バタフライエフェクト・エフェクト。
ドナルド・キーンさんも出てくる、と
「映像の世紀バタフライエフェクト」「太平洋戦争 “言葉”で戦った男たち」を見、
その流れて
「真珠湾収容所の捕虜たち 情報将校の見た日本軍と敗戦日本」
オーテス・ケーリ著 ちくま学芸文庫 2013
にやってきた。
宣教師の家に生まれ、14歳まで日本で過ごした著者。
1941年12月、著者は
マサチューセッツ州・アーモスト大学の三年生。やっと二十歳。
戦争がはじまったとき、
日本語がまともに話せるアメリカ人は五十人となかった。
あれほどの国でありながら、五十人となかったと当時聞かされていた。
海軍の日本語学校を経て、
昭和18年12月、著者は海軍少尉となる。
ハワイに送られ、ニミッツ司令部の情報部員となった。
ホノルル捕虜収容所の、べらんめえ口調で日本人捕虜たちの度肝をぬいた海軍将校。
当時、著者は二十二、三歳。日本人捕虜の多くは、十歳も年上だった。
(原著「日本の若い者」日比谷出版社1950 の復刻出版。)
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(「映像の世紀バタフライエフェクト」「太平洋戦争 “言葉”で戦った男たち」という映像を)
見てから読むか、の形となったせいだろうか、読み進んでいって読了。
捕虜/ジュネーブ捕虜協定/戦争/センソウセンソウ…
〈八月になったら戦争の話をたくさん聞く〉
そう小さいころから積み重なってきたことは
全体のどれほどのことだったのだろうか。
ゼンタイはどこまでのことだろうか。
渦巻く読後感。