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映画・演劇のレビュー

西加奈子『ふくわらい』

2013-04-04 22:35:39 | その他
最初は戸惑う。この主人公である女性のとんでもないキャラクターには誰もが驚くだろう。ありえない。でも、彼女は確かにそこに存在し、そんなふうにして生きている。人付き合いが悪い、とか、そういうレベルではない。大体、〈定〉という名前からしてちょっと、である。しかも阿部定ではなく、マルキ・ド・サドをもじってつけられた。そんな名前を付けるなんて、そこからしておかしい。名字が〈鳴木戸〉だから、というのも、あんまりだ。まぁ、小説だから何でもありね、という感じではなく、純文学なんで、結構そういう設定からしてシリアス。

 冒頭のふくわらいのエピソードからして、とんでもない。もちろんそれはこの小説のタイトルにもなっているし、彼女の性格を説明する重要なエピソードなのだが、もうそこからしてドン引き。さらには人肉を食べた女、という展開。父親が変人で、冒険家。世界中を巡ることを仕事にして紀行文を書いている。変人は彼だけではない。登場する人物はみんな普通じゃない。でも、一番普通じゃないのは、主人公の定自身だろう。彼女の確固とした生き方は周囲の変人たち以上に変だ。

 だが、読み進めていくと、そんな彼女の純粋さが徐々に心に沁みてくることになる。そして、僕たちが思う常識なんてものが、とてもつまらないものに思えてくる。たとえば彼女が担当する作家たち、とくに守口廃尊、そして彼女の職場の同僚である小暮しずく。この2人の話が定のお話の軸になる。もちろんそれ以外のエピソードも含めてとてもへんてこで、全編驚きの連続だが。周囲に変な人との交流を通して彼女自身も変わってくる。

 そして、あの驚天動地のラストである。でも、それを衝撃ではなく、幸福だと受け止める。こんな生き方がある。それは誰にも似ていない。でも、誰をも幸せにする。でも、誰も真似はできない。定だけの生き方だ。彼女に好きな人ができる。彼女にともだちができる。誰もが普通に体験することを彼女は25歳になって初めて体験した。それはそれまでの彼女の人生が不幸だったからではない。今までも彼女は彼女だった。そして、今、こんな風に動いていく彼女の時間をこの小説はしっかりと捉える。

 誰かと比較することには何の意味もない。そうではなく、個性的としか言いようのない彼女の生きざまを、この小説をみつめていくことで、僕たち自身も僕たちを束縛する何かから解放されていく。というか、定は最初から何物にも束縛なんかされてない。とても自由だ。そんな彼女にへんなものでも見る目を向けていた周囲のほうが変なのではないか、と気付く。


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