令和4年10月16日
ご存じですか!岡山県の東の佐用町にある「スプリング8」
「りゅうぐう」の砂解析や、科学捜査でも活躍
実績重ね25年、暮らしで役立つ研究も
神戸新聞NEXT/神戸新聞社
佐用町光都 大型放射光施設「スプリング8」
播磨科学公園都市内
■理研・放射光科学研究センター石川哲也センター長に聞く
播磨科学公園都市のシンボル的存在である大型放射光施設「SPring-8(スプリング8)」(兵庫県佐用町光都1)が、
1997年10月の供用開始から25年を迎えた。
小惑星りゅうぐうから持ち帰った砂の解析や、最先端の半導体技術の研究などで知られる同施設は、これまでに約29万人が利用したという。
25年間の変化や、これから目指す方向など、施設を運営する理化学研究所・放射光科学研究センターの石川哲也センター長に聞いた。
-供用開始から25年。一番の変化は。
「一番は、日本全体で『(社会課題を)なんとかしなくちゃ』という意識が生まれてきたこと。
解決に向けて、産業界や大学も連携を超えてもはや『共働』の姿勢で研究に取り組むようになった」
「一方で、スプリング8を自ら利用するというより
『研究結果だけ購入したい』
『(理研などに)分析の代行を頼みたい』という企業も増えた。
人材に余裕がないということだろうが、効率よく研究データが広がる点では、むしろ良いことのように思う」
-どうしてですか。
「温室効果ガスの排出を減らす『カーボンニュートラル』や持続可能な開発目標(SDGs)など、日本が掲げる目標は高い。
でも日本は人口減、人手不足の時代。
企業や大学、スプリング8のような研究施設が効率よく協力し合わなければ到底達成できない。
研究データのクラウド化などもできたらいい」
-脱炭素は大きな課題ですね。
「これまで脱炭素、SDGsに関する研究は数多く進められているが、より一層支援するための『グリーンファシリティ宣言』を昨年出した。
これからは産学官が連携できる仕組みづくりも考えたい」
-研究の進め方について新型コロナウイルス禍の影響は。
「世間同様、リモート化が一気に進んだ。
コロナ禍前は研究者が大勢でやって来て施設を使うのが常だったが、入国規制で外国人研究者の来日は激減。
サンプルだけを送り、分析をこちらに任せる、というケースも少なくない」
「国内企業でも、施設を利用しに来る研究者数は最低限になり、分析データを送って遠隔で研究するところが増えている。
スプリング8は『行くのに時間がかかる施設』と思われがちだったが『行かなくても使える施設』というふうに意識が変わりつつある」
-(30周年を迎える)5年後に向けての思いは。
「日本の発展の可能性を考えると、よりどころは科学技術しかないだろう。
ものづくりを頑張るにしても、従来のやり方ではエコロジーの面で批判されてしまう。
そこにはどうしても科学が必要。
スプリング8のような研究施設は不可欠だけど、世の中にどう役立っているのか理解してもらうのは難しい。
次の5年間で外国に置いていかれないためにも、もっと皆さんに価値を深く理解してもらい、アップデートしていける施設でありたい」
【スプリング8】
阪神甲子園球場36個分の敷地で、1997年10月から供用開始された大型放射光施設。
放射光は、電子を光とほぼ同等の速度まで加速し、磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波。
山裾をぐるりと一周する建屋内で世界最高性能の放射光を生み出し、原子レベルの観察や分析ができる。
国内外の産官学の研究者らが利用でき、産業利用のほか、科学捜査でも活躍。
98年に和歌山市の夏祭り会場で4人が死亡し、63人が急性ヒ素中毒になった毒物カレー事件で、
ヒ素の鑑定に使われたのがきっかけという。
■排ガス浄化装置の性能向上、電力機器の進化…研究成果が身近な場所に
カーボンニュートラルやSDGsの実現に向けた研究は、スプリング8で数多く行われてきた。
石川哲也センター長に、主な最新の研究事例を教えてもらった。
代表例は、自動車から出る排ガスを浄化する装置の性能を大幅アップさせた研究。
排ガスに含まれる有害物質は、排出前に浄化用の触媒コンバーターの中を通ることで貴金属の微粒子と反応して浄化される。
従来装置では、急加速など負担の大きい運転をした時に、触媒層の深いところにある貴金属に有害物質が届きにくかった。
そこで触媒層の一部を切り出し、スプリング8で解析。
得られた3次元構造のデータをもとに、深部まで有害物質が届く仕組みを開発した。
また、脱炭素に向けた成果もある。
脱炭素を進めるには、電力機器の進化も不可欠で、カギを握るのが、機器の電力を制御したり、変換したりするパワー半導体の材料の一つ、シリコンカーバイドだ。
その中で生じる欠陥の仕組みをスプリング8で直接観察し、解析に成功したという。
スプリング8での研究成果が、私たちの暮らしの身近な場所で役立っている。
■補助ロボット、作業効率化に貢献
コロナ禍が後押しとなって急速に進んだ施設内でのリモート化。
その裏側で研究者たちを支えていたのが、理化学研究所の技術者らが製作した研究補助ロボットたちだ。
導入されたロボットはヒト型の計8台。
分析用のサンプルを作ったり、サンプルを研究室まで運んだり、放射光をあてる台の上に取り付けたり…。
役割を分担しながら、人間たちをお手伝いしている。
これらの作業はこれまで手動で行っていたが、ロボットに任せることで最大60サンプルをまとめて分析できるようになった。
まだ、試験運用の段階ではあるものの「まとまった休憩が取れる」と喜んでいる研究者もいるという。