率直に言って、表題の書を手に取るのは、「戯言シリーズ」の読者だけだと思う。若い世代から絶大な支持を受ける西尾維新のデビュー作であり、出世作でもある「戯言シリーズ」の主人公は、通称いーちゃんである。
でも、本来ならば、いーちゃんを撥ね退けて、主役に躍り上がるべき存在が人類最強の請負人・哀川潤であるはずだ。
哀川潤は、容姿端麗、頭脳明晰、体力超絶、運動神経抜群と欠点なしの完璧な存在でもある。だからこそ、「戯言シリーズ」において、一度も主役を張ったことがない。主役にしたら、あっと言う間に問題解決してしまって、物語が面白くないからである。
先に正体をばらしちゃうと、彼女は人為的に作られた。優秀な科学者たちがよってたかって遺伝子レベルでいじくり、産み出されたある種の人造人間に近い。その視力は赤外線まで見えてしまい、その聴力は本来聞き取れない音域まで聞こえる。
まともに学校に行ったことはないが、その知力はノーベル賞クラスの科学者を超えているようになっている。その筋力、骨密度は通常値を遥かに超えている。人類最強であるべくして作られた存在。おまけに、飛び切りの美女。これはマッドサイエンティスト達の趣味だそうだが。
本来ならば絶対的な主人公体質である。でも、だからこそ西尾維新はこれまで主役をやらせなかったキャラクターであった。その最強キャラを敢えて主役としたのだが、この作品の面白さ、おかしさを理解するには「戯言シリーズ」を読んでいることが絶対条件だと思う。
「戯言シリーズ」の主役である、いーちゃんもまた優秀な少年である。ただし身体能力は並であり精神的にかなり捻くれている。その捻くれ度合いは異常者のレベルである。戯言シリーズとは、一言で云えばこの異常な少年が一人の自立した大人へと成長する物語である。
私が衝撃を受けたのは、この異常な少年がライトノベルの人気投票に於いて一位を獲得したことだった。今どきの若者は、このような少年に憧れるのかと驚いてしまった。
そして、この異常だった少年が職業として選択したのが、請負人であった。自分よりも遥かに優秀な哀川潤の後を追うが如き選択を自ら決めた。ちなみに請負人とは、人として隔絶して優秀である哀川潤が、人生を面白おかしく過ごすために名乗った職業である。
その超越した能力を活かして、普通では解決できないトラブルなどを処理する職業なのだが、哀川自身が極めつけのトラブル・メーカーであるから話が面白くなる。
そんな哀川潤の初恋とは如何なるものになるのか?「戯言シリーズ」の読者としては無視しえぬタイトルである。
ただ、初期の西尾維新の癖のある文章を楽しんだ私としては、普通の文章を書くようになったことが少し不満。私は西尾以外であのような癖の強い文章を読んだことがない。せっかく哀川潤を復活させたのだから、あの文章で書いてくれたら嬉しかったのですけどね。
でも、あのネーミング・センスの可笑しさだけは今も健在。大組織の中核で働くエリートなのに、名前は長瀞とろみってどうよ? 一番、笑ったのは因原ガゼルで、草食性に思えるけど、実際は腹黒学者。ホント、不思議な作家さんですよ、西尾維新は。