風邪を引いた医師、いつから働いていいのか?
解熱後24時間ならOK?「8+3」ルールでは厳しすぎるのか
オピニオン 2020年8月30日 (日)配信神田橋宏治(医師、DB-SeeD社長)
さて31回目です。
風邪を引いた医師や看護師はいつから働いていいのか?という話です。主に産業医としての視点で話させてください。
産業医として契約している企業で、次のような相談が夏前から見られるようになってきました。「発熱した社員がいる、自宅で休んでいたら2日で解熱した。明日から出社させていいか?」という類いのものです。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)と診断はされてないからいいよね、というニュアンスから、COVID-19のリスクを心配しているところまで温度差は多少あるのですが、後者が多い印象です。
COVID-19対策として各業種はガイドラインをまとめており、それらは内閣官房のサイトに「業種ごとの拡大予防ガイドライン」として掲載されています。数日に一度程度追加や訂正があります。
質も量も内容も業種によってバラバラなのですが、この中には「発熱しているときは働かないように」というあたかも解熱したら働いてもいいと受け取れるものから、公益社団法人 日本プロサッカーリーグのように加盟するクラブや選手に対し、解熱後3日は休むように作られているガイドラインまであります。
医療関係はどうだろうかと見ていると、日本医師会のマニュアルには「適切な対応」としか書かれておらず、具体的な日数に関しては書かれていません。
健康診断を行う機関については、日本総合健診医学会、日本人間ドック学会など8団体が合同マニュアルを出しており、「過去に発熱が認められた場合、解熱後24時間以上が経過し、呼吸器症状等が改善傾向となるまでは出勤を停止します」と書いてあり、解熱して24時間が経てば仕事に復帰してもよいと読めます。厚生労働省の通知でも僕が確認できる範囲では、2月25日に医療施設等に関して同様の通知がなされております。
一方、日本産業衛生学会と日本渡航医学会が合同で作成した「職域のための新型コロナウイルス感染症対策ガイド」(第3版)では、発熱や風邪症状を認めるものに対してはCOVID-19の感染が確認されない場合でも
1) 発症後に少なくても8日が経過している
2) 薬剤を服用していない状態で、解熱後および症状消失後に少なくても3日が経過している
の2つの条件を満たしてから仕事に復帰することを推奨しています (仮に「8+3ルール」と呼ぶことにします)。
日本経済団体連合会(経団連)のガイドラインも上記を参考にすることと書いてあります。考えてみればすごく厳しいルールです。例えば月曜に風邪症状を認めた場合、たとえ翌日に解熱したとしても発症して8日経つのは次の週の火曜ですから、出勤してよいのはさらに次の日、つまり水曜からになります。
しかし、僕が産業医として契約しているほとんどの企業は上記の「8+3ルール」を遵守しています。遵守してないところでは冒頭に書いているような質問が出るのですが、それでもこちらが詳しく説明するとほとんどのところが規程として明文化し、遵守するようになりました。
知り合いの複数の産業医に聞いたところ、やはり彼/彼女らの契約先でも「8+3ルール」を提案しほぼそれで運用されているそうです。もちろんこれは産業医と契約するところはそれなりの大きさの企業ですし、企業に体力があることや、企業の意識の持ち方の問題、コロナ禍においてテレワークの体制が整ってきたことなどが背景にあります。またもともと企業などではインフルエンザ患者に対して学校保健法を参考とした「5+2ルール」(発症後5日、解熱後2日が経つまでは出勤禁止)を明文化しているから抵抗も少ないということもあるでしょう。
とはいえ、医療機関や介護機関にとっては「8+3ルール」はあまりにも厳しいルールです。そもそも慢性的に人手不足ですし、8日間も休まれたら患者の治療への影響も大きいし、施設の運営そのものができなくなる可能性もあります。さらに休ませた方にも休業手当として最低60%の給料は払わねばなりません。この厳しさは、非常勤医とはいえ複数の医療機関で臨床医としても働いている僕にも想像がつきます。それでも医療施設や介護施設におけるCOVID-19による院内感染やクラスターの発生の報告が散見されること、さらにはいったん発生すると多数の死者が出る危険が大きいことなどを考えると、医師や看護師、介護職員等が解熱して24時間経ったら出勤可能というのはちょっと早すぎるのではないかと危惧しています。
先日何人かの先生に聞いたところ、解熱して24時間経ったら出勤可能というルールよりは厳しいルールで運用されていたところも多かったです。例えば茨城県などで入所系介護施設や診療所を複数経営されている伊藤俊一郎先生(医療法人アグリー)のところは「8+3ルール」で行っているとのことです。この辺り、医療業界としてもう少し統一的なルールやそれを実行に移せる仕組みができないのかなと感想を持っております。
現場の先生方や経営者の方々にはお怒りを買うかもしれませんが、たまには真面目な提言をしてみました。失礼しました。
神田橋宏治(かんだばし こうじ)
1967年生まれ、1992年東京大学理学部数学科卒、1999年東大医学部医学科卒。東大病院内科で研修の後、東大第一内科入局、血液・腫瘍内科入局。都内病院で研修後、2008~2011年東大病院無菌治療部助教。2011年からとしま昭和病院勤務、2015年合同会社DB-SeeD設立。