Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

脱原発の経済への負荷

2012-07-17 | 雑感
再生可能エネルギーや今後のエネルギー政策に関する話題が絶えない。細かく追っていきたくともあまりにも多岐に及び時間が許さないので見出しの印象だけでも記録しておく。

重要な点は連邦共和国における原発政策とフクシマ後の脱原発で生じた一時的な経済的な変動である。原発の操業者は脱原発政策に対して十億ユーロの保証を求めており、これは最終的に憲法裁判所でその有効性が審査される。

その一方、再生可能エネルギーへの各々の投資額が予想以上に上回ってきていることで、特に甚だしいのは北海海上風力発電の50%に上る投資の増加と、既に伝えたような投資家の確保である。技術的にも経済的にも予想を遥かに上回る見込みで、2030年までの予定通りの電気供給量はもはや現実的ではなくなってきていることなのである。

同じように太陽熱パネルの建設も予定よりも十億ユーロほど投資規模が上回ることが明白になってきていて、当初予定していたような経済性は到底確保できないことが分ってきている。

そもそも脱原発による再生可能エネルギー構想は理想を求めたイデオロギーに彩られていたことは周知の事実であり、現実的な経済性は可也いい加減に見積もられていたことが分っている。

反対に、最大の懸案となっていた電気の蓄電方法に関しては様々な方法への研究が積み重ねられていて、損失の少ない比較的古典的な方法なども使われると、再生エネルギーにおいてもまた原子力エネルギーにおいても最大の問題であった発電のし過ぎとピーク時に合わせた貯蓄が可能となる。

再生エネルギーにおいては発電量よりもその不安定さこそが克服されなければいけない問題なので、原子力以上に蓄電とスマートグリット化が重要になるのは言うまでも無い。

余談であるが、フランスのフィガロ紙の編集長が交代となる。サルコジ支持から敗北後、オーナーの意向で残留とされていたが、矢張り交代することになったと言うことである。ネットで見出しだけは毎日見ているのが、それだけでは編集方針までは詳しくは分らない。



参照:
ブロキュパイの週末を終えて 2012-05-22 | 歴史・時事
風向きを見極め、早い見切り 2012-01-05 | アウトドーア・環境
再生不可能な科学的教養 2011-08-09 | 文化一般
デジャブからカタストロフへ 2005-02-19 | アウトドーア・環境
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壁があるから登るんだ

2012-07-16 | アウトドーア・環境
ネットでは那智の滝の登攀を試みた登山家が逮捕された件が賑やかである。物好きのその意図は不明であるが、初めて知るその人物のインタヴューで年間百日以上は山に入っていると読んで、自らのことを考えてみた。

なるほど山には入っていないが、現在週三日訓練に費やしていることを考えると、これだけで年間150日を越えてしまう。なんらご利益も無い上に材料費や交通費そして食費など大変な出費である。

そしてこれを続けていても、目標に達するかどうかは確約されておらず、少々はクライミング能力が上がり体力もつくだけなのである。そのためにはそれだけでは全く足りずに更に走り込みなどをしているのである。そして行き着く先が、スポーツクライミングの領域で「まあまあ登れる」と、それもその努力の前後を知っている者に褒められるぐらいのことである。

その一方、細かなかすり傷は絶えず、昨年痛めた左右の腕手の後遺症も僅かながら残っている。健康的に良いどころか、右腕と肘は現在も日常生活にも支障をきたしているのである。好き好んで何をと思うのだが、ここで引き下がるともう二度と挑戦できないと思うと止められないのである。

しかし、過負荷になっても効果は上がらないので、今週のように天候が悪く気温が下がれば一度休暇期を挟もうと思うのだが、なかなか土砂降りに降らないと難しいのである。

なるほど運動をすることで精神的な快楽は得られ習慣化してしまうのである。如何にそうした状況でブレーキを掛けて合理的に物事を進められるかが大切である。恐らくミュンヘンやインツブルック、ベルンなどに住んでいたとすると毎週のように高峰へと駆け上がっていたかと思うと、ワインでお茶を濁しているぐらいが健康に良いのだろう。

那智の滝は、ローティーンの頃に登攀対象として目に留まったことがあるのは事実なのであまり人のことは悪くは言えないが、いい大人が寄って誰も自制するようなことが無かったのはまるで付和雷同のネット殺人のようで怪しい。

地元にも沢山の登山禁止の壁はあるが、その多くは野鳥などの保護に向けられていて、期間限定なことが多い。勿論アウトドーア活動の者がそうした環境意識を持ち得ていないとすれば活きていけないのがドイツ語圏の特徴であり、大なり小なり科学的根拠に基づく理念として世界の共通認識になっていることは今更繰り返すことも無いであろう。


追記:いまし方日本のTVニュース映像を見て愕然とした。ルートは殆ど予想通りであったが、鐙のようなものが見える。まさか人工登攀では!この時代あの程度のオーヴァーハングならば手と足だけのフリークライミングで颯爽と登るのが当然で、三ピッチほどの岩場で鐙持参で初登攀を目指す訓練を積んだクライマーなど何処にもいない。なんて節操の無い人達なのだろう。落ちるか、登り切るかはっきりせい。



参照:
クライマーと山岳メディア関係者に問う。「やってはいけないこと」は、やってはいけないのではないですか? (月山で2時間もたない男とはつきあうな!)
雑食砂岩で新しい靴を試す 2012-05-14 | アウトドーア・環境
凍りも滴るいいおとこ 2012-02-06 | アウトドーア・環境
世界遺産・那智の滝でクライミング 男3人逮捕(12/07/15) (YOUTUBE)
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嵐の中での中身の熟成

2012-07-15 | 
昨日は木曜日の太陽の活動から2003年以来の大きな磁気嵐が押し寄せたようである。北極圏ではオーロラが盛大に観測されたはずである。同様に北極圏を飛行する航空機の管制や携帯電話、GPSなどに影響が出たのだろう。前回は日本の衛星「ミドリ二号」が失われたので有名なようだ。北イタリアなどでも紫外線量が増大していたので、野外にはあまり出ないようにした。

ここ暫く気温が下がって雨がちとなっていて、強風も吹き荒れた。それでも水曜日と金曜日にはいくらか登れた。木曜日は天候が悪く断念したが、水曜日は石切り場で新たに難しいところ試した。そのお陰で肩から右肘までがとても調子が割るかったので雨交じりの中を走りに行った。

八キロコースを走るのは久しぶりだが、川沿いを11分でこなした。前半は押さえていたのだが後半のややのぼり気味のところでとても腕が振れるようになって、ジョギングペースではなくしっかりと走れるようになったのはとても嬉しい。矢張り日頃坂登りを練習してきた成果だろう。その後の山登りは歩いて19分。これもなぜか前日の倒木を越えながらも早かった。そして一気に駐車場まで走るが、山道を走るときの身体のバランスがとても良くなって、本格的に走れるようになってきた。

殆ど二年ほど掛けて漸く重いトレイルランニングシューズでも走れるようになってきたようだ。目標としている体幹が徐々に鍛えられてきている証拠であろう。腕が強く振れるというのは横腹の筋が鍛えられて来たに違いない。駐車場まで全行程48分、6300歩は悪くない。これで良くも悪くも肩から肘に掛けての故障に影響を与えてくれると嬉しい。

週末までに2009年リースリングシリーズ二段として、ビュルクリン・ヴォルフ醸造所ランゲンモルゲンを開けた。甘みが落ちて酸が表に出てきたのも嬉しかったが、その独特のミネラルの上に浮かび上がる果実はザンドドルンと呼ばれるリコラの咽喉飴で有名な味がするのだ。これには驚いた。漸く二年瓶熟成で果実が開いたことになる。翌日以降になると独特のミネラル成分の苦味が増して、酸が引っ込んでいくので重くなる傾向はこの土壌の特徴であるが、半額の価格でグランクリュ並みのミネラルを楽しめる価値は変わらない。



参照:
距離の伸びそうな冬模様 2011-10-25 | 料理
予想してガスを注入する前に 2011-05-16 | 生活
重くなく軽やかにいきたい 2012-07-04 | 試飲百景
ヴァイル御一行様のご相伴 2010-10-01 | 試飲百景
二年目の真価を示すとき 2012-07-13 | ワイン
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徹底的に打破する市民の声

2012-07-14 | アウトドーア・環境
FAZ新聞は小沢何某の新党旗揚げを伝えている。支持者には厚い官僚行政機構に風穴を開ける政治家として、不支持者には古い金権体質の壊し屋政治家として扱われているとして、その最後の戦いを「闇将軍の開戦」と題して報じている。

その中で、鳩山元首相の同行が注目されていることと、それに絡んで「二大政党」の代表戦後の十月に総選挙があるものとして開戦したとしている。しかし、これらの政治家への有権者の支持は低く、もはや構造を転換できるような実力が無いことが示唆されているのである。

まさしくここに官邸前抗議行動の成果とその運動の行方が連関されて議論されているゆえかもしれない。そもそも抗議行動は党派性の無いイデオロギーに囚われない運動であるからこそ大きな広がりを見せて、社会歴史的に意味を持ってきている。

警察警備の抗議活動分断などの対処策がなされているに限らず一向にその勢いが衰えたようではなく、それどころか細胞分離の如く多発転移して、七月末の人の鎖の行動へと更なる飛躍が予想され、同時に大阪の関西電力本店前での抗議行動も益々熱を帯びてきている様子である反面、行政政治課題として脱原発が最重要課題として取り上げられるどころか、政府がこうした国民的な声に対してまじめに対峙する様子が全く伺えない。

しかし八月に掛けて、政府のフクシマ事故調査報告が纏り、今後のエネルギー政策が発表されることで、こうした一連の抗議行動の結果が示されることになるとFAZが示唆していたように、民意の怒りのガス抜きとソフトランディングの行方は概ね予想可能である。

つまり、体制的な枠組みを変えることなく既存権益を護持することと抗議行動に表れる有権者の大多数の思いは掛け離れているので、最終的には既存の政党や政治家がその願いを叶えることはありえない。有り得るのは市民政党である緑の党などの勢力が国会で少なくとも50議席以上を獲得することだろう。そもそも市民政党とはドイツの緑の党に見るように環境一点の専門政党であって、他の外交や経済などの政策は初めて連立内閣で与党となるまでは殆ど誰も任せられないと思っていたのである。要するに既存の政治屋や政治文化を廃して飽くまでも市民の良識の視線で推し進めることで初めてその価値と存在理由を獲得した。

地方議会から国政へと、そして連立内閣、州首班指名へと長い年月を掛けて市民政党から国民政党へと徐々に脱皮して行ったのであった。それどころか戦争の出来る政党へと分裂と共に脱イデオリギー化が進んだ。

こうした市民政党が躍進する以外は、無政府状態や内乱さらに人民裁判で旧政府の要人を裁き東電やNHKなどを解体するしかないのである。革命と呼ばれるものである。そのような動乱無く議会制民主主義の枠内で枠組みを革新するには強力な市民政党の躍進しかないのである。そして環境を専門とした市民政党とは、同時に金権政治や党利党略の政治の因習を徹底的に打破して、独裁的なポピュリズムと正反対の民主的な合意と支持をなによりも尊ぶ政党でしかないのである。これは環境政党がそうした社会の因習などを含めてタブー化せずに自らを取り巻く環境を直視する世界観を保持していることに起因する。

昨年も言及したが日本各地の環境運動家には十分な人材があり、抗議活動などでのインタヴューを聞けば明らかなように主張とその率直なレトリックを駆使できる優秀な市民政治家候補には事欠かない。明らかに日本の環境運動は熟してきている。



参照:
Die „graue Eminenz“ eröffnet den Kampf, Carsten Germis, FAZ vom 12.7.201
教訓劇「フクシマ後の日本」 2012-07-08 | マスメディア批評
市民が許す筈が無い社会 2012-07-06 | マスメディア批評
黒ヘル群集と将来の指導者 2012-07-02 | 歴史・時事
堰を越えたメトロの大衆 2012-07-01 | 歴史・時事
節度が保たれる抗議行動 2012-06-27 | マスメディア批評
☆ 風信子の7月11日(水)のつぶやき & リツイート (風信子(ひやしんす)の☆本の紹介&エッセー☆俳句)
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二年目の真価を示すとき

2012-07-13 | ワイン
クリストマン醸造所のピノノワールを注文し、オェールベルクを購入した。予想に反して酸が強かったので、それを確かめるように最もベーシックなシュペートブルグンダーを開けた。矢張り傾向は似ていて、リースリングでの酸の弱さとフルーティーな甘さとは大分印象が異なった。

それでもフォルストのムスバッハー醸造所などのものは完熟感が強くとてもフルティーであり、対岸にあるゼーガーのものもその傾向にあった。しかし、上のクラスのものほど透明感とミネラリティーが際立ってきており、同じ傾向はリースリングにも感じられるものであった。

それを引っ掛けながら、あの素晴らしいオキュパイ大飯の中継を流していた。これまた決して甘辛いの行動ではなく、その土壌の環境のテロワールを色濃く打ち出すようなとても印象深い記録であった。それをして社会の熟成と評価する参加者も多い。なるほどそうなのだろう。

週が明けてから懸案の2009年産のリースリングを開けた。夏以降に本格的に飲み頃が訪れる筈の瓶熟成である。2009年は明らかに酸が弱く、甘みが感じられた年度なので ― レープホルツ氏などに言わせると奇数年はミネラルの年で偶数年は果実の年となる ―、手元には限られたものしか残っていない。

むしろベーシックなワインはナトューアウアシュプリュングを中心に十分に楽しませて貰ったが、既に無くなってしまっているのは当然なのである。現在の見ごろを迎えて全開の2008年産も残るはグランクリュが中心となっていて、これは年末の2008年産祭りに残される。

さて、2009年産で複数本あるバッサーマン・ヨルダン醸造所のグランクリュ・ホーヘンモルゲンを開けた。もともと複雑味の少ない旨みの多い土壌からのリースリングなので、残糖と酸のバランスに大きく左右される。

結論からすると瓶詰二年を迎えようとしていて大分糖がこなれて来ていて、量感のある醸造所特有の酸とバランスが取れだしてきている。個人的な好みからすると後二年ほどしてもう少し糖が落ちてくれるようになると良いだろうと思うが、そこまで飲み代がもつだろうか?

しかし致命的なのは、人工的に石灰層が積み上げられた塀の上の地所からは複雑な土壌感は得られない。そう少し木が古くなって根が深く伸びてくれると面白いのかもしれない。このあたりの事情は隣の地所を使うビュルクリン・ヴォルフ醸造所においてもより高価であったこの地所からのワインがウンゲホイヤーなどと価格が揃えられたことでも分るだろう。

それでもそれゆえに万人向きのリースリングであって、このまま熟成しても重くなりそうでもなく、酸が突出するわけでもなく、少なくとも瓶詰後五年ぐらいまでは新鮮に楽しめるだろう。



参照:
学歴のある奴か失業者 2012-06-29 | 生活
何処までもついて行くわよ 2012-05-20 | 試飲百景
定まった天の配剤の絶妙 2009-03-24 | 試飲百景
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楽天主義に誘惑された

2012-07-12 | 歴史・時事
先週の金曜日にハインリッヒ・ハラーの生誕百年があった。アルプスのシーズンでありそれよりもなによりもダライラマと同じ月の生まれと言うことで親交を暖めたのはブラッド・パッド主演の映画に詳しい。

新聞は、その生涯を振り返って、最後にナチとの関係に触れている。間違いであったのは本人も認めているとして、興味深いのはナチ狩りのシモン・ヴィーゼンタールの調査として「イデオロギー的に心酔していたのではなく、むしろ楽天主義に誘惑されたのだ」としている資料であろう。まさしくアイガー北壁登攀で成功してナチスの英雄となって、ヒマラヤ遠征へとのその歩みをより正確に表わしているに違いない。

移動式中間支点の万能楔フレンズを購入した。延長用のシュリンゲなどを購入する序である。序といってもこのフレンズが最も高価なので少しづつ購入するしかない。それでも、これでサイズ1を除いて、ブルーまで中間支点用の大きさは六個ぐらい揃ったので一安心である。一個60ユーロ以上するので大きな出費である。

今回は最も小さい方の大きさで溝1.5CMから2CMほどの割れ目に止めるものである。通常の楔が使えない場所でも大きさが合えばこれが効いてくれる。フレンズには様々な種類があるのだが、二重軸型のブラックダイアモンドの商品が最も信頼性の高い標準物とされている。

そのシリーズも三種類購入したが、価格も高めで、使いやすくとも重量もあって、大きいものはウェールズのDMM社製のを使っている。拳よりも大きなところに使えるのでこれまた使いよかったが、なによりも比較的軽量でお買い得感があった。

さて今回は小さいものなので使いやすいブラックダイヤモンド社製カメロとDMM社製ドラゴンカムを比較した。その5ユーロほど安い価格もさることながら、大きさが今所持してるラインナップを上手く補ってくれるので、注文した。

さて手に取ってみると、他の大きさの些か頭でっかち感のあるものと比較してみても操作感もバランスもとても良くて、対抗商品よりも良いことが確認できた。実際に使ってみないと結論は出せないが、お馴染みの細引きのシュリンゲを延長としても使えて、カラビナ一個で設置しやすいところが優れている。

同時に注文したマムムートの細引きは、半額セールで120CMと60CMの二種類を其々二つ目である。確保地点の足場の中央支点に使用するのだが、先日の転落や苦闘で大分汚れてしまい、中間支点を延長する細引きが足りないとザイルの流れがとても悪くなることを実感して、超軽量でも強力なこれを追加購入したのである。



参照:
In den Himalaja wollte er unbedingt, Stephanie Geiger, FAZ vom 6.7.2012
文明のシナ化への警告 2008-10-26 | 文学・思想
エゴの覚醒と弁証の喧騒 2005-08-19 | アウトドーア・環境
涅槃への道 2004-11-23 | 文学・思想
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創造力豊かな無広告社会

2012-07-11 | マスメディア批評
田中龍作がいつもにはない怒りの調子で重要な問題提議をしている。所謂記者クラブ問題である。この問題は一部ジャーナリスト以外でも情報もしくはコミュニケーションに関心の強い文化人にとって日本社会での象徴的な問題として捉えられてきていた。しかし先の官邸前抗議行動での記者クラブの起こした騒乱を受けて、「マスコミは帰れ」とシュプレッヒコールが起こったことから、311以降に一般市民にも明らかとなった日本式検閲体制への強い反感が表面化したとも解釈される。

同様な指摘は、文化放送の「夕焼け寺ちゃん活動中」で、前記騒乱の中で黄色い法被を着てフーテンの寅さんの如く仕切りをした岩上安身によっても語られ、実際にその情景は各種様々な人々によって実況並びに映像化されている。こうして制作された映像などをエンターティメントとして安全な場所で嬉しそうに眺めている視聴者や読者の豚顔を見てみたいものである。そうした豚の無尽蔵な物欲に餌をやるべく流される広告、そしてその広告主、全てが原子力ムラに代表される守銭奴の日本社会なのである。

せめて公共放送であるNHKだけでも原発事故直後から正しい放送をしておけばもしくはその安全デマ放送に対する局としての検証をしてその立場を明確にしていたならば、このようなことにはならなかったであろう。もはやNHKも記者クラブも要らない。市民はそれらの解体を求める。

放送免許制下にある商業放送や大新聞社などが既得権益を持って、体制の擁護者として見せ掛けのイデオロギーによるロールプレーを繰り広げて、その中で歴史的に市民のオピニオンをミスリードしてきたのだが、311以降のイデオロギーを越えた世論の高まりがそうした体制への抗議行動の広がりとなって現われてきている。

直接民主制どころか間接民主制の数の論理すらこうしたマスメディアが存在する限り正しく機能しない。そこに既得権者が推し進めた日本の二大政党制システムが存在して、現在のような政局となっているのは周知の事実だろう。

節電を訴えるならば即TV受信機のスタンバイ機構を外し、石油ショック時のようなあらゆる広告灯を消して、三面記事大衆新聞の購読を解約すべきである。創造力のある人間にはそれらは必要なく、その内容は害毒でしかないのだ。

独第一放送網ARDの日本特派員フィリップ・アップレッシュが6月30日のターゲステーメンで伝えた様に、大飯原発の現地で繰り広げられた身体を張っての抗議行動をドイツの最終処理場ゴーレーベンで繰り広げられる行動と比較して、その創造性の豊かさに言及した。

平和的な抗議行動を大々的に繰り広げることで社会が変わるのは当然の帰結であり、あらゆる技術的な道具を用いて社会のネットを築いていくことが可能になったのである。だから商業ジャーナリズム自体が不必要になったのである。

因みにドイツ連邦共和国の場合は、来年度から全ての法人の事業規模に応じた聴視料を納めることとなっている。つまり大規模の従業者の多い大企業は多額の聴視料を納め、個人はTV受信機が幾つあろうがなかろうが、車があろうが無かろうが所帯数に応じて徴収される。それによって、ネット配信など全ての視聴に対して支払われることになる。もともと民放はあまり発達していなかったが、こうなれば益々有料放送以外は存続していくことが困難になっていくであろう。もはや広告収入によって放送を行うなどは前世紀の遺物となってきており、出版媒体もそれなりの付加価値が無いことには存続が不可能となるであろう。要するにつまらないエンターティメント市場などは縮小の一方である。


追記:先週の金曜日に取材に出ていたMBS「たね撒きジャーナル」がその取材の模様を伝えている。同時に関電本店前での大阪の様子も伝えていてよいのだが、しかしそこではマスメディア批判の声に関しては流石に歯切れが悪い。もはやこのような状態となると立場が無いであろう。



参照:
tagesthemen, 30. Juni 2012 (ARD)
再稼働抗議集会の金曜日 居候の国会記者会「次回も会員社以外の立ち入りを禁ずる」 (田中龍作ジャーナル)
12.7.6首相官邸前デモ 坂本龍一登場 取材陣大騒ぎ (YOUTUBE)
夕やけ寺ちゃん月曜日~! (文化放送)
たね蒔(ま)きジャーナル (MBS毎日放送)
教訓劇「フクシマ後の日本」 2012-07-08 | マスメディア批評
黒ヘル群集と将来の指導者 2012-07-02 | 歴史・時事
堰を越えたメトロの大衆 2012-07-01 | 歴史・時事
日本社会の民主化に向けて 2011-10-11 | マスメディア批評
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神々しい喜びよりも

2012-07-10 | 雑感
訃報が相次いでいたがそれ所ではなかったので書いていなかった。二人ともオペラ歌手である。偶々二人ともベーム指揮の「魔笛」の名録音盤で歌っている。一人は、フランツ・クラスでザラストロ役として有名で、ラファエル・クーベリック録音やバイロイトでのピエール・ブーレーズのデビュープロダクションでもグルメマンツを歌っている。またはカルロス・クライバーとの「魔弾の射手」も知られている。もう一人は、ルルが当たり役となったイヴリン・リアーで、そのルルの舞台写真などは度々見ているが、寧ろ「ヴォツェック」の映画での歌唱の方が馴染みがある。

久しぶりのこの名録音に針を下ろしてみて、リアーの歌唱や芝居には聞くべきものがあったが、クラスの方はもう一つ満足出来なかった。演技的にはベルイマンの映画などもあって、よほどしっかりしたものでないと聞き栄えしない。それよりも何よりも、流石に五十年ほど前の録音となると演奏実践そのものが古臭く感じるようになったのには驚いた ― それでも先日逝去したフィッシャーディスカウが登場すると驚くべきかな、急に芸術的な新鮮な彩を振り撒くのである。来年のバーデンバーデンでの復活祭音楽祭杮落としでサイモン・ラトルが、ビーチャム指揮から始まったベルリンのフィルハーモニーカーのこの歌劇の演奏・録音史になにかを書き加えるのだろうか?

パパゲーノが語るように、神々しい喜びなどよりも酒・女と歌で楽しめばよいのだろう。とは言いながら体を解すために三十分ほど走ると、またまた身体に生気が漲ってきた。あれほど疲れていて、土曜日はクールダウンに熟睡を阻害され、昨晩もそれほど熟睡できたとは言えないのに ― 週末からバイパス道路が閉鎖になっていて旧ワイン街道である我が家の前の交通量が増えているのだ、かつてはそうだったのだと思い出す以上に一度静粛に慣れてしまうともはや我慢できないと感じる ―、いつの間にかゼーガーの2010年ピノノワールと牛フィレステーキで体力が回復している。生物の健康とは不思議なものである ― 闘病とは異なると言う意味で神々しいだろうか?


追記:時事通信より、小澤征爾さんが指揮=吉田秀和さんお別れの会-東京・発起人代表の作家丸谷才一さんは体調不良のため欠席。録音した弔辞が流され、「近代批評家全体の中で吉田さん以上に上質で品があり、分かりやすい文章で表現した人がいたろうか。彼は音楽にとって最も必要なもの、聴衆をつくった」とたたえた。 ― 流石の弔辞である。「聴衆をつくる」とはまさしく、市場で最も必要な需要の担い手である「客をつくった」と読み替えると、まさしくこれこそが消費の商業主義のなかに人々を低能化させ本質的な批評をさせない朝日新聞などに代表される日本の近代体制を形成するエスタブリッシュ層の言である。



参照:
ベルク「ルル」.wmv (YouTube)
音楽が先か、詩が先か?の回答 2012-05-24 | 音
復活祭への少しの思い入れ 2012-03-16 | 暦  2012-03-16 | 暦
文化的な企業家の歴史 2012-01-03 | 文化一般
泣きべそで「この豚!」 2012-07-09 | アウトドーア・環境
胸がムカつき痛み嗚咽する 2012-05-28 | マスメディア批評
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泣きべそで「この豚!」

2012-07-09 | アウトドーア・環境
泣きそうになって警察官に「このぶた!」と叫んだ。仲間のこのスポーツクライミングのインストラクターが登ったところはプファルツでは「登れる奴の試金石」となる「神々の割れ目」と称されるルートで、1951年に初登攀されていて難易度では六級上でしかない。しかし、後続してみてその試金石の意味も分り、ヨセミテ経験者の者などでもまだ登っていない者が多いのも分った。

大きな三つのハングに小さな乗り越しなどが続くので、凹角と言えども体力勝負となる。初見で登った警察官に「人生のハイライト」と言わせるように最後は頭が空っぽで我武者羅に登り切ったようである。

そしてその後に有志が続いたのであるが、途中の支点などを回収する筈の過去に5.12を登ったそして今でも七級を初見で登れる仲間が一つ目の難所であらゆる手段を用いて散々苦労した挙句、腕の不調で下りてきた。

可也苦労することが分っており登り切る保障が出来なかったのだが、こうなれば幸いと挑戦するしかない。流石に一つ目の難所までは先行者は完璧にこなしたがこちらは一度手を滑らせた。それでも重要なのは力を温存することなのは戦略的に承知していた。そもそもこの一二年はトップロープで登れないところは殆どなくなって来たのであるから登り切るのが普通なのである。

さて件の難所は、下から見ると足場をなんとか左右に突っ張って使えそうだったのだが、少なくともこちらの足や手では不可能なのも分り手掛かりが無いところだった。挑戦すればするほど体力の消耗は間違いなかったので、先行者がしたようにシュリンゲを鐙代わりに使い試すが、それでも乗り越せない。

理由は簡単である。後続者は上からザイルで引かれるので外へと引かれてしまうのだ。それでいながらザイルの流れから本格的に上から引き上げて貰うことも出来ないのである ― 実は前日に石切り場で若手のホ-プに唯一のオヴァーハングの乗り越しを見せようとしたら全く同じ理由でトップロープで登ると、ロープをリードする時よりも難しいことに気がついた。

兎に角、直前まで七級のルートをトップロープで登っていたのでもはや余力は限られている。一体何度、宙吊りになってハーケンの頭に飛びついて壁に戻ったことだろう。なるほどその難易度に準じた手掛かりはあるのだが、とんでもなく使い辛いのである。身体を丸めるように岩場に押し付けて七度目の挑戦ぐらいで乗り越えたときには完全に逝ってしまっていた。

その上のハーケンまで進み次のハングの下へと辿り着いたが、今度は更に外へとザイルに引かれるのである。まだ半分しか来ていないと言われ、失神しそうな気持ちになるが、折角の難所をこなして回収すべきカラビナ類はあと二箇所となっている。

こうなればありとあらゆる可能性を駆使してなんとか抜けるしかないと思うのだが、最後のカラビナを回収して、最後のハングの下に立ったときにもう駄目かとも思わせた ― まさしく豚野郎が手が滑りそうになるのをニルヴァナの境地で乗り越えた部分である。

泣きべそ状態で登り切ると、「これが我々の実力程度」とドイツ山岳協会の支部のそれをお互いに認識したのである。決して悪くはないのである。とんでもなく登り甲斐があるのだ。これほど汗掻き掻きの厳しい思いは十代のときにカラビナだけを握ってオーヴァーハング超えをしたりと福知山線の百条岩や不動岩などのそれらを暑い時期に登って以来である。そもそも本格的なオーヴァーハング攻略は来シーズン以降と考えていたので、大変大きなトレーニングの示唆を得た。

しかしここまでの苦労をしなければいけない理由などは何一つ無いのだ。身体をそこまで苛めて鍛えることで健康になるならそれも良かろうが、豚野郎が頭が空っぽうになるような強い運動をする価値などは容易に見出せないだろう。それでもこの名物ルートを曲がりなりにも通して登ったことで何時か挑戦する下地が出来たことにもなる。



参照:
命を粗末にしてはいけない 2012-07-03 | アウトドーア・環境
いつか気候が良くなったら 2012-07-07 | 生活
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教訓劇「フクシマ後の日本」

2012-07-08 | マスメディア批評
金曜日のフランクフルターアルゲマイネは、フクシマの国会事故調査報告を受けて、短い社説を載せている。そもそも社説はこうした高級紙でも「聞屋の目」的視線が強いので、朝のラジオ番組などでは紹介されてもその内容はありきたりである。

「教訓劇」と称して、カタストロフとされた大事故は振り返るにつれて学ぶことが多いと明らかになってきた。それはなにも、ドイツが電光石火でエネルギー政策を変更したことで学んだと信じていることには限らないのである。

そもそも原子力発電操業者と管理当局は、日本においても厳しく袖を別つていなければいけないのだが、それがどうも原子力畠においてはとても日本的になってきていたようなのだ。皆が様々にお互いにつるんでいたのである。そしてそれゆえに誰かに不愉快であろう物事は好んで語られることは無かった。その結果が、原子力産業への信用の崩壊のみならない。その信用自体が痛みを伴うべきものだったのだ。

ここ数年日本人は政治に信用などもはや担保することはなくなったのが確かなトレンドである。激しく約一年ごとに変わる総理大臣は、その現象の一つでしかない。総理大臣候補者の見通しもどんどん良くなってきている。日本が政治でもワンランクアップするために、一体これから何が起こらなければいけないのか?

田中龍作が小さな声ながらも強い声を伝えている。「帰れ」の声を浴びる福島入りした日本の総理大臣、官僚組織やその手先のマスメディアの支持が無ければ既に首が飛んでいる総理大臣。

装甲車で首相官邸を死守しなければいけないような状況で、もはや市民革命「紫陽花革命」以外に語られるべきことはない。金曜日の雨中の抗議行動でも労働組合左派のセクトが煽ろうとして善良な市民の顰蹙を買った様でもあるが、どうも当局の抗議行動への警戒心も一挙に強まったようである。出来る限り人が集まらないようにメトロの出口なども交通規制を掛けた分断を謀ったようである。

月内に官庁街を人の輪で囲みこむイヴェントが開かれるようであるが、東電解体やNHK・記者クラブ解体、文部省・通産省への抗議など、こうなれば各所各地で同時多発的に大行動が繰り広げられるようになるに違いない ― 坂本龍一に殺到する商業マスメディア、そうした情報に一銭も落とさないことが肝要である。



参照:
Lehrstück, FAZ vom 6.7.2012
「歴史変えたくて」官邸方向に前進、規制線また決壊
野田首相が福島訪問 住民「再稼働は正気の沙汰ではない」  (田中龍作ジャーナル)
堰を越えたメトロの大衆 2012-07-01 | 歴史・時事
節度が保たれる抗議行動 2012-06-27 | マスメディア批評
もう一息の紫陽花革命 2012-06-23 | マスメディア批評
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いつか気候が良くなったら

2012-07-07 | 生活
水曜日は、他の者の都合がつかなくて石切り場を登った。そうなると課題があるのでそれはそれで必死に登る。先週イタリアでザイルを組んだ若い仲間が七級の難しいところをトップロープで登ったと聞いて、まだ知らないそれを試す必要に迫られた。

勿論初見でその難しさを登る実力が無いので一つ易しい隣のルートを、これも殆ど初見であるが登った。何とか登ったが、当日の気温や湿度からすると完全に限界であった。岩肌は乾いているので良いのだが、同じように口が渇き、息が上がってしまう。

つまり落ちないように頑張りが効かないのである。嘗ては考えたことが無かったのだが、この困難度になってくると落ちるか落ちないの差は非常に微妙なことになってくるので、踏ん張りが効かないと落ちる可能性が高い。

なんとか誤魔化しながら登り終えたが、お目当てのルートは核心部の連続で、その都度考えるとロープにぶら下がるしかないのである。それでも手掛かりが見つからないとカラビナを取り出して乗り越してみることになる。それでもなんとか登りきって、相棒が登るのを見ていると様々なアイデアが浮かんできた。

二度目の挑戦である。今度は最初の二つ三つの課題は予定通り上手くいった。左右に細いレールを突っ張るようにして上がっていく部分がとても際どいのと、その前に右手の穴に右足を上げて立つ動作もロープがないとおっかない。

その上の石切り場特有の平たくうすべったい四角の手掛かりの使い方が確信もてなかった。いくつもの可能性があると余計に最も確実な方法を探すのは骨が折れる。そうした按配で、技術的にはとても面白いのだが同時に連続した腕力や脚力が必要となって完全に疲れ果てた。

年内に気候が良くなってしっかりと登れるようになるかどうかは覚束無いが、慣れればなんとかなることは確認できた。



参照:
幹の強さに頼るのみ 2012-06-24 | ワイン
もう一足は裸足にするか 2012-06-05 | アウトドーア・環境
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市民が許す筈が無い社会

2012-07-06 | マスメディア批評
フリーランスの木野龍逸が東電会見に出入り禁止となってネットで話題となっている。先日亡くなった日隅一雄とともに会見の顔だったので、改めてその会見の意義を考えさせる出来事である。そもそも彼らが活躍したのは事後の会見であってその会見内容は全く原発事故の推移とは関係ないものであった。既に最初の十日ほどで全ては終わっていたのである。

それならば彼らの活躍がどのような意味合いを持っていたかと質すと、なるほど政府の関係者が集まった統合会議においては市民が知りたい情報を質問として幾らかは引き出すことが出来たのだが、東電のそれに関しては東電が発表したいその立場以外の何一つも得られなかったのは事実なのである。

それは、一部の有志を除いてはマスメディアなどが残る国営化された東電の会見においても今後二十年も三十年も同じように続くと思うと、良識を持った市民はとても受け入れがたい気持ちになる筈である。未だに家宅捜査も行われず、当時の経営者人の一人も逮捕どころか起訴すらされていない現実は、政府の役人や政治家などが起訴されていないこと以上にありえないことなのである。

今回の出入り禁止の理由を東電は木野氏が秘密裏に株主総会の模様を流したとすることを挙げているが、そこにこの一連の問題がそうした一企業の態度や姿勢のみならず日本の構造の大問題であることを物語っている。

例えば上場した会社はどのような会社にしても公共性がある訳で、株主は不特定多数の一部の投資家でしかなく、若しそのような公共性や乗っ取りなどを嫌うのであれば上場しなければよいだけである。都合よく広く投資を集めながらまるで私企業のような態度を取って株主に相応の利益還元を行わない日本の構造は特殊なのである。

今回の件に関しても、そもそも株主は居ながらにしてネットで株主総会中継を観ることが出来て、持ち株相応の賛成不賛成の議決権をその都度ネットで行使できるのが世界の常識なのである。そのような状況からして株主総会すら中継させない東電の態度が、隠蔽体質と言う以上に、日本の経済体制の欠陥そのものなのである。

その通りである。再稼動反対の運動は今や政権打倒への運動となっているのは周知の通りである。当然のことながら東電の国有化や存続などを市民が許す筈がないのである。



参照:
東電会見、出入り禁止になりました  (キノリュウが行く)
田中さんの出入り禁止事件 2011-11-06 | マスメディア批評
責任を果たせ!然もなくば、 2011-11-08 | マスメディア批評
堰を越えたメトロの大衆 2012-07-01 | 歴史・時事
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聞き覚えがある作曲技法

2012-07-05 | 
四半期毎恒例のCD漁りである。今回は南プファルツの奇岩地帯の岩登りのトポグラフィーを購入する序にCDを注文したのである。勿論自動車クラブの割引を使うためである。

兎に角、ガイドブックが三十ユーロ以上の高価で、なんとか安くしなければいけない。そこで目をつけたのはヴァージンレコードの二枚組みシリーズである。ウイリアムバードやフランスのバロック作曲家の物を見つけたが、注文する段になってスペインのバロック曲集がドイツェハルモニアムンディーから箱物で出ているのを見つけた。

八枚組み14ユーロであるからそれほど安くはないのだが、デジタル録音の珍しい曲ばかりなのでゲテモノ感は強いが注文した。

試聴してみてもなんだかとても騒がしいのである。またしっとりとなるとユダヤ節のようなものがちらほらと見え隠れしてこれまた悩ましいのである。

それはそれで彼の地におけるルネッサンスからバロックへの流れなどとても興味深いものもあるので、録音されている曲目などと共にとても楽しみである。

昨今はサヴァール氏の活躍などで、スペインの音楽なども比較的注目されるようになってきてはいるのだが、それでも矢張り未知の領域は多い。

もう一つは、二枚組みで五ユーロもしないフレンチバロックである。そもそも作曲家のミシェル・ラムベールなどと聞いたことも無かったが、調べてみるとあのリュリの奥さんの父親と言うではないか。まさしく音楽史的な興味となってきたが、試聴してみるとそのメリスマ唱法と言うか装飾が後のルイ王朝内でのバロックのそれを思い起こさせとても面白い。

そこで昔から愛聴していたルネ・ヤコブスが歌い、ユングヘーゲルやキムラや、クイケンなどが伴奏する宮廷の愛の歌のアルモニアミュンデイのLPを見るとなんとこの作曲家の曲が多数入っている。なんてことはない宗教曲も色気のある曲も同じではないか。

余談ながらヴァージンとアルモニアミュンディのプロジェクトは大変似ていて、それどころか録音クルーも一部共通している筈である。



参照:
• Al Ayre Espanol Edition - Barroco Espanol,
Lecons de Tenebres (jpc)
音の鳴らし方、緊張と緩和 2012-05-03 | 音
多声音楽の金子織り 2005-10-20 | 音
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重くなく軽やかにいきたい

2012-07-04 | 試飲百景
日曜日に続いて火曜日も少しだけ走った。とても足が重いのは気候や疲れのためと思われるが、テムポを落として誤魔化しながら戻ってくる。体調や気候の影響を確かめれればそれで良いのだ。金曜日の石切り場でも困難度がスカラーで半分ぐらい難しく感じるぐらいだから、この時期に能力をフルに出し切るのはとても適わない。

月曜日はビュルクリン・ヴォルフ醸造所のプュリミエクリュが解禁となったので予約してあったものを回収しに全て試して帰って来た。2011年の特徴は最初に試したルッパーツベルクのホーヘブルクに全て表れていた。酸が足りないのでまるでジュースのような飲み心地に出来上がっていて、これならば酸が云々でリースリングが駄目と言う向きにも全く問題なく受け入れられると確信する。

勿論我々からすると物足りないのだが、その心算でサマーワインとしてアルコール13%のジューシーさを楽しめばよいのだ。しかし立ち込める風味はまるでグーツリースリングのようで面白みが無いのだ。舌で楽しんでもらえば良いだろう。

ランゲンモルゲンは流石に香りは異なるが、柑橘系の酸と燻製風の渋み感が拮抗している。現時点では飲んでしまうと少し残念だろう。美味しければ追加でお持ち帰りするところだったが、先ずは他のものを探す。

その最右翼にあるのがアルテンブルクである。昨年は2010年の強い酸から独特のペトロールな感じが中和されて比較的軽く飲めるリースリングとなっていた。それに比較すると、酸が弱いと同時に香りも悪くなく、全く感じさせない残糖成分ととてもよいバランスとなっていた。通常は買わないワインであるが、今年もこれは買える。

その地所の下にあるレッヒベッヒヘルは、九月の終わりごろに摘み取ったようであるが、なぜか色がクロロフィル色なのである。若い感じよりもその色合いからして葡萄の熟成度が低いと感じた。つまり、酸は激しい筈である。早飲み用になるのだろうが、二年ほど経過した方が面白いかもしれない。

ボェーリックは、果実風味と酸の均衡が激しく、まだまだなれて来ていないようで、ばらばら感がある。これも秋以降にしか評価は下せないだろう。ゲリュンペルは、とても好感が持てた。これを吟味すると醸造責任者のコ・マスターが変わったことが反映しているようだ。前任者の好みからすると、こうしたスマートで細身の糖を落としたそれはあまり出来上がらなかった。

勿論我々の情報から、レープホルツ醸造所における糖を落とし方法も十分に研究されてきているので、この醸造所の天然酵母による自然発酵のリースリングの数々に嘗て以上の土壌の個性が反映されるようになってきているのは正しい。このゲリュンペルは、この方向で行くとロベルト・ヴァイルのグレーフェンベルクのような方向に近づくかもしれない。古い顧客として個人的には喜ばしい傾向である。

総合的にこの醸造所のPCは酸が強烈で、その過激性はドイツでも有数だろう。所謂分解された酸と危険な酸の配合が、天然酵母の健康性を保証するために早摘み傾向となって、GCとは異なっている。嘗ての1990年代のPCが現在でも飲めることとは異なって、培養酵母が天然酵母となった反面分解されていない酸が増えた影響が瓶熟成に表れないか?所詮2011年産は偉大なワインではないのでそれでよいのだろう。恐らく最重要視したのは、GCが長持ちすることではなかったろうか。



参照:
学歴のある奴か失業者 2012-06-29 | 生活
何処までもついて行くわよ 2012-05-20 | 試飲百景
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命を粗末にしてはいけない

2012-07-03 | アウトドーア・環境
先週も週三回のクライミングをこなした。特に土曜日は南プファルツのクラシックルートを登った。クラシックルートが意味するものは、限られた道具で困難を克服するルートと言う意味でもある。

要するに原初に戻ってハーケンなどが必要最小限しかないので、移動中間支点を自ら設置していくしか方法がないのである。もちろんその困難度はそれほど高くはならないのだが、登路を誤るとかで間違えると先日のようなど派手な転落と相成る。

特に我ながら十分にトレーニングを積んでいると反って何処でも登れてしまう危険性が転落の道へと導くのである。実際に今回もしてはいけない危険なことをしてしまったので登った満足感よりもその隠された危険性にしきりに反省している。命を粗末にしてはいけない ― 決して極道になってはいけないのだ。

なるほど先行した者が中間支点の可能性を見つけられなかったのでそれにひきづられたのだが、一箇所可能性があったと後ほど聞いて自らの誤りを恥じるばかりである ― 決して神風特攻隊や非武装中立の玉砕になってはいけないのである。

所謂チムニー登りと呼ばれる煙突状の場所を身体を突っ張って登るのであるが、実際にはその突き出した部分を登るので、身体を滑らせれば地上へと落下して死亡事故となる。三十五メートル以上を一度の息抜きを挟んで登るのは自信となるが、幾ら登れる実力があっても何があるかは分らないので、そうした危険を冒してはいけないのである。

南プファルツの奇岩の難しさは、クライミングホールやゲレンデで身につけたスポーツクライミングの難しさとは全く異なった難しさを有していると改めて肝に銘じるばかりである。

肉団子のような丸い足場に合わせて久しぶりに古いラ・スポールティヴァの靴「刀」を使った。ファイヴテンの靴とは全く異なった登り方が出来るので楽しかった。裸足で登ればもっと面白いのだろう。


写真:新入りをチムニーの上から確保する。



参照:
バンジージャムプ並の転落 2012-06-18 | アウトドーア・環境
エリート領域の蹂躙 2006-08-11 | テクニック
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