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映画・演劇のレビュー

『劔岳 点の記』

2009-07-11 08:23:40 | 映画
 魂の映画である。しかもそれを熱く語るのではなく、淡々と語る。でも、十二分に木村大作監督の思いは伝わる。圧倒的な映像の力を、さりげなく見せる。これ見よがしではない。ほんとうに自分の目で見たのならもっと凄いと感情的になりそうな風景だ。だが、これは風景を見せるための映画なんかではない。彼らの生き様を追いかけるだけの映画だ。それがなんなのかは各自が考えればいい。

 浅野忠信がすばらしい。何も言わず、謙虚に、敬虔に、劔岳を登る。ただ地図を作るためだけに。黙々と自分の責務をこなす。危険はある。命の保障もない。好きだから、とかそんなものだけではない。彼の対極に仲村トオルの山岳会のリーダーを配す。この2人が、お互いのやりかたで前人未到の山に挑む、というのがこの映画の骨格だ。この場合、どちらが先に山頂を征服するか、という興味で話を引っ張るのが従来のパターンだが、当然この映画の興味はそんなところにはない。

 陸軍測量部の浅野は国家の思惑とは関係なく、ただ、純粋に地図を作るために、必要だから、この山に登るのだ。それがどれだけの困難を伴うものかは重々知っている。だが、これが彼の仕事だ。命を犠牲にすることになろうとも、しかたないというあきらめがある。まず、受け入れる。受け入れた上で最善を尽くす。

 昔、木村大作は『八甲田山』を作った。まだ、若かった彼の最初の到達点があの映画だった。森谷司郎監督が命を懸けて挑んだ日本映画の最高峰の1本だ。ただ、雪の中を歩き続けるだけの映画である。だが、当時の日本映画の興行記録を塗り替える大ヒットを記録した傑作である。命を削らなくては成し遂げられないことがある。そのことを撮影監督木村大作は身をもって体験した。

 あれから30年。彼は初めての監督作品として、人生で最初で最後の挑戦に挑んだ。50年の映画人生、50本目の作品がこの映画だ。幾多の困難を乗り越え、映画は完成した。CGでなんでも可能になった時代に、そんな時代だからこそほんものの映像を見せる。本物でしか伝わらない真実を映画にする。これは映画なんかではない。これは『闘い』の記録だ。

 「誰かが行かねば、道はできない。」 この映画を象徴する単純で的を射たコピーである。2時間19分。ただ、ひたすらスクリーンと向き合う。愚鈍で、アナクロで、いまどきはやらないことかもしれない。だが、何よりも大切なものが確かにここにはある。ハリウッド映画ではない、本当の日本映画がここにあるのだ。できることならこれを若い人たちにも見てもらいたい。

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