「意識不明」に再び言葉を 意思伝達装置、普及に課題
2022年9月26日 (月)配信共同通信社
主に重度障害者が使う意思伝達装置を、事故や病気で意識不明と診断された患者に取り付けて会話を実現する試みに、大阪府茨木市のベンチャー企業が取り組んでいる。刺激に反応せずに意識障害と見なされても、実は覚醒しているケースもある。装置を扱うには、指や頬など体の一部のかすかな動きに対応する専用スイッチが必要で、普及には課題も残る。
ベッドに横たわる男性の右手にスイッチを取り付け、押すように声をかける。反応がないと、感度を調整したり種類を変えたり。8月上旬、「アクセスエール」の松尾光晴(まつお・みつはる)社長(57)は、約5年前に脳出血で意識不明と診断された俳優保村大和(やすむら・やまと)さん(53)=東京都台東区=宅で、地道な作業を約2時間繰り返した。
この日に会話は実現しなかったが、スイッチの動作確認用に取り付けたライトが点灯する場面もあった。保村さんの妻澄子(すみこ)さん(51)は「希望が見えた。夫が自分の言葉を取り戻せるよう、一緒に練習を頑張る」と笑顔を浮かべた。
装置は「ファイン・チャット」といい、最初に平仮名の文字盤部分のあ―わ行が順番に音声付きで点滅、スイッチを押して行を選ぶ。次にその行の文字が上から順に点滅し、もう一度押して好きな文字を入力。松尾社長がパナソニックで働いていた2003年に類似機器を商品化したが、19年に生産終了となり、独立して製造を始めた。
使用の可否を決めるのは、体と接するスイッチ部分の形状や感度だ。患者が体のどこをどの程度動かせるのかなど、直接見たり触れたりして微調整を重ねる必要がある。松尾社長は「実は頭がしっかりしているのに、思いを表出する手段を持たない人はまだ一定数いる」とみて、全国の患者宅を飛び回る日々を送る。
ただ、全ての患者が支援を受けられているとは言い切れない。福祉用具の普及啓発を図る公益財団法人テクノエイド協会(東京)によると、車いすなどの助言を求められる機会の多い用具と違い、意思伝達装置の需要は限られている。協会の担当者は「知識はあっても、福祉従事者が現場で経験を積む機会は圧倒的に少ない。(装置の普及は)業者頼みになっているのが現状だ」と明かす。
経済面の課題も重くのしかかる。ファイン・チャットは約40万円。自治体が約9割を補助する制度はあるが、事前審査では、患者自らが装置を使用可能と証明する必要がある。準備のために業者を呼ぶなどの費用に公的支援はない。松尾社長は「コミュニケーションは人間の尊厳の根本。人的、金銭的共に扶助を拡大してほしい」と訴えた。
※意思伝達装置
自力で意思を伝えるのが難しい重度障害者や難病患者らが、文章をつづったり音声を流したりする装置。体の一部のわずかな動きに反応して文字盤を操作する。視線の動きで入力するタイプもあるが、視力を失っていたり、震えなどで同じ姿勢を維持するのが困難だったりする場合は使えず、その人に合わせた専用スイッチが必要になる。筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者の舩後靖彦参院議員は2019年、国会の質疑で初めて装置を使用した。