
声帯ドーピングにより大きな声を出せるようになったロックミュージシャン(阿部サダヲ)と、自分への自信のなさから小さな声でしか歌えないストリートミュージシャン(吉岡里帆)がたまたま出会い、なんかわけのわからない大冒険を繰り広げることになる映画。夢を実現した男と、夢を追いかける女。声を失ってしまいつつある男と、夢を信じようとしない女。成功した男と、埋もれていこうとしている女。中年男と、若い女。もしかしたら、兄と妹、なのか、とか。いろんな要素が対になっていて、そんなふたりが何度も出会いと別れを繰り返しながら、歌を通して心を通い合わせていく。
まずこれは、むちゃくちゃな話なのだ。あきれかえるしかないし。まぁ、これは定番ならラブストーリーになるはずのパッケージングなのだが、それは絶対ない。それどころか、そこからとことん遠いところにあるようなストーリー展開を見せるのには驚くばかりだ。「なんですか、これは、」というしかない。でも、これは三木聡監督作品だ。ならば、わからないでもない。
ここまで脱力系で、想像する気にもならないような無謀な展開を見せられたなら、もう好きにしてくれ、と投げ出すしかない。こんなありえない話(ほとんどが、思いつきのように思える)で1本の映画を作り上げるって、なんだろうか。妄想力炸裂だ。終盤のプサン行きからラストまで、怒濤の展開を見せる。でも、それ必要ですか、意味ありますか、と突っ込みを入れたくなるが、問答無用。こんなバカな映画は認めないという人も多数いて当然だろうが、『転々』でキャリアの頂点を極めた後、冗談のような『俺々』を作り、5年のブランクを経て復活した三木監督がこんなにも自由自在の極地にいってしまったことを、喜んでもいい。
対馬からプサンまで歌声が届くはずもないけれど、そんな奇跡を当然のこととして描いていくラストは唖然とするくらいに感動的だ。それこそがこの映画が描こうとしたものなんだ、と思わされた。(まぁ、やっぱりそれはそれで冗談みたいだけど。)この世の中にあり得ないことなんかないし、やってしまうまでは戦い続けるべきなのだ。なんだかわけがわからないけれど、熱いものがこみ上げてくる。これはそんなヤケクソのような映画なのだ。