・粘り強いバッティングは代打に最適。小柄だがミートの巧さはチーム有数である。今後は守備を鍛えてレギュラー獲りも視野に入れる。
年俸「81年・450万」「82年・550万」「83年・700万」
1980年
・公式戦が開幕してから数日。この段階で地味ながら早くも首脳陣の評価を高めているルーキーがいる。ヤクルトスワローズの岩下正明外野手。1955年、1月生まれの25歳。開幕第2戦「中日戦」3回に早くも「投手・神部に代え、代打・岩下・・」ヤクルト・武上監督の話題の「影武者先発」神部のカゲにかくれて、それほど注目されなかったが、キャンプ以来「実戦的な選手だ。一日も早く使ってみたい」と武上監督が惚れ込んだ岩下がいたから、あの思い切った「影武者先発」から尾花ー松岡というリレーができたのかもしれない。プロとしての初打席。三沢の2球目のスライダーを岩下は見事、左中間に流し打つ2点二塁打。足が震えるような緊迫した場面で二塁ベースへ誇らしげにスックと立った。小さい頃からひそかに抱き続けていたプロへの夢が現実になった瞬間だった。一昨年の都市対抗で三菱重工横浜から補強され決勝戦で4打数4安打、東芝初優勝に補強として活躍してからその夢は一気に実現性を帯びた。昨年暮れのドラフト会議のわずか1週間前、ヤクルトのスカウトから声がかかったのだ。「上位指名はできないかもしれない。しかし必ず4位までには指名することにしている」それを胸を膨らませる期待で待ちながら、また一方でこの男はしたたかなことも考えていた。「今年がプロ入りのチャンスは最後の年。たとえ指名されなくてもテスト生としてプロの門を叩いてみよう」そして実現したプロ入り。スワローズのユニフォームを着て早くも3日後のトスバッティングで主砲・若松の目にとまった。「とにかくセンスが実にいい。ぼくがプロに入った時の実力より岩下の方がはるかに上だ」と若松が最大級の賛辞を送った。加えてバッティングフォーム。背格好が似ていることもあって「若松二世」のニックネームを頂戴したのだった。初の海外キャンプでもセンスあるバッティングはすぐに頭角を現し、武上監督から「外野の一番手」との折り紙をもらったほどだ。ヤクルト首脳陣の構想には大杉が万が一、不振のときは杉浦が一塁に入り、岩下の先発出場もありうる・・・と、その実力を買っている。だから岩下には、プロ入り初打席で2打点つきの二塁打を打ちながら代走・渋井に代えられたことが「自分恥辱」だと思う。「ああいうところでベンチに引っ込むところが、まだボクのだめなところだと思う。これからは走ることも守ることも監督やコーチに認められるような選手にならなければ・・」だが、岩下のプロデビューは、他の無名ルーキーには羨ましい限りの「輝くばかりの出発」といっていいだろう。
年俸「81年・450万」「82年・550万」「83年・700万」
1980年
・公式戦が開幕してから数日。この段階で地味ながら早くも首脳陣の評価を高めているルーキーがいる。ヤクルトスワローズの岩下正明外野手。1955年、1月生まれの25歳。開幕第2戦「中日戦」3回に早くも「投手・神部に代え、代打・岩下・・」ヤクルト・武上監督の話題の「影武者先発」神部のカゲにかくれて、それほど注目されなかったが、キャンプ以来「実戦的な選手だ。一日も早く使ってみたい」と武上監督が惚れ込んだ岩下がいたから、あの思い切った「影武者先発」から尾花ー松岡というリレーができたのかもしれない。プロとしての初打席。三沢の2球目のスライダーを岩下は見事、左中間に流し打つ2点二塁打。足が震えるような緊迫した場面で二塁ベースへ誇らしげにスックと立った。小さい頃からひそかに抱き続けていたプロへの夢が現実になった瞬間だった。一昨年の都市対抗で三菱重工横浜から補強され決勝戦で4打数4安打、東芝初優勝に補強として活躍してからその夢は一気に実現性を帯びた。昨年暮れのドラフト会議のわずか1週間前、ヤクルトのスカウトから声がかかったのだ。「上位指名はできないかもしれない。しかし必ず4位までには指名することにしている」それを胸を膨らませる期待で待ちながら、また一方でこの男はしたたかなことも考えていた。「今年がプロ入りのチャンスは最後の年。たとえ指名されなくてもテスト生としてプロの門を叩いてみよう」そして実現したプロ入り。スワローズのユニフォームを着て早くも3日後のトスバッティングで主砲・若松の目にとまった。「とにかくセンスが実にいい。ぼくがプロに入った時の実力より岩下の方がはるかに上だ」と若松が最大級の賛辞を送った。加えてバッティングフォーム。背格好が似ていることもあって「若松二世」のニックネームを頂戴したのだった。初の海外キャンプでもセンスあるバッティングはすぐに頭角を現し、武上監督から「外野の一番手」との折り紙をもらったほどだ。ヤクルト首脳陣の構想には大杉が万が一、不振のときは杉浦が一塁に入り、岩下の先発出場もありうる・・・と、その実力を買っている。だから岩下には、プロ入り初打席で2打点つきの二塁打を打ちながら代走・渋井に代えられたことが「自分恥辱」だと思う。「ああいうところでベンチに引っ込むところが、まだボクのだめなところだと思う。これからは走ることも守ることも監督やコーチに認められるような選手にならなければ・・」だが、岩下のプロデビューは、他の無名ルーキーには羨ましい限りの「輝くばかりの出発」といっていいだろう。