単気筒ライダー(だった男)のひとりごと

愛犬チビ と CB400SSライダーだった前期高齢者の日々

2021秋(2/4) いい試合だったよ

2021-10-25 | 盛岡・岩手・ラグビー仲間

 

コン先輩んちのドアを開けると、保育所並みの勢いでお孫さんたちの歓迎を受けた。

濡れた衣服の着替えをしている間に、仙台からガン先輩も到着。

ガン先輩の車に同乗させてもらい、胆沢川桜づつみ広場へ向かいました。

 


 

会場に着くと同時にキックオフの笛が鳴った。

相手の東北大学(トンペー)は総じて岩手大学(アカベコ)より一回りガタイが大きい。

スクラムには自信ありげなトンペーに対し、アカベコもしっかり組めていたと思うよ。

 


 

ファーストタックルでは止めていたんだけどなあ・・・、二番手にやられたなあ。

オフロードパスをもらった二番手のプレーヤーがゲインラインを切る。

練習してきたなあ・・・、相手の戦術にはまった感じ。

 


 

アカベコも外への展開から果敢に走るも、タッチラインに挟まれてスペースがない。

ここではアカベコの二番手がいないんだよなあ・・・、トンペーの防御も堅いし。

横に流れるアカベコは、トンペーのタックラーにとって御しやすい獲物だったかな。

 


 

「縦は盾に通じる」とオヤジが話していたけど、もっと縦を・・・とボクは思った。

左ウイングなんか良いガタイと走力持ってんだから、縦に行けえ!!

その方がフォローする味方の選手もコースが読めて対応も早くできると思うけど。

 


 

「ラインアウトが全く取れないね・・・」とガン先輩が悔しがる。

チーム練習がなかなか出来ていないのかなあ。

会場にいたフクシ君が「コロナ禍で学内の練習が厳しく制限されて・・・」と教えてくれた。

 


 

「協会から通達が入っているはずだけど・・・」

トンペーの危険なチャージに対し、レフリーが厳しく注意している。

ボクもレフリーの経験があるけど、ボクの性格に向いていなかったなあ。

 


 

ガン先輩がその走力を認めた左ウィングのトライは、結局、幻に終わった。

本人がその直前にタッチラインを踏んでいたと判定された。

ガン先輩とボクは喜んだりがっかりしたり・・・、これもまた楽しかあ。

 


 

静かに戦況を見守る観客。

ボク等の時代と違うのは、選手の親御さんたちがはるばる足を運んでくれること。

 


 

ガン先輩とのツーショットを頼んだ方も、アカベコの右プロップのお母さんだった。

岩大チームの関係の方ですか?と尋ねたら、「ええ、うちの子は3番です」と返ってきた。

つかさずボクも、「ボク等もそうでこの人は2番だったんですよ」と、ガン先輩を紹介した。

いい写真が撮れたなあ。うれしい。

 


 

完敗と言っちゃあ完敗だけど、必死に食らいつく後輩たちのプレーは清々しかったなあ。

「オレたちの時より強いんじゃないかあ。」とガン先輩がつぶやいた。

いやいや、セイザブローさん、カワグチ、オクチさんのセンターラインは強かったですよ。

 


 

現役のHPによると、三週間後にまたトンペーと組まれているようです。

5年前にコン先輩と利府町のグランドで応援した時の試合と同じケースなんでしょうか。

また追っかけてみようか・・・でも、一人じゃねえ。

 


 

カマさんは到着したかなあ・・・と、コン先輩んちに戻った途端の話にビックリ!

「カマさんが試合で脳震盪を起こして救急搬送されたんだってよ」

え?で、どうしたの?の先の情報は、カマさんの奥サンにも入らないらしい。

狐につままれた気分で、とりあえずキクちゃんと一緒三人で買い出しに出た。

 


 

並みの人間だったら来るのは無理だよなと諦めるところだけど、そこはカマさん。

「これから行くから」の電話の二時間後、宴席に現れた。

「飲んでるうち急変したら救急車呼んでね」というカマさんを入れて、改めて乾杯!

 


 

練習は週一というカマさんに「それで走れるの?」と返すボクに、キクちゃんがダメ出し。

「農業なめんなよ。こうやてこうやって・・・、これスクワットと同じだよ!!」

キクちゃんの話に我が意を得たりのカマさんだった。

あとは・・・、「鷲の尾」を飲み過ぎて、ほとんど覚えてねーのよ。

 


 

ガン先輩の新婚旅行先がフィリピンで、人民解放戦線がどうしたとか・・・

ボク等後輩が知らないガン先輩の興味深い素顔が飲むたびに明かされたはずだけど・・・

早々にソファーの上に撃沈したボクをガン先輩が優しく下ろして寝かせてくれたらしい。


2021秋(1/4) 真柴まで

2021-10-24 | 盛岡・岩手・ラグビー仲間

 

覚悟はしていたけど、自宅を出て早々に降り始めた。

今季最後のツーリングだし、多少の雨は覚悟の上だ。

今朝観た今日の一時間天気には傘マークはなかったのになあ・・・

 


 

最上川を遡るように走る国道47号を東進して、新庄市本合海あたり。

最上川峡を過ぎると、低く垂れこめていた濃い霧はなくなりましたが、雨は続いています。

結局、雨具を着るタイミングを逸してしまい、股間辺りに雨が浸みているぜ。

 


 

二時間走り続けて鳴子に入り、やっと青空を見ることが出来ました。

正直、停まって紅葉を愛でる気持ちになれないほど、心折れています。

 


 

この時季の鳴子峡のいつもの光景です。

駐車場は、ほぼほぼ満車状態。

 


 

橋からのこの景色、これまで何度も撮ったけど、今日も撮る。

 


 

時間があれば渓谷に下りて散策したいところだけど、本日も素通り。

紅葉も終盤なのか、今一つかなあ・・・

 


 

今も心に残る紅葉といえば、「栗駒焼石ほっとライン」で観た錦秋の山々。

あまりの自然の美しさに圧倒され、腹の底からうめき声のようなものが出てきたっけなあ。

 


 

今越えてきたばかりの奥羽の山々が、太平洋側季候と日本海側季候を分ける。

この時季の空の色の違いが、それぞれを象徴する。

これを「表日本」と「裏日本」と呼んで学校で教えていたんだから、ひどい話だよなあ。

 


 

鳴子から一迫、築館を通り、国道4号に出る。

岩手との県境を目前にして、刈り取られた田んぼの向こうに白い栗駒山が見えてきた。

コロナの蔓延がなかったら、栗駒山登山の思い出話が出来たはずなのになあ。

 


 

走り始めて三時間半、「真柴」に着いたぜえ!

極々ありふれた道の風景だけど、いろんな思いが浮かんでくる景色なんですよ。

でも、今は一刻も早く、濡れたパンツと靴下を脱ぎ棄てたい衝動に駆られている。


胆沢川桜づつみ広場

2021-10-04 | 盛岡・岩手・ラグビー仲間

 

母校のラグビー部OB会から、リーグ戦の日程を知らせる手紙が届いた。

足を運べるとしたら、10月24日の水沢胆沢川桜づつみ広場かな。

 


 

初戦の様子を恐る恐る覗いたみた・・・、うーーん。

24日の相手はトンペーかあ。

勝ってほしいけど、せめて、いいゲームを観たいなあ。

 


 

考えてみたら、ここしばらく母校の公式戦を観ていない。

コロナも落ち着いてきたし、でも、一人じゃつまんないし・・・

「ダメもと」でもいいから、声をかけてみようかなあ。


真柴

2021-02-17 | 盛岡・岩手・ラグビー仲間

 

県境越えの新庄~鳴子間が一番の難所と踏んでいました。

風がそれほど強くないので、ホワイト・アウトは免れそうです。

 


 

酸ヶ湯とともに豪雪で名が売れてきた大蔵村肘折は、ここから南西40キロほど。

芭蕉ゆかりの「封人の家」「尿前の関」はすっかり雪に埋もれ、今日はシラーっと素通り。

 


 

鳴子に入ると降る雪の密度は薄くなり、上空も少し明るくなった。

「鳴子まんじゅう」かあ・・・、停まりたくない、降りたくない。次の機会にしよう。

 


 

川渡温泉を過ぎて間もなく国道47号を北に折れ、国道457号へ。

一迫町までの小さな峠を走るころには、雪はすっかり止んだ。

ちょっと前のあの世界は何なんだ。これが表と裏の「格差」だ。

 


 

岩手県に入って間もなく、国道4号を下りれば、真柴の風景。

仙岩を越えて目の当たりにする岩手山と同様、ボクのもうひとつの「いわての風景」です。

 


 

坂道の途中の空き地にキクちゃんの車、玄関先には職人さんのそれと分かる二台の車。

ドアを開ければ作業の真っ最中。地震で被災した箇所を助成金充てて補修しているんだって。

「今日は工事を休んでと言ってあったのに、忘れて来るんだから・・・」とキクちゃん。

 


 

お互いの体調、ついには墓じまいの事にまで話が・・・ダメダメ。もっと楽しい話をしようよ。

オサムからは、今夜「いかり」からリモート参加するって連絡があったんだとか。

ボクの携帯が鳴った。おお!ヤス。元気そうな声を聞いて安心した。

 


 

「6月は泉ヶ岳だからね。準備しておいてね。」キクちゃんがヤスに厳命した。

カマさんのガイドで泉ヶ岳もいいよ。栗駒と須川の湯もいいなあ。

 


 

あっという間に過ぎた三時間。

これから盛岡へ行ってオサムと飲めば・・・とキクちゃんが言う。

そうしたいけど、明日の雪がそれを許さないんだ。三代目のささやかな作業だけどね。

バイクに乗れるようになったら、6月までは待てないな。即、来ますよ。コン先輩。

 


 

ガン先輩にも連絡取らなきゃなあ。せっかくの「ご縁」ですから。

それからキクちゃん。口から入れるダイエット?そんな楽なダイエット信用できないよ。

ガード下から家までのあの坂道を毎日三往復かな、あの坂なら歩きでいいよ。

地道に筋肉と体力だけはつけておこうぜ。


2020初夏 仲間たち(2/2)ガーデニング

2020-06-28 | 盛岡・岩手・ラグビー仲間

 

4時に目が覚めた時は、ほどほどの二日酔い状態だったけど、徐々に回復。

ヤスから「7時からコーヒー飲めるよ。」の誘いに何とか付き合うことができた。

 


 

きっと著名な建築家のデザインだと思うけど・・・ボクの盛岡はここにはないね。

キクちゃんが「朝、自分の知らない盛岡を散歩してみた。」と言っていた。印象はどう?

 


 

ご自宅にお邪魔しようとしたけど迷惑かけるし、名須川町の菩提寺でお墓参りをした。

「オヤジー、俺の股関節、なんとかしてくれーー」 ガン先輩が懇願していた。

ガン先輩、オヤジを前にメット・ゲバルトしたんじゃあ、オヤジも聞いてくんないっすよ。

 


 

白沢せんべいをお土産に・・と紺屋町に行ったら、コロナのためか日曜休業。

先行する仙台組を追いかけるように一関へ向かう。もはや決められた行動パターンだ。

ん・・? 農地が広がる平野に「東十二丁目」って、どんなところだろう。

 


 

コン先輩んちの庭が前にも増して随分垢抜けしているのに感動した。

バイヤーのカマさんが感心して眺めているんだから、これは本物だよ。

 


 

まるで園芸店のようだって言っても、決してお世辞じゃないよ。

何もかもがDIYの手づくりだし。やるなあ・・・・

門外漢の言うことだけど、センスあるよねえ。何処で培ったセンスなんだろう。

 


 

ウッドデッキに置かれたテーブルセットを見て、「軽食屋さんでもやったら?」

「うーん、そうなんだよなあ。」と、頭の片隅にはあるキクちゃんでした。

 


 

この青が気に入って花の名前を教えてもらったんだけど、忘れてしまった。

ボクには出来ないなあといつも思うんだけど、やってみたいともいつも思う。

 


 

キウイはまだ青いですね。

どうでもいいことですが、これがリンゴだったらボクも生長が楽しみです。

 


 

お疲れのようですね、ガン先輩。

暗いグランドで、先輩の背中を後押しした時のように、これからも後押ししますよ。

まだまだボク等に付き合ってもらわないといけませんから。

 


 

美味しいコーヒーご馳走になって、お蕎麦をいただいて、お土産までいただいて・・・

コン先輩にお礼をして、栗駒山での再会を約束して、午後二時においとました。

 


 

秋田駅の2番線。16時44分発の酒田行きを待ちます。

あと三時間ほどで、楽しかった旅も終わります。

みなさん、また会いましょうね。


2020初夏 仲間たち(1/2)偏屈で面倒くせえ奴

2020-06-27 | 盛岡・岩手・ラグビー仲間

 

鼠ヶ関発の一番列車がこじゃれたフォルムの新しい車両に変わっていた。

重厚な音を立てながら入ってきたあの渋い機関車はついに肩たたきの憂き目かあ・・・

 


 

行き違いの上り列車が「カモシカと衝突した」ため、二十分遅れで女鹿駅についた。

このため秋田到着が遅れる旨を多分まだ家にいるヤスにメールで知らせた。

 


 

秋田駅西口、ヤスが少し遅れて現れた。「妙に混んでたんだよなあ。」

いやいや、今回もお世話になりまーーす。

 


 

小休止で立ち寄った道の駅協和は、緑の静寂さが際立つ心落ち着くロケーション。

周囲の山から発散する静かなる山の気を感じる。本当だぜ。

 


 

小雨混じりの仙岩峠。

集まって飲むだけじゃあ・・と思い、今回は温泉に行こうと仙台組にもメールした。

何処にするかは集まった時に相談しよう。網張、繋、鶯宿・・・かな。

 


 

待ち合わせ時間に少し余裕があったので、ヤスと小岩井農場で時間をつぶす。

閑散とした入場口で、女性の係員が入場者の検温をしている。

ボク等は駐車場内の車眺めながら、ぶらぶら・・・

 


 

国道46号のコンビニで仙台組と合流。

ガン先輩が、「網張にいい露天風呂があるんだって?」

「天女の湯ですね。じゃあそこにしましょう」

 


 

もう天女はいないんじゃないかなあ・・・という一抹の不安が当たった。

あの自然環境じゃあ維持するのは難しいもんね。すぐ下にある日帰り温泉館でマッタリ。

 


 

宿探し担当のボクが今回選んだのは、盛岡駅西口のユニゾイン・エクスプレス盛岡。

駅東側は目を閉じても歩けるんだけど、西口界隈となるとボク等はマジの浦嶋太郎。

行けそうで行けないホテルにやっとたどり着いた。

 


 

西口から「いかり」までの路選びにも大失敗! 倍以上の距離を歩いた感じ。

ガン先輩がちょっと前まで絶食療養中だったと聞いて心配したけど、うん、安心した。

キクちゃん、今回はガン先輩のナース役、よろしくです。

 


 

全員納まったところでシャッターを切ったら、オサムのジョッキがぬーっと出てきた。

これ以上後ろに引いたら土間に落ちる。撮り直しはしない。

 


 

酔いが回らないうちは、ここの幹事はオサム。

「オサムさん! だからちゃんと数を確認してから頼んでって言ったでしょう!!」

「いかり」でのショウコちゃんとのからみは、もうオサムのネタのひとつだ。笑える。

 


 

少しばかり遅れてウチが合流。おーすっ!

久し振りに笑顔のウチに会えた。うれしいよ。

 


 

 

ウチがガン先輩に何を話しかけているのか分かんないけど・・・、なんか、いいなあ。

現役時代は、超~密な関係だったもんな。

 


 

何、笑ってんだか。そう言えば二人とも高笑いはしなかった。いつもこんな感じで笑っていた。

あとはガン先輩の左隣にシュンロウさんがいたら、ボクはとっても幸せな気分になれる。

 


 

ガン・コン先輩が四年生の時、ボクが三年、ウチ、ヤス、カマが二年、オサムとカツが一年生。

大学入学までのラグビーキャリアは様々。ボクは全くのド素人だった。

 


 

ウチには、とっても大きな恩を感じている。

あの時、有無を言わさず腕を引っ張ってもらったから、ボクは今ここに居られるんだ。

初めてそのことを感謝したのに、「覚えてねえなあ・・」だってよ!

 


 

母校ラグビー部OB会長の肩書のほかに、カツには今いくつの肩書があるんだい?

OB会との関係がだんだん希薄になってきたよね、ボク等。妙案あるかい。

 


 

あれ、アネじゃないか。酔ってからのオサムの電話魔が始まった。

今回のきっかけも、オサムがここからキクちゃんに電話をかけたことだった。

 


 

ウチがかけているのは・・・オヤジの奥様。いいのかあ・・・大丈夫?

確か、マネのショーコちゃんにもかけてたよなあ。ボクもなんか話したような。

いつになく、みんな楽しそうだった。

 


 

ウチとカマに去年の姫神山の話をしたら、思いの外、食いついてきた。

「今年は一関をベースに栗駒山にしよう。」と提案したら即決となった。

ガン先輩も現役の頃の気力で筋肉つけたら行けますって。行きましょうよ。

 


 

記憶はぼんやりだけど、撮影時間は9時。4時間たっぷり飲んだ。

菊の司を身体が覚えていて、いくらでも受け入れるんだ。

カツオのたたき、鰯とアサツキのヌタ、ホントに美味かった。ジュンちゃん、ありがとう。

 


 

ヤスとボクは駅前のどこかで冷麺を食べて、11時過ぎに帰還。

「コン先輩がボクのこと、偏屈で面倒くせえ奴だったって、キクちゃんに話したんだって。」

ヤスにそう言ったら、「ガン先輩も同じこと言ってたよ」って返ってきた!

そうかあ・・そうだったのかあ。おかしな若僧だったんだなあ。えっ、今もそうかなあ???


高松亭

2020-02-20 | 盛岡・岩手・ラグビー仲間

 

チャチャを待受けにしていたガラ携が、ちょっとしたハズミで破損した。

ストラップにつけた鍵を使った時、開いたままの携帯を一緒に回し、無理な負荷がかかった。

 


 

折り畳み部分の片方が完全にいかれてる。これで、よく画面が写ってるもんだ。

ついにスマホかあ・・・って、一瞬よぎった。

あの時、キクちゃんやヤスの話をよく聞いておけばよかった・・・

 


 

機能はしてるけど、脱臼した関節を無理に動かすようで、いつお釈迦になるかわからない。

とりあえず、三代目専用の携帯にアドレス帳を転記し、以降、こっちを使用することにした。

アラ還OBの仲間に番号の変更を伝えると、ガン先輩から「花見やらねえの?」の返信がきた。

 


 

ガン先輩、先輩の桜は「高松の池」の桜ですよねえ? で、高松亭に座敷借りて・・・

去年も、そう言われたんだけど、実現できなかった。

先輩には、「具体化したら、連絡します。」とは返したけど・・・

高松の池の花見と合宿所だった高松亭には、特別な思いがありますもんねえ、ボク等世代は。


縁の始まり

2020-02-09 | 盛岡・岩手・ラグビー仲間

 

山形県金山町国道13号から東北中央道に入る。

県境前後は途切れていますが、湯沢ICまではよく利用する無料区間。

 


 

土曜なのになあ・・・

秋田県旧雄勝町道の駅「こまち」は閑散としています。

 


 

横手に入ると渋滞するようになった。

「かまくら祭り」かなとも思ったけど、雪不足には湿っぽいこの雪でも恵みの雪かな。

 


 

横手駅西口広場に大きな雪の台座が・・・、これは「かまくら」だな。

ヤスを乗せた電車の到着時刻にギリ間に合った。「おーっす!」

助手席に座るヤスが、横手での6年前の悪夢 を口にした。今回は大丈夫だよ。

 


 

道の駅「錦秋湖」に寄った。ヤスは初めてだという。

ここで、家族へのお土産を調達。ボクは奥サンに頼まれた「およね饅頭」

昼時でしたが、昼食は別のところでとることにした。

 


 

レジの横で、ケンミンSHOWで紹介されたビスケットの天ぷらを見つけた。

試食がてら1ケース購入して、ヤスにも一個。

もっちりした厚めの甘めの衣で、噛んでるうちに微かにビスケットの味がしてきた。

 


 

江釣子村に入る。江釣子村は、プロレスラー藤原善明の故郷

前沢方面に向かう県道沿いに「十割そば」が目に留まり、「深山亭」に入店。

あれは角館、いや、田沢湖だったかな・・・ここはそんなことはないよな。

 


 

細切りでしっかり腰のある上品な蕎麦。おいしかったよ。

門外漢のざれごとですが、見た目も食感も山形の老舗三津やに近いかな。

(画像は店のホームページから拝借した。)

 


 

国道4号の混雑を避け、江釣子から県道で南下。

広い雪原の向こう、一際白く見える山は早池峰だなと言うと、「そうかあ?」と疑うヤス。

たぶんそうだと思うけど、センムリジをここに連れてきて確認してみよう。

 


 

途中、田んぼに突っ込んだ何台もの車を横目に、二時過ぎには一関に入った。

この頃は、盛岡にいて感じる思いを一関の風景にも感じるようになった。

コン先輩っちのおませな孫娘を上手に相手をするヤスとぎこちないボク。

 


 

買い物している時間に温泉にでも入る?というキクちゃんの提案に乗る。

大型スーパーに隣接する日帰り施設「願叶乃湯」。願いが叶いますように・・・

微かにとろみのあるアルカリ泉。ヤスは適温だと言ったけど、ボクにはぬるかった。

 


 

ビールにワインに純米本醸造。ゆっくり、ゆっくり、飲んで、語って・・

三代目としての覚悟がないんだよ!という二人のご指摘。当たってます。

ここに三人がいる「縁」って、どこから始まったんだろ・・・、そんな話もした。

 


 

今朝の青空。ここで何度こうやって見上げたんだろ。

いいところだなあって、いつも思う。

「伊達は、人が・・・」と誰かさんは言うけど、気候は盛岡より優しそうだ。

 


 

絵にかいたような朝食。見栄えもいい。キクちゃんの腕だ。

「これ、トマトケチャップ・・」と聞くと「トマトに見える?!イチゴだよっ!!」

相変わらず、どこかここかで外してるなあ・・・

 


 

朝の天気予報を観て、「早いうちに出発しますか。」とヤス。9時半に辞した。

左は、振り返ってみた北上山地に浮かぶ雲。右は、これから向かう奥羽山脈を覆う雲。

どちらも青空を背景にした雲ですが、右の不気味さ、たちの悪さ、伝わるでしょう。

 


 

北上市から湯田町へ入るあたり。

冬空の青さに魅せられ、車を降りてパチリ。

 


 

そんなボクの気持ちを察してか、この先、ヤスが撮ってくれた。

山峡を縫うように流れる和賀川。この時季は錦秋湖というより和賀川が相応しい。

 


 

ほーら、きた。秋田県境に近い一直線の道路。

でも、山を越えたら、また穏やかな空に戻った。

「助手席っていいなあ」と言うヤスを横手駅に降ろす。そう、助手席はいいんだよ。

 


 

裏側も天気いいじゃん。

真室川町~鮭川村の辺り。山の向こうは最上川。

地球温暖化は大問題だけど、雪と寒さはもうたくさん。本音です

 


 

庄内平野も穏やかですが、月山のほうにはあの不気味でたちの悪い雲が覆う。

別れ際、キクちゃんが「今度は、泉ヶ岳」って言ってたし・・

明日あたり、センムリジがヤスに電話するだろうな。「姫神のリベンジしましょう。」って。

ボクは須川温泉から行く栗駒山がいいと思うけど。

さあ!明日から覚悟を決めてやるしかない。この「縁」を大切にしながら。


2019秋 盛岡へ(2/2)岩手大学農学部付属植物園

2019-10-29 | 盛岡・岩手・ラグビー仲間

 

下宿を新田町に移した盛岡最後の一年間は、この路を歩き、正門からはいった。

その一年がなかったら、この路が、今も印象深く心に残ることはなかったと思う。

 


 

 

もう45年も前のこと。

二月の凍てつく深夜。見上げれば、天を衝く冬木立、満天の星・・・

並木の様相も全く変わり、思い出す風景は、多分に心象風景と化しているのかも。

 


 

年が明け、卒業が現実味を帯びるようになり・・・、盛岡を離れたくない。

OBのM先輩に「残ってラグビーをやりたい。」と言うと「バカかあ。さっさと卒業しろ!」

疎外感、劣等感、路の先に何にもなかった、何も描けなかった・・で、今に至るってこと。

 


 

正門そばに立つ大木の案内板に、並木の変遷について記されていた。

ボクが見上げた並木は、大正時代に植えられたユリノキとキササゲ。81年に伐採されていた。

正門へのアプローチとして、風情風格とも、ボク等の時代の方が数段上。感じるものが違うよ。

 


 

欝蒼とした印象は、以前にも増したような感じがします。

ド素人の言うことだけど、このぐらいの手入れ具合に止めておいた方がいいと思う。

 


 

奥に見える小さな建物は、正門を入ってすぐ左側に建つ番所。

正門へのアプローチの土塁の一部とともに、重要文化財なんだと。

土塁もかい。へえーと言うしかない。心して通ればよかった。

 


 

温室の存在が、いかにも、農学部付属植物園って感じ。

ボクも相当ダサい田舎もんだったけど、ここだってベンチを置くような雰囲気じゃなかった。

少し垢抜けたぜ。

 


 

在学中、一度ぐらい中に入ったことがあったと思うけど、はっきりした記憶がない。

農学部だけでも足を運んだことのないエリアが今もある。キャンパスがとにかく広い。

 


 

徳さんの「破砕転圧工法」を駆使した、農学部同窓会の名を冠する北水池。

出来たのはボクの卒業後。時間の経過とともに、周りの風景に馴染んできたように感じた。

 


 

あとから色々作り出すより、いっそ一部でもいいから、「自啓寮」を残せばよかったのに。

そうでしょう、賢治さん。

 


 

ボクもここの学生だったんだよなあと、今でも思ってしまう。何だろ、この感じ。

勉強嫌いは認める。椅子が痛めていた腰に最悪で、その後の練習が出来なくなるんだ。

授業は欠席しても、グランドには欠かさず行ったよ。単位はぽろぽろ落としたけど。

 


 

当時の空気は、植物園の中に一番残っているような気がした。

今度来るときは、ボクもこうした時間が取れるよう、余裕をもって来ることにしようか。

 


 

午後三時。夕食にと買い求めるお客さんもあるだろうと来てみたけど、完売だとよ。

連続して何度目だ、フラれたのは。ヤスと来た時は奇跡的だったということか。

白沢せんべいは、その代用品じゃないよ。バイクじゃ割れやすい。慎重にバックにつっ込んだ。

 


 

南大橋から望む岩手山の風景は、ボクには新鮮だ。

岩手山と北上川は変わらないけど、盛岡の街並みが変わってきたんだ。

 


 

午後四時を過ぎている。

これが最後の岩手山・・・、またなあ。

 


 

仙岩の紅葉もゆっくり眺めたかったけど、寒い。一度停めたら、走る気力が減退するようで。

田沢湖辺りで漆黒の闇。走るにつれ体が冷えていく。首筋が固まり、腿の付け根が痛い。

この時季、いつものことだけど、衝動的に足を伸ばしたことを後悔した。

 


 

ラグビーワールドカップの熱戦を観ているうち、学生時代の仲間の顔がオーバーラップ。

ラグビーとの出会い、恩師、先輩、仲間との出会い。みんな、岩手がボクにくれたもの。

もう、泣きそうだよ。


2019秋 盛岡へ(1/2)運動公園

2019-10-28 | 盛岡・岩手・ラグビー仲間

 

12時半過ぎて、西和賀から山伏トンネルを抜けて、雫石に入る。

帰りの時間を考えたら、この時間にこんなところまで足を伸ばすことはないのに。

こじつけていえば、これもラグビーワールドカップのせいと言ってもいい。

 


 

どーんとした存在感、「お山の大将」のお山をズバリ具現化したような男助山。

岩手路を行き来して50年近くなるけど、存在を知ったのは10年ほど前のこと。

県道を挟んだ東側には女助山がある。日本昔話しの里のようなここの空気が大好き。

 


 

何か、よく分かんないままに来てしまったよ、岩手山。

国道46号走行時のようなドラマチックさはないけど、「また来たよ。」

 


 

深みのある鮮やかな青色の御所湖。

御所湖と岩手山・・・ただただ、眺めいるばかりだ。

 


 

国道46号、変則五叉路の館坂交差点。

高松に競馬場があったころ、盛岡競馬開催の日曜は、朝から大渋滞だった。

赤間君のアパート、高松病院、そして、少年刑務所・・・、いろいろ浮かぶ風景がある。

 


 

グランドへのアプローチは、当時のままかな。

色んな思いで、ここを行き来したっけなあ。

 


 

運動公園が人工芝に変わったという話は聞いていた。

当時は、国体時の天然芝はすっかり剥がれ、細かい粒子の真っ黒な土のグランドだった。

雨でも降ってるものなら、白のジャージはいくら洗濯しても、二度と白くなることはなかった。

 


 

「ガン・コンは、まだかあ・・・」 桜キャプテンの声が聞こえる。

松島事件のこともあったし、通路の向こうに二人の姿を見た時は、ホッとしたりして・・・

下宿から徒歩で小一時間。一年の時は色んなもの持たされて歩いた。歩くしかなかったんだ。

 


 

なるほどなあ。これなら・・・、でも、南公園の天然芝を観てしまってはなあ。

全体の風景が、当時より狭くなったように感じた。ボクは4センチも縮んでしまったのに。

色々な思いがこみ上げてくるかなあと思ったけど、全ては人工芝に覆われてしまったなあ。

 


 

二十歳過ぎてからこの歳まで、声出して泣いたのは、ここの更衣室での一回だけだ。

大学三年の秋、当時は、資材倉庫然とした平屋の建物だった。

試合後のタックル練習。生タックルだった。アゲーン!アゲーン!・・、右の耳が裂けた。

 


 

誰もいなくなった頃を見計らって、更衣室に入った。

ベンチに座った瞬間、訳のわからないものが、うめきと一緒にこみ上げてきた。

ずーっと察していた内山が顔を見せた時は取り繕ったけど、いなくなったら、また泣けた。

当時の日記に「あとからのいい思い出にはしない!」と書いたけど、いい思い出になった。