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映画・演劇のレビュー

『少林少女』

2008-05-21 00:19:01 | 映画
 いろんなところからこの映画の悪評は聞いているから、何があっても驚かない。反対に冷静な判断のもと、この映画を見れる。だいたいいつも基本的には人の判断なんか全然気にしない。自分の目で確かめる。それだけのことだ。

 だいたいこれがどんな失敗作であろうとも気にしない。本広克行監督がどんなものを作ったのか。それが気がかりなだけだ。既に『少林サッカー』と『カンフーハッスル』があり、その延長線上に発想された作品だが、単なるパクリではなく、正統的な続編を目指す、というのが凄い。プロデュサーとして、チャウ・シンチーを迎えるなんていう念の入りようだ。当然安易なものではなく、とんでもない困難に立ち向おうとする本広監督の覚悟の程が伺える。それって映画にとって悪いことではない。

 先の2作でやったことは禁じ手として、この題材にどういう可能性を見出したのか。期待は膨らんだ。しかし、結果から先に言うと、まるで作者の意図が伝わらない。これならあの2本をさらにパワーアップさせたほうが、面白かったのではないか、と思うくらいだ。観客もそれを望んでいた。しかし、彼はやらない。

 インタビューでドニー・イエンの『かちこみ!』を見てこの企画にGOサインを出す勇気が湧いたと書いてあるのを以前どこかで読んだが、それは間違いだ。正直言ってそのへんから彼はアプローチを間違えている。映画は後半ブルース・リーのアクションものへの回帰を見せるが、何を今更、としか言いようがない。しかも、それをCGでするなんて、バカにも程がある。

 このふざけたようなお気楽映画はひっくり返ったおもちゃ箱のような楽しさに溢れたものにならなければいけなかった。全編キッチュな魅力に溢れたとてもカワイイ映画に仕立てるのが、彼のすべきことだったのだ。女の子たちはとてもキュートで、ラクロスはスポーツとは思えないほどお遊びで、チームのユニホームはかわいいし、もちろん柴崎コウちゃんも、とびっきり凛々しくて可愛い。舞台の大学はおしゃれで、仲村トオルの理事長はクールでスマート。悪と善の対決は単純で、映画は清潔。ファッショナブルで一切汗の臭いなんかしない。そんなアクション映画になっている。それは狙い通りなのだろう。だが、それだけのことなのだ。

 ここまで無内容にする理由がわからない。アクションあんなに頑張った柴崎コウがかわいそうになるくらいだ。本広監督の世界観、空間造形が映画自体とここまで乖離していいのかと思った。まるで噛みあわない。壮大なおもちゃ箱のはずが、全く使いようのない無駄なおもちゃになっている。それって、ゴミとイコールである。無残。

 仲村トオルは、ただコウちゃんとお友だちになりたかっただけで、そのためにこんな回りくどいことをしたなんていうオチは笑えない。それっていくらなんでも本気の沙汰とは思えない。

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