患者側の疑問・希望伝える…医師と対話「仲介者」注目
重症患者の家族と医師との対話を橋渡しする「入院時重症患者対応メディエーター(仲介者)」に注目が集まっている。家族の相談に乗り、治療への理解と満足度を高める役割を担う。厚生労働省が今年度、メディエーターを配置した病院に診療報酬を支給する制度を始めたこともあり、志望者が急増している。(吉沢邦彦、都梅真梨子)
家族に寄り添う
「症状は本当に快方に向かっているんでしょうか。私にはそうは見えなかった」。昨年秋、東京医科歯科大病院(東京)でメディエーターを務める阿部靖子さん(37)は、入院した60歳代の女性患者の家族から、こう問われた。
女性患者は内臓の持病の悪化で入院。家族は当初、医師から血液や臓器の状態は改善しつつあると聞かされたが、数日後、人工呼吸器をつけた女性の姿を見てショックを受けていた。
「回復が難しいのなら、緩和ケアへの切り替えも考えたい」との相談を受けた阿部さんは、担当医にその希望を伝達。改めて病状の説明や治療方針を話し合う場を設けることになった。
社会福祉士の資格を持つ阿部さんは、同病院のソーシャルワーカーとして患者の転院調整や高額な治療費の公的支援の説明にあたってきたが、昨年4月にメディエーターに転身した。
これまで約80人の重症患者を担当し、家族らへの病状説明に立ち会ってきた。家族からは、病状の疑問点や治療方針への不満を聞くこともあり、そのつど現場につないでいる。
同大の医療者向けのアンケートでは、「当番制の医者が患者家族と深く交流するのは難しく、メディエーターの指摘は非常に参考になる」との声が多かった。
阿部さんは「家族が突然、意識不明になった時、平常心でいられる人はいない。話を聞くことしかできない時も多いが、少しでも前向きになってもらえたらいい」と話す。
3000人が応募
こうした医師と重症患者側の仲介はこれまで、一部の病院で看護師らが担っていた。厚労省の2018年の調査で、仲介役がいる方が患者や家族の治療に対する満足度が高いことが判明。今年度からメディエーターを配置した病院に対し、患者1人につき最大9000円の診療報酬の支給を始めた。
受給するには、日本臨床救急医学会が主催する養成講習を受ける必要がある。19年の開講以降、受講者は年間数十人程度にとどまっていたが、今年度は希望者が殺到。定員360人に対し、3000人超の応募があったという。
厚労省はメディエーターの要件として「治療に直接関わらない」ことを求めており、志望者は社会福祉士のほか、看護師や臨床心理士が多い。講習では受講者が医師、メディエーター役を演じてそれぞれの役割を学ぶ。
講習を主宰している三宅康史・帝京大高度救命救急センター長は「家族は主治医に遠慮することが多く、初歩的な質問をしたり、治療への不満を打ち明けたりするのは難しい。治療に関わらない職種の人が現場に入ることが、よりよい医療を提供することにつながる」と話す。
臓器提供でも期待
厚労省はメディエーターに対し、脳死下の臓器提供について、家族側から希望や考えを聞き取る役割も期待している。
日本臓器移植ネットワークによると、脳死下臓器提供では健康保険証の記載などで本人の意思表示があったのは2割で、それ以外は家族の承諾で行われている。移植件数を増やすには、家族の理解がカギを握る。
家族から承諾を得る業務は、外部から駆け付ける同ネットワークの移植コーディネーターが担うが、家族と十分な信頼関係を築く時間がないことも多い。
岡山県でコーディネーターを務める安田和広さん(55)は「入院直後から患者家族と関わるメディエーターは、家族の本心や希望を深く知ることができるはずだ。連携することで、家族が心から納得する結論を出す手助けをしていきたい」と語る。