ヌマンタの書斎

読書ブログが基本ですが、時事問題やら食事やら雑食性の記事を書いています。

我が家の教育

2008-07-01 13:22:40 | 日記
いつの時代にも、親は子の教育に頭を痛める。

妹が末っ子の勉強嫌いに悩み、母に相談しているらしい。無駄なことを・・・

私も含めて妹たちも、母から勉強を強制されたことはない。不思議なくらいにない。もしかしたら、少しは言っていたのかもしれないが、私は記憶にない。

母は、いわゆる素直な良い子で、学校では常に成績優秀で通っていたらしい。子供の頃から級長とかを先生の指名でやらされていたと聞いたことがある。一時期は、どこぞのお偉方の推薦を受けて、国会議事堂で働いていたこともあったらしい。

どうも、言われなくとも自分から勉強をし、親の言い付けを守る子供であったらしい。そのせいだと思うが、母は勉強を教えるのが下手だった。自分が苦労したことがないので、勉強が分らない、出来ない子供をどう指導したらよいのか、分っていなかった節が見受けられる。

私は素直ではないが、興味があれば自分から勝手に勉強する子供であったので、親から教わった記憶はない。尋ねたことはあると思うが、どうもチンプンカンプンな答に失望して、以降訊かなくなった。

さりとて、教育を放棄していた訳ではないと思う。美術館や博物館へは、けっこう積極的に連れて行ってもらった。また、狭いながらも我が家には、常に本であふれていた。私が親の本を読むことを禁じられたことはない。薦められることもなかったが、欲しいと願って買ってもらえなかった本の記憶はない。(玩具は駄目だが・・・)

今にして振り返ると、妙な教育だと思う。どうも、自分が教え下手なのを自覚していたらしく、下手なことはやらないと決めていたのではないかと勘ぐっている。

ちなみに父からは、まったく教育を受けたことがない。超仕事人間であった父は、学校に行く必要性は感じていたようだが、学校で教わることには期待していなかったようだ。要は無事、卒業できれば良かったのだろう。学費を出してくれた父は、金は出すが、口は出さない理想的なスポンサーであった。

今更だが、我が家の教育環境はぬる過ぎる。ホント、ぬるま湯だよ。だいたい学校の勉強が面白いわけがない。高校時代は優等生の成績であったが、勉強それ自体面白いと思うことは少なかった。ただ、好成績をあげることのみを目的とした不純な勉強だった。

過去を悔いるのは好きではないが、やはり学校の勉強は、ある程度強制力を伴った方がいい。嫌でもやったほうが良いことって、確実にあると思う。私の思考力、とりわけ論理的思考力が低いのは、自分が好きな勉強に偏っていたからだと思う。もう少し数学をしっかりと学んでおけば、統計学にこれほど苦手意識を持つことはなかったと思う。おかげでマクロ経済の分野は、苦手分野になってしまった。

食べ物と同じで、好きなものだけでは駄目なのだろう。やっぱり満遍なく食べないとね。つくづく思う今日この頃です。
コメント (6)
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