
空港を舞台にした短編連作だ。ひとつのエピソードが80ページほどなので中編と呼んでもいい。とても素敵な作品で読みながら、何度も泣きそうになった。1つ目のお話は、自信をなくして帰郷する「若者」が主人公だ。30代後半になり、漫画家として成功しているにもかかわらず、自分が壊れていく気がした。もうこれ以上漫画は描けない。「ヒーローもの」が描きたかったのに、挫折して、今は不本意ながら料亭を舞台にした作品を描いている。でも、そこそこ人気で、今このタイミングで廃業するのは惜しいと、お世辞ではなく本気で編集者からも言われている。でも、自分はもう昔の夢を追いかけていた自分ではないと思い、連載を休止した。大好きだった恋人に去られ、その彼女が親友と結婚した。それから5年。今はたぶん人生の折り返し点に立つ。長崎の実家に戻り、家業である料亭に手助けをするつもりだ。でも、何ができるかといわれると自信はない。自分のことを自嘲的に「敗残兵」と言う。そんな彼がたまたま足止めされた空港で似顔絵画家と出会う。なぜかそこで自分のこれまでの人生を彼に話すことになる。
空港はウキウキさせられる場所だ。ここからいろんなところへとたくさんの人たちが旅立つ。そんな夢の場所だ。夢を失くした彼が夢の始まる場所で、新しい夢を見つける瞬間が描かれる。甘い小説であることは認める。だけど、それがいい。村山早紀が描く夢のある場所はいつだってこんな感じだ。そこにいるだけで、幸せになれる。たまたまそこに行きついてしまう。目指してもたどり着けない。でも、知らないまま導かれる。人生はこんなふうに上手くはいかないことだらけだ。でも、時たまこういう奇跡が起きる。だから、ちゃんと待つべきなのだ。
いつだって対応できるように準備は怠らずに。僕もこの春から1年振りで教職に復帰する。これもたまたま、だ。声を掛けられなければ、やるつもりはなかった。彼と同じ。でも、自分にできることはこれくらいしかない。コロナのせいで、海外に出られない日が続く。退職したら、好きなようにいろんなところを旅してみたい、と思っていたのに、この1年散々だった。退職したら母親の最期をちゃんと見守りたい、と思っていたのに、彼女は入院したまま、帰らなかった。思い通りにはいかないことばかりだ。でも、こうしてここにいる。そして、好きなことをして笑って生きている。今はちゃんと待とうと思う。次に来る新しいものをしっかりと準備して待つことが大事だ。
2話目から最後まで、輪舞形式で最初に戻ってくる。どのお話も甘い。これは砂糖菓子のような小説だ。そして、それはまさかの偶然に作用される。でも、それでいいだろう。ほんのひと時、こんな時間を小説を通してそんな幸せな気分を満喫したらいい。エピローグで4つのお話のその後(翌朝)が描かれるのもいい。(2話目の主人公である書店員の女の子は出てこないけど)これはちょっとしたおまけ(ご褒美)だ。そこで作者はそれぞれの旅立ちを祝福する。