争責任というのが裏テーマにあると思った。
ぶっちゃけ書きますが、結局、主人公が犯人だったわけやん。でも、時代が彼を犯人として捕まえさせはしなかった。
彼は自由に生活しており(はっきりとは描いていない)、精神を病んでエジプトのカイロで精神科の治療をうけているシーンから始まる。回想録で警察官である主人公が少女殺しの犯人を探す過程を描いているわけですが、
ラースが描こうとしている世界観は、アウシュヴィッツの大虐殺はヒトラーだけが悪いんか?ドイツ人だけが悪いんか?
敵国フランスやイギリスも独裁者ヒトラーを生む要因だったんじゃないんか?
戦争や権力争いがヒトラーを生む最大の原因だったじゃないの?
と問いかけているように感じた。
平和な世の中だったら独裁者ヒトラーも誕生しなかったし、アウシュヴィッツの大虐殺もなかったと思うんよ。
皆さ、ヒトラーだけドイツだけ、はたまた枢軸国だった日本やイタリアだけが悪かったみたいに言ってない?
ロシアとウクライナだって、ロシアだけが悪者にするように周りの国が煽っていないか?
我々は無意識のうちに、本当の善悪とは関係なく国家が見なす善と悪とに区別するよう煽動されているような気がしてならない。
そもそも自国防衛という名目で武器を持つこと自体が間違っているんだよ。しかも、武器を持つ国が核兵器撤廃を唱えること自体も矛盾してるんだよ!
戦争ありきで物事考え過ぎじゃないか?
って思った。全く内容とは関係ないけど…。裏テーマだと思ったので悪しからず。
タイトルにある犯罪の原理の内容が全く掴めていませんが、
主人公が犯罪者として捕まらず、たまたま犯罪者だと思しきグループの主導者?と犯人の手掛かりとなる人物が現場近くで死んだことによって事件が解決した、という展開がめちゃラース独特のアイロニーとして描かれていて、よく分からなかったけどそれなりに見応えがあった。
世の中には、冤罪が多々あることを示唆する内容だと感じたし、
戦争責任の転嫁であったり、
学校や社会のイジメのように誰かを悪者に仕立てることで、秩序や均衡を保とうとする理不尽さとかにも通ずるものを感じる内容だった。
主人公のように何某の理由で精神を病んで殺人を繰り返すケースもあると思うし、自分の善悪と真逆の社会で生きている人間は益々精神を病むであろうというのも予想できる。
昨今のSNSの普及によって情報が蔓延する中、何が正しくて何が間違っているのか、何が善で何が悪なのかも正直分からない。だからこそ、社会の仕組みを俯瞰することが大事になってくるし、自分の善悪と社会の善悪を区別することも大事になってくる。
そりゃ私だって、一億円積まれたら、ヒトラーだけが極悪人です!と言うかもしれないよ。それくらい人間は弱い生きものなんですよ。それが資本主義社会の本当の闇だと思うよ。お金なくして生きていけないからね。
「メランコリア」は、「Element of crime」の直後に観たら、正直内容か薄いと思ってしまった。
しかも、初見やDVDを観ていた時は、惑星メランコリアは地球より小さいと頑なに思い込んでいたけど、今回観たら、はい、惑星メランコリアの方が明らかに地球より多きかったです。素直に誤りますm(__)m
それ以外は、比較的映像記憶が残っていたので新しい発見というものがなく、鬱になったことがある人にしか分からない精神状態や世界観は理解できるが、共感度に関しては初見とは大きく異なった。
世の中の人間は、精神状態が良かろうと悪かろうとクレアのように未知なるものや死に対して恐怖心が強い人が多いと思うんよ。初めての学校、初めての社会、初めての環境に入っていく前ってめちゃくちゃ緊張と覚悟が必要になってくる。
っていうか、You Tubeを見ていると、新しいことに挑戦している人が圧倒的に多くて、私にはその勇気がなくていつも羨ましく思いながら見てる。
私が見ているユーチューバーの皆さんは、やはり始める時は不安でいっぱいだったと仰っている方が多いですが、継続していくうちに登録者数を増やすという新たな悩みを抱えているので、はじめの一歩さえ乗り切れば、最初の不安はすぐ消える。
初見の時は、主人公のジャスティンに共感以上に同化して見ていたけど、今回は姉クレアを世間の象徴として見ていた。
未知なるものに対する恐怖はめちゃくちゃ共感できる。
それから、精神を病んだことがある人は、死に対する恐怖心は少ないと思うんよ。そもそも、鬱にならなければ死にたいとは思わない。明日も頑張ろう!と思えるうちは鬱ではない。ただその元気が躁状態だったら逆に怖いけどね。空元気みたいなものだから。いや、空元気とは違うな。病的なテンションの高さだから、病気だと分かってないからその反動が怖い。
無意識のうちに鬱状態になったり躁状態になることが怖い。このままだと自分の心が壊れるかも…と気付けることが大事。気付いたら、誰でもいいから愚痴って下さい。
だからSNS上だとすぐに炎上するのかもしれないが…。
でもさ、言われてる側は堪らないとは思うが、愚痴っている人がいたら精神が弱ってるだな、今吐き出している最中なんだなと温かく見守って欲しい。
「メランコリア」は鬱3部作の2作目ですが、これから鬱症状人口は間違いなく増える。この作品に共感する人が増えていくと思う。
鬱なのか認知症なのか、はたまた単なる妄想なのかも分からなくなるくらい脳内パラレルワールドで生きる人が増えていくと思う。私だっていつそうなるか分からない。もう既に物忘れが激しくなっている。
だから、心の健全は、身体の健全と同じくらい大事。
美輪さんがいつも仰る心の栄養となる芸術や文化はめちゃくちゃ大事。
と思った。
まさか、「メランコリア」を観てそんなこと感じるとは思わなかった。
そうそう、「Element of crime」の前に短編「ノクターン」の上映がありました。
これこそ全く理解不能でしたが、「Element of crime」にも出てくるドームの屋根が撮影角度も場所も同じだったのでどこのドームなのか気になって仕方なかった。デンマーク?ドイツ?オーストリー?地名はドイツ語ぽかったけと知らない名前だった。感想はそれだけ。藁
ということで、ラース作品月間が始まったばかりなので、特にラースの初期作品は全くの未見なのでこれからが楽しみ!精神状態の均衡を保てるかが心配だが…。
っていうか、「キングダム エクソダス〈脱出〉」の方が早く観たい!あの音楽好き!
追記:
「メランコリア」で描かれている世界観って、私に言わせれば、前にも書いたかと思いますが、Dance of death に象徴されるように、いわば、愛と死の輪舞曲なんですよ。エリザベートとトート閣下のラブストーリーと同じで、魂レベルの究極の恋愛モノだと思ってます。
もちろん、誰かの台詞にあるように、地球は邪悪。だから滅んだらいいというメッセージもあると思いますが、私は究極のラブストーリーだと解釈してます。
何が究極かというと、ラブストーリーと言っても男女愛や同性愛に関係なく、性別や年齢関係なく、魂と魂の結びつき、スピ用語だとワンネスだと思ってます。マクロの世界観なら、惑星メランコリアと地球のワンネス。ミクロの世界観だと、精子と卵子のワンネスです。精子が男性の象徴、卵子が女性の象徴だと言いたいのではなく、魂と魂のワンネスだと言いたいのです。精子と卵子が感情を持ってると思いますか?思わないですよね?ってこと。
魂と魂が惹かれ合う。そこには男女も年齢も親子兄弟の関係も全く意味を成さない。
魂レベルで磁石のように惹かれ合う、導かれあうんです。ツインソウルみたいな関係なんですよ。前世からの約束とも言えますね。
相手が男だから女だからなんて一切関係ない。魂が求めるんです。
この世界は、いえ、この地球は、資本主義国家というより、物質主義国家、拝金主義国家の集合体だから、それぞれの国にルールがあり、地域や社会によってもルールがある。だから貧富の差や区別という名の差別が生まれる。そのルールは全く魂レベルで定められた決まり事ではないから、人類皆平等ではないんですよね。魂同士で惹かれ合っていても、どうしても障害や弊害がつきものなのです。それを乗り越えることは、めちゃくちゃ大変なんです。不倫の代償と同じ。芸能人に限らず社会の制裁を受けなくてはならい。それが、社会の均衡を保つために必要なルールでもあるから仕方ないことではあるんですが、魂レベルで考えたら、たとえ結婚していても魂レベルで惹かれ合っているならどうすることも出来ない。
早い話が、魂レベルで好きになってしまったものはもう仕方ないってことです。もはや誰にも止められない。もし仮に成就しなくて、惹かれ合っておらず一方通行だったとしても、後々好きになったことに対して後悔しか残らないなら、その恋愛は少なくとも魂レベルではないと言えるでしょう。
「メランコリア」の話に戻すと、
魂レベルで考えたら、死ぬことは肉体が滅びるだけだから何も怖いことではないんですよ。魂の世界に戻るだけですから。それがまさにジャスティン。ひょっとしたら、ジャスティンとクレアのワンネスかもしれないし、息子君とのワンネスかもしれない。
ま、ジャスティンが惑星メランコリアの象徴でクレアが地球の象徴であるならば、確かに、鬱人口が世界を滅ぼす可能性は多いに起こりうる。息子君は純粋に魔法の力を信じているから、ある意味希望の象徴だともいえるか…と後で思った。
いずれにせよ、この世の中は、障害や弊害、その中には恐怖も含まれますが、それらと向きあいながら前進していくしかないんです。
とワタクシは解釈してます。
もしこの作品を観て泣かれた方がいたら、間違いなく魂レベルで恋愛されたことがある、もしくは最中の方だとお見受けします。幸せになって下さい、と言いたいです。