
バルタザール・コルマウクル監督作品。アイスランド映画である。こんな映画が作られたことに驚きわ禁じられない。これは1969年と2020年を往還して描かれるラブストーリー。
アイスランドからロンドンへ。コロナでロックダウンが始まる時、50年前の記憶を辿る旅。さらには東京まで。そして広島に。認知症になり薄れゆく記憶の中、大切だった時間、もう一度あの人に会いたいと願う老人のひとり旅。
コロナを描く映画でも、認知症を描く映画というわけでもない。あくまでもこれは20歳の頃の甘い恋愛の記憶をたどる映画であり、失われた50年という時間を取り戻すための壮大な旅を描く映画なのだ。主人公である老人クリストファーはひとりで小さなレストランをしている。世界はコロナ禍、未来が見えない時代になっている。大学時代、大学に失望していきなり退学してたまたま見かけた日本料理店の従業員募集の張り紙からその店で働くことにする。日本への興味からではない。あくまでも勢いから。だけどそこで働く日本人の女の子を見て一目惚れする。
映画はこんな、まるで少女漫画みたいな展開から始まる。だけどこの映画が描くものはただの甘い恋愛ではない。後半のまさかの展開にはさすがに驚くしかない。事前に詳しいお話を知らなかったから、原爆症の話になるなんて思いもしなかった。コロナ禍、ロンドンから東京に50年の歳月を経て彼女を探しに行く旅をする、というところからしてまさかだったのに、彼女の失踪の原因が胎内被爆の不安からであり、妊娠していたこととか、いきなりのハードすぎる展開には唖然となる。
だけど映画は落ち着いたタッチで丁寧な描写を重ねていくから荒唐無稽にはならない。まるで違うタイプの映画だが、同じような壮大な恋愛映画で、先日見たばかりの傑作『366日』に似ている。どちらも甘い恋愛をしっかりした描写で見せることでリアルな映画に仕上がっている。だからこの映画のハッピーエンドも嘘くさくはなく、信じられるのだ。人生にはこんな奇跡もあっていい。これって今日読み終えたばかりの小川糸『小鳥とリムジン』にも通じる幸福なエンディングである。こんなふうに人生を信じたい。