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ヌマンタの書斎

読書ブログが基本ですが、時事問題やら食事やら雑食性の記事を書いています。

勁草の人~中山素平 高杉良

2023-10-20 09:43:27 | 

三年あまりの新型コロナによる自粛期間が終わって一番痛感したのが、実際に会うことの重要性です。

一応、電話やメール、FAXは元よりオンラインミーティングなどもして、業務に支障が出ないよう努力はしていたのです。しかし、いざ顧客の決算を迎えると、出るわ出るわ問題点が。やはり実際に顧客のもとを訪れ、直に話をして契約書等の書面を確認する従来のやり方の重要性をつくづく実感しています。

この夏は非常に暑かったので、出来たら外回りは避けたいと当初考えていましたが、現在は可能な限り直接出向くことを実施しています。私の仕事は決算書の作成及び税務申告書の作成ですから、基本デスクワークと思われがちです。

しかし、この業界に入って30年余、大切なのは決算書の元となる企業の実態をこの目で見ておくことです。会計原則に則り複式簿記の経理と税務上の申告調整は、基本書類資料だけで出来る。だけどその数値が上がってくる実際の現場を見ないと、本当の意味で中身のある決算書は作れない。

その際、一番大事なのは経営者との会話です。その場の雰囲気、立ち振る舞い、言葉遣い、声の調子などをよく観察して特異点を見出す。世の中きれいごとばかりでは済みません。時として汚泥と腐臭のなかに飛び込んで実態をつかむことが必要になるのです。

コロナ禍の三年余は、この地味で積極的な気持ちになれない作業を端折れた期間でもありました。だからこそ今になって慌てています。現場に足を運ばなくなったら、途端に差し障りが出てきて現在四苦八苦しています。やっぱり楽しちゃダメなのだと痛感しています。

私がもっと足を頻繁に運び、帳票類をチェックし、経理担当者に目を光らせておけばと後悔しきりです。税理士業務なんてデスクワークだと思いこむと、とんでもないしっぺ返しが待っているものです。

ところで表題の書の主役である中山素平といえば「財界の鞍馬天狗」の異名で知られる興銀の復興の祖である。銀行員らしからぬフットワークの良さと、その人柄から信頼された経済界の大物だ。

だが正直に言うと私の評価は微妙である。敢えて言えば、汚れた川の一部の綺麗な上澄みの水面に生息している魚であった。

この人は生粋の銀行員ではあったが、お役所気質に染まった堅物銀行員ではなかった。その人脈は驚くほど広く、また清濁併せ吞む気質も持ち合わせていた。しかし、驚くほどに泥水には染まらなかった。なにせロッキード事件の際に平然と田中角栄を擁護する姿勢をみせ、田中清玄ら裏社会と表の境界線を生きる危うい人との交流も拒まなかった。

日経の名物コーナーの「私の履歴書」の依頼も断固として断わり、当然に叙勲も拒否している。その一徹な姿勢は贈賄の名手・角栄をして「そっぺいさんを説得するには虚心に頭を下げるしかない」と慨嘆させた気骨の持ち主。

にも拘わらず私が少々疑問に思うのは、この人が関わったとされる業績の暗い部分にほとんどその名前が出てこないからだ。一例を上げれば東京湾岸の某遊園地である。ここは埋め立て地であり、本来は都心に通う国民に安い住宅を供給する予定であった。

しかし三井の江戸氏など不動産業界がそれを不安に思い、遊園地を目玉にしてホテルや高級マンションの建築を目論んだ。そのために漁師たちから漁業権を半ば強引に買取り、住宅公団や千葉の住宅関連の役所になんらかの働きかけをして、遂にはアメリカのテーマパークの誘致を目玉にした事業計画が立ち上がった。

この計画は、興銀の中山素平を中心とした銀行団の資金面での援助なくしては絶対に成功しなかった。しかし、この計画の薄汚い部分には、中山素平の名は一切出てこない。私はこれゆえに胡散臭い銀行屋だと思っていた。

しかし、どうもこの人は周囲から守られた人であるようだ。合法と不法との曖昧なグレーゾーンはしばしば生じるし、その問題の解決にはそれなりの人物と資金が必要となる。中山氏は、このグレーゾーンにほとんど関与していないらしい。それは彼の頑固な遵法精神もあるだろうが、周囲の人たちが彼の名声を守らんと自主的に動いていたようにも思える。

私はまだ少し疑っているけれど、おそらくそれが実相なのではないかと考えるようになったのは、表題の作品を読んでからだ。著者の判断力を信じたい気持ちがあるからでもあります。

とはいえ、人物の評価、歴史の評価は難しい。あと30年もすれば、語られなかった真実も表に出るかもしれませんがね。

コメント (2)
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