表紙を見たときに、これは無理か、と思ったが、作者は『大人ドロップ』の樋口直哉である。思い切って読み始めた。心配は杞憂に終わる。これはとても素晴らしい小説だ。こんなにも胸に沁みて、心地よい時間を過ごすことが出来たことを心から喜びたい。読んでいて癒される。ページを捲りながら、幸福感に包まれる。この時間が永遠に続けばいい、と願う。でも、そんなことは不可能だ。350ページで終わる。主人公はこの屋敷から去っていく。そして、彼らの本当の時間が始まる。
人生を諦めた30過ぎの青年と、他人に対して心を閉ざした10代の少女が、この屋敷で出会い、少しずつ、心を開いていく。そのあまりにゆっくりな時間に、最初はもどかしくなるほどだ。だが、お互いにそんな簡単なものではないことは、彼ら自身が重々承知している。今まで誰にも心を開くことのなかった少女が、スープを通して、彼と接点を持つようになる。ここは彼女の祖母が暮らす古い洋館だ。祖母はスープしか口にしない。彼は彼女の料理人として雇われた。あるレストランのシェフだったが、チーフが居なくなったことで、仕事を棄てた。自分が料理を作ることに自信が持てなくなったのだ。
これは恋愛小説ではない。ふたりが、徐々に年の離れた「友人」になる、という話だ。スープを作ることを通して、少しずつ彼らが歩み寄る。やっかいなはずのお客さんとのやりとりを通して、いろんなことが見えてくる。5話からなる連作長編なのだが、各エピソードのゲストと、彼らの係り合いを通して、今までわからなかったことが一つずつ見えてくる。謎解きではない。だが、ちょっとしたミステリ・スタイルにもなっている。結果的に、心の中をのぞきこむ、というお話になる。そこで展開されるスープをめぐる蘊蓄も楽しい。それだけでなんだか豊かな気分にさせられる。こんなふうに、食をめぐるお話は、生きることとストレートにつながっていくのだ。
人生を諦めた30過ぎの青年と、他人に対して心を閉ざした10代の少女が、この屋敷で出会い、少しずつ、心を開いていく。そのあまりにゆっくりな時間に、最初はもどかしくなるほどだ。だが、お互いにそんな簡単なものではないことは、彼ら自身が重々承知している。今まで誰にも心を開くことのなかった少女が、スープを通して、彼と接点を持つようになる。ここは彼女の祖母が暮らす古い洋館だ。祖母はスープしか口にしない。彼は彼女の料理人として雇われた。あるレストランのシェフだったが、チーフが居なくなったことで、仕事を棄てた。自分が料理を作ることに自信が持てなくなったのだ。
これは恋愛小説ではない。ふたりが、徐々に年の離れた「友人」になる、という話だ。スープを作ることを通して、少しずつ彼らが歩み寄る。やっかいなはずのお客さんとのやりとりを通して、いろんなことが見えてくる。5話からなる連作長編なのだが、各エピソードのゲストと、彼らの係り合いを通して、今までわからなかったことが一つずつ見えてくる。謎解きではない。だが、ちょっとしたミステリ・スタイルにもなっている。結果的に、心の中をのぞきこむ、というお話になる。そこで展開されるスープをめぐる蘊蓄も楽しい。それだけでなんだか豊かな気分にさせられる。こんなふうに、食をめぐるお話は、生きることとストレートにつながっていくのだ。