目と心で診る 寄り添う 聴覚がない今川竜二医師(盛岡・川久保病院)表情や雰囲気読み取る 患者の言葉、アプリで文字起こし
2023年5月8日 (月)配信岩手日報
「私は耳が聞こえません」。この言葉から診療を始める盛岡市の川久保病院の医師今川竜二さん(37)は、両耳の聴覚がないと感じさせず、患者と丁寧に向き合って不安を和らげる。スマートフォンの文字起こしアプリなど機器を駆使し、患者の表情や雰囲気を目で読み取って対応。「聞こえない特性」を生かし、活字情報の充実でスタッフ間の連携が強化されるとの視点も現場にもたらした。「社会的弱者といわれる人たちの健康を支えたい」と医の道を切り開く。
診察室で患者に「声を拾ってくれるマイクを襟に着けます」と語りかける。マイクの音声をアプリが瞬時に文字起こし。聴診器もスマホと連動させ、画面に心音の波形を表示する。最新機器が診療を支える。
田村茂院長は「コミュニケーションの困難を乗り越えた努力は相当なもの。周囲を笑顔にする人間性には目を見張る」と語る。
今川さんは岡山市出身。生まれつき耳が聞こえなかった。幼稚園の頃から母和江さん(60)と毎晩、発声練習。学習塾「公文(くもん)」にも通い、コミュニケーションで苦労しないよう育てられた。
小学1年で手塚治虫さんの漫画「ブラックジャック」を読み医師に憧れたが、当時の医師法は「聴覚障害者は医師になれない」との条項があった。目標を教員に変えたところ、高校1年時に削除され、再び医師を志した。
筑波大に進学。2013年、医師国家試験に合格した。大学病院などで働くうちに患者の経済面や家庭など、背景まで理解し介入する重要性を感じる。21年に「へき地医療や地域医療のノウハウがある」との理由で盛岡市の県立中央病院総合診療科に着任した。
検査で原因が判明しない例や、多様な症状を併せ持つ例を診た。丁寧な聴取が必要な診療科。斎藤雅彦同科長は「自分の限界を広げようとよく勉強していた」と評価する。患者から「ずっと診て」「寂しい」と惜しまれつつ4月、総合診療専門医取得を目指し、川久保病院へ移った。
今川さんは「患者の幸せを一番に考えたい。難聴者ら障害者や、経済面で受診控えをする人がまだまだいる。医療へアクセスできるよう自分に何ができるかを深め、社会に還元したい」と気持ちを新たにする。
円滑に対話できず、孤独感にさいなまれることもあるが「聞こえないことは特性」と前向きに励む。筆談の活字情報は、患者を理解する重要な記録。救急対応でホワイトボードに情報をまとめれば、遅れて参加したスタッフも瞬時の状況把握が可能になるというシステムづくりも提案した。
「視覚情報の充実は、他の誰かのメリットにもつながり得る」と今川さん。可能性を信じて積み重ね、磨いた使命感と視点で、患者に寄り添う。