鶴屋吉信の銘菓「つばらつばら」
いただきものですが、
ステキなお菓子なので紹介します。
このお菓子は万葉歌人大伴旅人の歌にちなんでいます。
浅茅原(あさぢはら)つばらつばらにもの思(も)へば
故(ふ)りにし郷(さと)し思ほゆるかも
<意味>つくづくと物思いに沈んでいると
明日香の古京が思い出されることだなあ。
茅(ちがや)の花をツバナとも呼ぶことから、
「浅茅原」は「つばら」にかかる枕詞として使われていますが、
故郷明日香の浅茅原を思い浮かべているのかもしれません。
大伴旅人が太宰府長官として九州に赴任したとき
故郷の遠き都へ想いをはせた歌が
万葉集巻三に5首あり、その中の1首です。
師大伴卿の歌五首
※ここでの師(そち)は大宰府長官
331 わが盛(さかり)また変若(おち)めやも
ほとほとに寧楽(なら)の京(みやこ)を見ずかなりなむ
<意味>わたしの元気だった頃がまた戻ってくることがあろうか。
ひょっとして奈良の都を見ずに終わるのではなかろうか。
332 わが命も常にあらぬか昔見し
象(きさ)の小河(をがは)を行きて見むため
<意味>わたしの命はいつまでもあってくれないものか。
昔見た象(きさ)の小川を行って見るために。
※象の小川は現在も吉野にあります。
333 浅茅原(あさぢはら)つばらつばらにもの思(も)へば
故(ふ)りにし郷(さと)し思ほゆるかも
334 わすれ草(ぐさ)わが紐(ひも)に付く
香具山の故(ふ)りにし里を忘れぬがため
<意味>忘れ草をわが下紐に付ける。
香具山の古い京を忘れぬために。
※忘れ草はヤブカンゾウの古名。これをつけると
憂苦を忘れるという漢籍に基づく。
335 わが行(ゆき)は久にはあらじ夢(いめ)のわだ
瀬にはならずて淵にあらなも
<意味>わたしの筑紫暮らしももう長くなかろう。
夢のわだは瀬にならないで淵のままであってほしい。
※「わだ」は湾曲した入り江
小学館の『萬葉集』、佐佐木信綱『新訓万葉集』を参考にしました。
旅人(665~731)は66歳まで生きますが、
大宰府に下ったのは727~730年、
帰京した翌年亡くなっています。
60歳を越えての大宰府赴任は
辛かったろうと思いますが、
山上憶良らと筑紫歌壇を形成するなど、
充実した生活を送りました。
京に帰り、歌に詠んだ明日香の宮も
象の小河も見ることができたのでしょうか。