コロナ対応「日本は対岸の火事に学ぶ姿勢が足りない」-東京慈恵会医科大教授の浦島充佳氏に聞く◆Vol.1
『新型コロナ データで迫るその姿』を上梓
インタビュー 2021年5月31日 (月)配信
東京慈恵会医科大教授の浦島充佳氏がこのほど『新型コロナ データで迫るその姿: エビデンスに基づき理解する』(化学同人)を上梓した。世界中のデータを駆使し、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の「姿」に迫っていく本書。浦島氏に、本書の狙いや昨今のCOVID-19対応を巡る動きについてお聞きした(2021年5月14日にインタビュー。
新型コロナウイルス感染症のアウトブレイクからおよそ1年.この感染症との戦いが続くなか,さまざまなデータが出てきたことで,その特性が見えてきた.新型コロナが厄介である9つのポイント,死亡リスクが高くなる要因,何が世界の死亡率格差をもたらしているのか,感染拡大抑止に有効と思われるシンプルな方法,ワクチン開発と治療薬など,現時点で得られるデータを徹底的に分析し,新型コロナの全体像を描き出す.敵を知り己を知れば百戦殆うからず.エビデンスに基づき新型コロナを理解するために. ※化学同人社ウェブサイトより引用
――本書では世界中のデータを駆使して、新型コロナウイルス感染症の性質やリスク因子、医療提供体制の影響などを分析されています。日本の対応を見てこられて、どのような感想をお持ちになっていますか。
ちょっと情けないなというのが正直なところですね。今から100年ほど前、1918年から1920年まで世界的に「スペイン風邪」の流行があり、日本では3回の波がありました。学校や工場を閉鎖したり、集会禁止したりで、今の日本はほとんど同じことをやっています。
根本的には、日本はずっと平時の延長に近い体制で対応してきたということです。背景にあるのは、日本では2009年の新型インフルエンザへの対応が成功体験になってしまい、それが逆に今回足を引っ張ったのではないかと思います。医療現場は混乱を来しましたが、日本では死者が非常に少なかった。今回、PCR検査や発熱外来もやると入院させなくてはいけなくなるから絞っていこうとなった、その時の経験があるのだと思います。
中国や欧米は、当初の被害が大きかったこともあり「これはウイルスとの戦争である」と宣言して平時とは違う体制としてワクチンも迅速審査して、ディストリビューションも軍がサポートする体制を作ったりしていました。アメリカもイギリスもたくさんの死者がでましたけど、やっぱり最初にこの悪い状況から抜け出そうとしているわけです。
最終的には経済が一番早く回復した国が戦勝国だと思います。日本はワクチンも開発できず、接種もずるずる遅れていますし、5年後になった時にどの国が勝ったのかと言うと、やはりアメリカ、イギリスになるかと思います。
――医療提供体制の整備という点からはどのように見ていますか。
分析データで示しましたが、人口100万人当たりの救命救急センターの数が多いほど、死亡率が少なかったです。大阪や東京は病院の数は多いですが、人口で割ると決して多くないですし、救急を診ることができる人と病床数は絶対的に少ないです。病床数や病院の数ではなく、重症患者を診ることができる日頃から訓練を積んだプロフェッショナルが、その地域に何人いるかが重要だということを改めて実感しました。
また、欧米ではGeneral PractitionerやFamily Doctorといった妊婦や新生児から高齢者まで、感染症、生活習慣病、がんや精神疾患まで何でも診ることのできる医師が多く養成されています。日本の場合には、自分の専門外は診ない医師が多いですよね。OECDの中でも医師数が決して多い方ではないのに、こういう状況ではより人手が足りなくなります。
加えて、危機管理のメカニズムが不足しています。アメリカではICS(Incident Command System)と呼ばれる危機発生時のための仕組みや人材があり、ロジも含めて検査や救急スタッフの配置を最適化してくれます。
日本だと保健所が本来はその機能を担うべきだろうけど、人手も足りませんし、基本的に平時のことしかやっていないので、有事に際して機動的に対応できなかった。危機に備えて普段から人材を余らしておくというのは金銭的には厳しいですが、それは海外でも同じことで、普段から基幹病院と保健所が図上訓練なんかをやりながらコミュニケーションが取れる関係を作っておくことが重要でしょうね。
地道な取り組みですが、平時の顔が見えるトレーニングがあれば、有事の際にもうまく回ります。バラバラに対応する自治体が多かったようですが、神奈川はダイヤモンド・プリンセス号対応が練習になって、割と自治体と保健所が上手く連携できたようですね。
――本では一章を使って「なぜ新型コロナ死亡率は国によって数十倍以上違うのか?」について、いろいろなデータを使って分析されています。
読者の人からすると、読んでももやもやするでしょうけど世界的にも分かっていないことですよね。「ファクターX」と言っても、Xは複数ある。だから新型コロナは日本にとってはたまたま欧米人ほど致死率が高くなかっただけで、次に流行する感染症はアジア人の致死率が高いかもしれない。今回は元寇の時の神風みたいなものに助けられたわけです。
――浦島先生も参加された、第一波を検証対象とした民間臨調では「泥縄だけど結果オーライ」という評価でした(『「泥縄だけど結果オーライ」民間臨調が政府新型コロナ対応を検証』を参照)。
当時はなんだか分からないなりには被害も少なく、“80点ぐらい”というのが検証チームの感覚でしたが、今はちょっと違う点数になるでしょうね。日本はまだまだ人口当たりの死亡率が低いから上手くいっていると思っている人も多いかも知れません。「日本モデル」とも言われましたが、「われわれは成功したんだ」となってしまうと、何の反省も要らないとなって、次の改善点が出てこないわけです。日本は歴史的にそれをずっと繰り返してきたとも言えます。やはりまず自国の火事に学び、そして対岸の火事にも学ぶという姿勢が日本は一貫して足りないのだと思います。
――この本は「データで迫る」とありますが、世界中のデータを分析されて、どのようにお感じになりましたか。
新型コロナそのものとは違う感想ですが、通勤・在宅、食料品店、外食、公園への日々の人出の変化率といった世界中の人々の行動パターンを無料でダウンロードできるなど、3年前だったら考えられないようなデータがリアルタイムに無料で提供されているのは素晴らしいなと思いました。本当に感動に近い。スマホのデータを使って、世界中の国や地域でどのくらいの人が移動しているかが、この三畳一間の部屋に居ながら分かるわけです。今という時代だからこそ、このスピードで本を書けたのだと思います。
――日本発のデータはいかがでしょうか。
科学論文は残念ながら圧倒的に少ないと思います。トップジャーナルにはほとんど見たことがない。それは、臨床研究をやろうとしたときに、日本だとプロトコルを作って審査通すだけで2カ月、3カ月とかかってしまう体制の問題です。そうなると、コロナ対応しながら、とても臨床試験なんかできないですよね。
イギリスではオックスフォード大学が中心となって「RECOVERY」という臨床試験を2020年3月に開始しました。複数の薬剤を試して、6月にはステロイド系抗炎症薬であるデキサメタゾンが重症例の死亡を減少させることを明らかにしました。国が臨床研究のバックアップ体制を充実させていることもあり、研究者がアイデアを出せば1週間でスタートできます。患者さんにインフォームドコンセントを取るためのスタッフは全部派遣されますし、病院にも患者さんにもインセンティブが出ます。国がそういったことを全部やってくれるわけです。
医療現場が混乱しているからといって、サイエンスを踏み外しては良いわけではありません。中国のワクチンは二重盲検ランダム化プラセボ比較臨床試験に代表されるフェーズ3をやらずにワクチンを市場に出してしまったので、「効きが悪いのでは?副作用の頻度は?」と指摘された時に判断ができない。アメリカは国を挙げて、ファイザーとモデルナのワクチンで、トータル6万人のフェーズ3試験をやったわけです。科学の王道を貫いて頑張ったのは本当に素晴らしいと思います。
日本にももちろん優れた研究はありますが、今回は論文も少なかったし、ロシアや中国にも後れを取ったと思います。臨床試験の体制を整えることは平時でも大切ですが、有事の際にこそ重要ですね。日本発の新しい医療を科学的に証明すれば、世界に発信できます。しかし、残念ながら日本で開発された薬を海外で治験をして、良ければ日本に輸入するというのが実態で、科学立国とは言えないですよね