令和4年9月1日
子育て家庭に手厚い支援・岡山県奈義町、島根県邑南町
特殊出生率、2.07達成
厚生労働省が6月に公表した2021年の人口動態統計によると、出生数は過去最少の81万1604人となった。
1人の女性が生涯に産む子どもの推計人数を示す合計特殊出生率は1.30で、過去4番目に低かった。
1989年の出生率が23年ぶりに最低を更新し、衝撃が広がった「1.57ショック」以来、
さまざまな少子化対策が講じられてきたが、子どもの減少に歯止めはかかっていない。
一方で、手厚く、きめ細かな子育て支援により、人口維持に必要とされる2.07の出生率を達成している自治体もわずかながら存在する。
◇育児の合間に仕事
岡山県奈義町(5700人)は、人口減少対策として子育て支援に力を入れ、高い出生率を維持している。
2019年には2.95を記録。厚労省や県によると、同年の全国平均は1.36で、奈義町は全国トップクラスという。
子育て支援に力を入れるきっかけは、合併しないことを決めた02年の住民投票だ。
「町が生き残るために高齢者支援中心の施策から切り替えていくべきだ」(情報企画課の担当者)と決断、子育て支援に注力し始めた。
「奈義町に住めば子育てが安心、奈義町は子育てがしやすいまち、との声が全国に広まることを目指します」。
町は12年に「子育て応援宣言」を発表。
出生率は▽2.11(12年)▽1.88(13年)▽2.81(14年)▽2.08(15年)▽1.84(16年)
▽2.37(17年)▽2.40(18年)▽2.95(19年)
と13、16両年を除き、2.07を上回った。
県の担当者は「人口が少ないため変動が大きいが、毎年(国民の希望出生率の)1.8を超えるのはすごい」と評価する。
町は、子育てに安心感を持ってもらうことが重要として、仕事や経済的な支援、保育・相談施設の整備など幅広い施策に取り組む。
目玉の一つが、育児の合間にできる仕事を紹介する「しごとコンビニ」だ。
「子育てをしながら空いた時間にちょっとだけ働きたい」との声を受け、17年度から開始。
町と住民が協力して立ち上げた一般社団法人「しごとえん」が、農家や町役場、商店などから仕事を請け負い、
母親ら登録者とのマッチングを行っている。
当初の登録者は数十人だったが、22年7月末時点で約270人に増えた。
母親らは「子育てしながら収入を得ることができ、助かる。社会とのつながりを持ててうれしい」と歓迎する。
◇さらなる上昇に自信
経済的な支援は、
①高校生1人につき年額13万5000円を3年間支給
②在宅で育児を希望する保護者を対象にした、満7カ月から満4歳になるまでの子ども1人につき月額1万5000円の支援金
③高校卒業までの医療費無償化
など、多岐にわたる。
情報企画課の担当者は「財政状況とのバランスを考えながら、(対象を)広げた。
年月をかけ徐々に拡充させることがポイント」と話す。
子育ての不安解消などを目指し、07年度には「なぎチャイルドホーム」を開設。
ここを拠点に保育士と保護者が協力して保育に取り組むほか、母親が悩みを相談できるようにした。
先の担当者は「多くの支援策を用意することで、安心して子育てができる」と分析。
「数値目標を掲げるのではなく、ニーズを把握して支援を広げることが大切。結果的に出生率はさらに上がると思う」と自信を示す。
ワンストップ窓口での子育て相談の様子(島根県邑南町提供)
◇第2子から保育料無料
島根県邑南町(1万100人)は、子育て支援の充実と食を通じた産業振興による持続可能な町づくりに力を入れる。
11年度に「日本一の子育て村構想」を掲げ、多様な施策を全国に先駆けて展開。
構想の対象期間は20年度で終了したが、今後も子育てしやすい環境づくりを進めるため、9月議会で「子ども基本条例」(仮称)を制定する考えだ。
11年度以降、
▽中学卒業までの医療費無償化
▽第2子以降の保育料無料化
▽保育所完全給食―といった支援策を実施。
12年9月に「日本一の子育て村推進本部」を立ち上げ、部局横断的に取り組む体制をつくった。
17年にはワンストップ窓口を設け、保健師や町職員が子育てに関する相談を受けたり支援策を紹介したりしており、
これまでに保健課が応じた相談件数は2151件に上る。
町民からは「邑南町でなければ第4子出産を考えていなかった」といった声が寄せられ、満足度は高いという。
町によると、出生率は
▽2.65(12年)▽1.72(13年)▽2.07(14年)▽2.46(15年)▽1.59(16年)
▽2.61(17年)▽2.09(18年)▽2.14(19年)▽2.58(20年)
と13、16両年を除き、人口維持に必要な水準を達成した。
町と県中山間地域研究センターが共同で31年の人口推計を算出したところ、
構想策定前の06~11年の人口を基にした場合は8084人だったのに対し、11~16年の人口を用いたケースでは9194人になった。
地域みらい課の子育て支援担当者は一連の取り組みについて、「一定の効果があった」とみている。
今年7月には、「地域で子育て」をテーマに住民が条例案の内容を話し合う場を設けた。
子育て環境の充実に向け、町民、企業、町それぞれの役割を掲げる理念条例で、9月議会での成立を目指す。
同課の移住担当者は「子育て世帯が暮らす上での課題は、住まいと仕事の確保」と指摘。
ボランティアの定住促進支援員を配置して生活をサポートしており、誰にとっても住みやすい町を目指す。
町職員が移住検討者に町内を案内する取り組みや、官民共同での空き家バンク運営といった移住支援も講じ、
「検討段階で町で暮らすイメージを持ってもらうことが大切」と強調する。
◇食を軸に町づくり
もう一つの柱が食を軸とした町づくりだ。
11年に「A級グルメ構想」を打ち出し、石見和牛やチョウザメ、ブルーベリーなど質の高い地元食材を使って一流の料理を提供する取り組みを始めた。
農業の6次産業化と県外からの誘客を進め、地域全体の活性化につながっている。
また、食や農業に関心のある若者らを地域おこし協力隊の「耕すシェフ」として募集し、10年間で45人が集まった。
地元食材の生産や加工、販売、調理、経営実習などの育成プログラムを実施。協力隊の任期後も約4割が町に残り、食に関わる仕事をしている。
耕すシェフを含め町内飲食店の新規開業は23店舗に上り、雇用創出や産業振興に寄与している。
子育て支援の担当者は「小さい町だからこそチャレンジしやすい環境がある」と指摘。
産業支援課の担当者は「食の町おこしで産業を守っていくという考えを、もっと町内に浸透させることが必要だ」と力を込める。