Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

とっかえ、ひっかえ

2017-08-02 | 生活
歯ブラシ機の代替品が届いた。問題の隙間はやはり埋まらなかった。工作精度の問題だと思う ― 取説には間隔が空くと注意書きがあったがそのような写真はどこにもない。暫く使っているとゴムが凹んでもう少し溝が埋まるのかもしれないが、先ずは使ってみるしかない。少なくとも一つ目のものは最初にブラシを軽く差し込めなかった。あまり誰も文句をつけていないのはロット差があるという事だろうか。一つは送り返すのだから苦情はメーカーにも伝わる筈だ。

前のものは余分の充電電源ケーブルを台の裏に巻いて格納可能だったが、今度のはそのような場所も無い。小さく細くなっているので邪魔にならないのは良いのだが、蓄電能力などをみて使い勝手を追求してみないと分からない。小さく軽く、静かになったので、使うのが楽しみである。

先日洗濯屋の帰り、街に差し掛かった時である。街道筋に犬が出てきた。対向車もランナアバウトから出てきたところで、ブレーキを掛け乍ら様子を観ていると、その車の後ろへ回った。また交通事故かと思った。前回は野生のバムビだったが、今度は中型犬である。

その対向車が車を停めて、犬が再び前から出てきた。当たったのかと思っていたら、運転手がドアを開けて犬に呼びかけていた。犬に慣れている人だとは思うのだが、私はいつも犬と接触して思い出すのは「犬の知能は七歳の人間程度」ということである。学術的な分析は知らないが、子供の時の体験からしてもその感情的なしぐさや行動も大体そのようなものだと思っている。すると、やはりあの犬の動きはおかしいと思った。凶暴さは無くても狂犬の可能性はあると感じた。だから運転手の行動も理解できなかった。

言うなれば、犬はバムビよりは賢いから街道筋に飛び出るようなことはしない。しかし出て来て更に車の前を再び折り返すのは異常としか思えなかったのである。そして幾ら呼びかけてもそのような犬がコマンドを聞くだろうか?

「四季」に続いて、CD二枚目の「弦楽のための協奏曲」を流している。初めて聞くような曲が殆んどだが、作曲技法的にもこうした曲があってこそのブランデンブルク協奏曲など北方の後期バロック協奏曲だと思い知る。それどころかミニマルのグラスなどの作品も生まれていなかったのも分かり、少なくとも私の知る限りそれ以前のコレルリの作品などと比較して派手なのだが、その影響力についてはあまり考えもしなかった。

ルネッサンスの多声音楽、中世音楽などから声楽を中心にCDを収集してきたのだが、そのネタも比較的網羅出来たことから、安売りの多いバロックの器楽もちょこちょこと購入するようになった。そのCD棚は声楽中心に年代順に並べていて、器楽は現代の音楽の下に追い遣らててしまっていたので置く場所が無くなって来た。今後ともバロックのオペラやオラトリオに比して声楽や器楽合奏曲を集めていくつもりはないのだが、年代による技術的な流れを分かり易くするためには、もう少しスペースを作って並び替えていけないかと思っている。ルネッサンス音楽用にもう一つ最後のスペースを開けてしまおうかと思う。とは言いながらも、最も興味のあるルネッサンス曲などが目の高さに収まるように、現代ものの分野別けの難しいもののタイトルも見やすいところに置きたいので、どうしてもバロックものが足元になってしまう ― 要するにバロック音楽の録音などくだらないものも多い。この問題を解決するために、どのように配置しようかと考える。



参照:
39.99ユーロという額 2017-07-30 | 生活
車の事故に二日続けて遭遇する 2017-06-04 | 生活
コメント (2)
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音楽後進国ドイツの野暮天ぶり

2017-08-01 | 雑感
久しぶりに8キロコースを走った。バーデンバーデンへのお誘いもあったのだが、暑さと湿気があるのでそれは次回に譲り、長目に走ることにした。目標は一時間だが、どんなにゆっくり走っても1時間は掛からない。勿論谷登りを歩けばそれぐらいかかる。昨年6月以来の踏破であるが、全区間を走るのは二三年ぶりだろう。なにが億劫かというと一気に300メートル以上の高度差を登るので歩いていても息が切れる急坂なのだ ― プファルツの森の中で知っているところとしては一番きつく長い。だから山登りコースよりもずっとスピードを落としていても上に着くまで息がつけない。

沢沿いをゆっくりと走り、余力を残して谷に入る ― 丁度そこの泉に立ち寄るバムビの親子が見えた。まだまだ小さな子を二匹ほど確認した。木陰の陽射しが背中から射して、思ったよりも涼しくない。リズムを崩さないようにした。流石に沢を詰めるあたりの急坂は足が前に出ないが、今までの中では一番真面な足取りを踏めた。20分ほどで坂を上り終えたので結構早かった。

週末は金曜日から三日続けて走ったことになる。総計して18㎞ほどなので大したことはないが、夏場に集中して汗を掻いたのは良かった。七月は休みがちだったので何とか帳尻を合わせられた。お陰で夜中も目が覚めずに眠れた。

先日購入したCDを大体流した。シュピ-ゲル誌の特選集盤は演奏時間が短い感じがしたが、しかし調べてみると70分超えどころか、「冬の旅」などは78分を超えていた。最近は三時間以上のオペラなどをファイルで流しているので、CDでさえ細切れな感じがするのだろうか。

モーツァルトの一枚は、演奏会の合間のプローベとして録音されているのかどうかは分からないが、アバドが音楽監督になって、先ほど亡くなったクスマウルがコンサートマイスターとして呼ばれた直後の時期の雰囲気が良く出ている。カラヤンサウンドを壊すばかりにアンサムブルも荒い印象が強く、思いのほか暴力的なモーツァルト演奏である。アバド指揮の録音も持っていて、今回初めてCDで購入したヴィヴァルディの「四季」がまた面白い。

ターフェルムジークと称する団体の演奏だが、ここまで和声の線が楽しめると如何にヴェネツィア楽派が洗練されていて、北方のバッハらの辺境の音楽家達が、そこから「モダーン」を学んだのかがよく分かる。練習曲のような、インヴェンションというのが正しいのかもしれないが、その颯爽としたテーマは、現在でもヴァネッサ・メイなどがビキニ姿でポップスとして弾いても、格好の良い楽想になっている。これまた如何にも売れる名前のイムジチ合奏団などの演奏では到底気が付かなかった精妙さは、まさしくバッハらが胸をときめかしたであろう音楽となっている。それはYOUTUBEでこの半世紀間のその演奏実践の趣味を比較すると明らかで、イムジチとメイが一番似ていて ― 要するにアレンジャーたちには世界的メガヒットのイムジチの演奏に肖ろうという気持ちがあったに違いない ―、如何にも戦後の経済成長期といった塩梅だ。上のCD制作録音は、1990年代初めの録音だが、当時の最先端で、テオべのアタックがガツンと効いていて、古楽器の美しい和弦が楽しめる。
Storm - Vanessa Mae to 432 Hz

Vivaldi Four Seasons - I Musici 1988

Julia Fischer - Vivaldi The Four Seasons, Summer

Vivaldi The four seasons - Winter - Julia Fischer

Vivaldi Four Seasons: Winter (L'Inverno), complete; Cynthia Freivogel, Voices of Music 4K RV 297


二十世紀後半には「四季」はそのように通俗名曲になってしまったが、こうして改めて聞くと「名曲」に違いないと思った。但し9枚組のビヨンディ指揮のCDを購入しても曲ごとに意識して楽しめるかどうかはあまり自信がない。それにしても音楽後進国ドイツではそれから半世紀ほどしても通奏低音のごつごつした器楽を奏でていたことを考えると、その野暮天ぶりの原因はルター派のミサをはじめとする生活文化としか考えられない。



参照:
漂う晩夏から秋の気配 2017-07-25 | 生活
Simple is the best. 2017-07-28 | 雑感
コメント
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