楽しい日々

ホームページを作ることが 与えてくれた楽しみや 主婦の日々の思わぬ出来事を 聞いて聞いて!  

おたぬきさま

2014-07-20 19:15:03 | Weblog
今日実家にむかう道で 狸が車にひかれて 亡くなっていました。

このところの 道路事情の変化で引っ越しを余儀なされたお狸様なのかもしれません。

長年 毎年 同じように暮らしている動物たちに 急変を押しつけるのが 人間で 本当に申し訳ない。

いろんな国の仕事が 地方に移行するのはいいことなのだろうけれど
境目や 引越をする者には 過酷を極めることにならないだろうか。
盥回しや 皺の寄せあいが起きないように 
どう対応するつもりなのだろうかと ふと心配になりました。

街路樹もしかりで お金のかかるものは いらない知らないお断り。
そうなると 暑い夏がどんどんヒートアップしていくことだろうと感じています。

そこで 街路樹オーナー制度とか 風景お国自慢プロジェクトとか 
お金が先行すると 無理無理苗木を並べることになってしまっています。

道路の整備費用にしても 蔦がはっていれば きれいで 葛花は雑草という貧困な発想では
お金も労力も 無駄になるばかりです。
雑草という概念を除けば 逞しい植物群ということにできないでしょうか。
雑草や雑朴も必要で 利用して運用していけないだろうか。
逞しいことを利用して 生かして 街路樹も 駐車場も 畔も道路も 
和物でしつらえという訳には いかないのだろうか。そうおもうのです。

そろって ケヤキ そろってポプラ 花水木で 植えたところで
木の頭を切って縮め 枝に葉もつけさせないなどといった現状を かえてみたいです。

日本古来から愛してきた木々を中心に 街路樹に必要な根を張ることのできる土地を確保する。
そうすると 堤防の決壊も 土砂降りの雨も 一方通行の道路で 歩道は別とする
そんな贅沢な対策ができると 本当に豊かな国になりそうです。
いままでの歴史が ゆとりある川幅 ゆとりある道路が 安全なことは面々と残されているのではないでしょうか。

いまも これからも 土建工事に明け暮れて 国は借金だらけです。

老木となってきたら その加工権利をオーナー企業にゆだねるので それまでの手入れは 企業グループで引き受ける。
そのくらいしないと 木々は自然に生えるものではなく 生かしてきたから残っているという認識をもたないと
先行きは暗いと感じています。
すてきな オーナー企業は 長いいきですよね。

もう どこの国からも 食料も綿花も羊毛も 輸入しにくい時代に はいってきていると 思うのですが
感じませんでしょうか。


海辺のログハウス

2014-07-15 22:55:18 | Weblog
ちいさなログハウスが 建つ手はずが整いました。
おばあちゃんと じいちゃんの ときどき若夫婦が来てくれる ちいさな家です。
小さいけれど 頑丈で 生き物のような家です。
息子や孫が とっといてくれるよう 
ときどき使って ほっておいても頑丈な家です。

お外で洗濯して 小さな台所で食事を作って
お風呂に入って くるりと回れば一日過ごせる
日がな ひなたぼこをして パソコン開いてすごす。
そんな老後がすごせるといいです。

そのひなたぼこ生活の前に 
このちいさなログハウスが 多くの人に愛してもらえるよう
日がな 努力していくのが先決です。
まだ 公表できませんが お楽しみです。

そこに 本当は ビアテラス もしくは カフェテラス
いや ガーデンルームがドーム型で欲しいのですが わかりません。
まずは 御家です。

欲しいガーデンテラスが 何故ドームなのといえば
丸いドームは風や日光を大きく分断することなく
庭を分断することなく
風にも強いと感じているからです。
庭にガーデンテラスが欲しいのですが 廊下を四角く張りだすのでは
人間の生活が広がるだけで 庭と溶け込めません。
半円や 丸で張りだせば 植栽を広い角度で眺められ
風を一方的に止めることもなく 庭に良いと感じるのです。

昔の私の家には パーゴラがあり テラスは石を組み 芝生が広がっていました。
バラのアーチもあり ガラス瓶を逆さに埋め花壇が広がっていました。
陶器の椅子とテーブルで 祖父は新聞を読んでいました。
今思い起こせば 小さな庭なのに 子供のころは 広い庭に思っていました。

祖父が 砂地に貝殻を埋め 腐葉土を入れ込み 土を入れ
高度な技術で庭を作っていてことが いまこの年になると解りました。

今の人では 到底創造することのできない庭です。
当時どうやって グラジオラス ダリア ガーベラなどを購入したのか
聞いてみたいくらいです。

今はないその庭を 自分の地面を購入出来たら 再現してみたいと
自分の身体が そう自分の心に語りかけていたのだと
そのための練習を何度もしてきているのだと
六十に手が届くようになって わかってきました。

祖父の大事な息子が戦死いえ軍医で出征したのに餓死したのが 今私の息子の年齢です。
申し訳ない気持ちがすこししています。
国旗を揚げてくれるなと 嘆いていた祖父ですが
日本は大好きだったはずです。その思いも大切にしたい。


ログ組はいい香りがするそうです。
たのしみだな。



まとめて使いまわし調理のすすめ

2014-07-15 20:40:08 | Weblog
キャベツを一個購入したら
上部葉の部分を サラダ用にスライスして ビニール袋に入れ
軽い塩漬けに します。
使きれなかったらなかったら ピクリングスパイスともう少し塩を投入して 長期保存。

軸部分は ミキサーに肉とともに粉砕して ケチャップを加えて ハンバーグに

軸についた葉の部分は 炒め用や 煮物用に少量の塩で ジプロックで真空にパッキングします。

これを 2週間ほどで 使い切ります。

玉ねぎは スライスして 一部は細かくスライスしてサラダやトッピング用に
ジプロックパッキングし 残りは炒めます。

炒めた玉ねぎは 酢と塩と香料や油類を加えて 油の空きビンにいれて
ドレッシングにします。
ゴマ油やオリーブ油の空きビンは 口をあけてはずすと 意外にすっぽり口止め部分が
外れるのです。これに材料を詰め込んでで 残り油もドレッシングの中身です。
ですから 玉ねぎ炒めは 空き瓶が出た時がチャンスです。

残りの大量な炒め玉ねぎは ごま豆腐の空き箱を熱湯消毒して 小分けにします。
廃物利用ですが 一回分これがベストサイズなのです。味噌汁に 焼き肉に 甘い味付けに一個投入します。

人参は 刻んで炒めた物は瓶詰に 大まかなものは おおよそ軽く炒めてパッキングします。

大中小で 使う目的別に 一本一個 二三個 購入した時に一気にまとめ調理して 時短調理をめざしています。

ただ 書き込みしておかないとと あれーってことになるので
医療用のお安く購入した不拭布のテープで
 日付と商品名を書き込んでおきます。

忙しいとき 手間が掛けられないとき 便利なのです。

フランシス トリンビュー フランス式水車

2014-07-15 20:32:56 | Weblog
今日もネットサーフィンを楽しんでいると
フランス式タービンによる 水力発電が 長年丈夫で 効率も良いとか

水車のことを 調べているうちに 出てきた。

中を水が通るだけで 水車が回り電気が起きるタービンになるという装置らしい。

これって 水道が通るだけで回るタービンで 電気がおきるってことなのかしら

小さな発電に 使えないのかなー

レトロな情報は 意外におもしろい。


てぬき茄子

2014-07-12 15:12:29 | Weblog
最近のおきにいり手抜き料理は
肉を焼くとき 魚を焼くときに まるのまま茄子を家では二本
フライパンやグリルパン 魚焼き器に放り込みます。
だいたい茄子の丸焼きです。

肉や魚の油で 茄子は色よくふっくら焼けます。
肉を焼くペースで すぐ茄子を食べるのでなければ
茄子は取り出し荒熱をさまし 冷蔵庫で保管します。

すぐ食べたければ 茄子のペースで焼き続けます。焼きあがれば
生姜醤油や だし汁で味付けします。

保管したものは 茄子の煮物 味噌汁 炒め物。
色が黒くならず 時間もかけず 少量の油で色よく茄子料理ができることがわかりました。

時間をかけずに 調理で真黒茄子になり嫌われることもなくなりました。
おてぬき茄子焼き
重宝しています。


しあわせな国

2014-07-09 22:34:25 | Weblog
子供のころは貧乏で それが普通でした。
ごみは 海岸の堤防にも 道路にも散乱していて どうなることかと
心配していたほどでした。
それなりに 幸せでしたが 今のほうが
本当に幸せかと問われるとどうなのでしょう。

今はごみの山はなくなり 殺虫散布も思っていたほどではない状況で一見
しあわせになったなあ。と おもうのですが。

欲をいえば まだまだ いろいろあります。

日本の貧乏は脱出したから
センスのよいお洋服が 浸透するか
と思いきや 
服は 毎年購入するプログラムで もちが悪く
縫い目はげじげじ サイズは適当 きやすくて そこそこの御値段なら良いといった商品が主流です。
こだわりのない購入しやすい服が一般的になりました。
でも やはり いいものは良いと理解できる人間性は 残ってほしいものです。
浴衣などの商品をみると 日本のよさは全く消えた商品が多くて 残念でなりません。

食事は自分も含めて 世界中からお金に任せて ありとあらゆる食品を買いあさっています。
自分の国の植物よりも 自分の国の魚よりも ずーっと高価で良い物を買いあさって消費しまくっていますが
これは いつまでつづけられるでしょうか。
いいかげんにしないと いけないのではないでしょうか。自分の国でも育てていかないと
お金の価値がもちません。

幸せの指標は 家族にもあります。
家族が 思いあい 時間を共有し ご近所や知り合いとも
親密に付き合う寄りそう世界が 薄れている気が少ししています。

そして仕事が 子供に見えない 子供に伝わらない
人を育てることができないことが 少し残念です、

昔の八百屋さんは 家族ぐるみのお商売でした
大工の仕事は 見たい放題 触りたい放題でした。
子供の目の前で 大人たちは時折視線を送りながら仕事をしていました。
手伝う子供あり いたずらするこどもあり
おおらかで 逞しかった。
学校で教えてもらえないことが 社会で働くには必要になることが 
意外に たくさんありますよね。