プロ野球 OB投手資料ブログ

昔の投手の情報を書きたいと思ってます

宮下陽吾

2015-03-19 23:08:48 | 日記
1962年

国鉄スワローズはかねてから投手陣強化のため社会人野球日本ビールの宮下陽吾投手(20)=栃木商出、身長1㍍79、体重70㌔、右投右打=の獲得に乗り出していたが、十九日、本人の同意を得ることに成功した。宮下投手は同日砂押コーチに「国鉄入団」を表明、日本ビールを円満退社したうえで近日中に国鉄から入団発表が行われる。宮下投手は、昨年は城之内(現巨人)ことしは角谷両エースのカゲにあって目立たなかったが、入社当時(三十六年)から社会人球界随一の速球投手の折り紙をつけられ、二、三の球団から注目されていたほどである。国鉄はすでに昨夏からその素質に目をつけ、さらに今秋選抜の新潟大会の対新潟コマーシャル戦で連続8三振を奪う快投を演ずるに及んで積極的に獲得工作をはじめた。そのとき宮下自身プロ入りの意思を固めていたようだが、日本ビール側の必死の慰留にあって国鉄入りを一時断念した。だが去る十日、日本ビール野球部が突然一年間休部を発表したことから国鉄は勧誘を再開、宮下は去る十三日に砂押コーチの訪問を受け同コーチの熱意にうたれ十五日夜「プロでやってみたい」旨の意思表示した。十六日に家族の同意を得るために栃木に帰郷、翌十七日午後父親新八郎氏が秋葉原弘済会に北原代表をおとずれて入団条件を話し合い最終結論が出された。

宮下投手の話 また会社(日本ビール)の許可をもらっていないが、きょう(十九日)国鉄に入団の返事をしました。以前プロ入りが決まりかけたころ、会社から慰留されましたが、いまは休部中なので円満に退社できそうです。どこまでやれるかわかりませんが、野球をするなら一度は自分の力をためしてみたい気持ちです。

高校(栃木商)時代は松本(栃木=立大)とともに栃木県下で好投手として呼び声が高かった。三十六年日本ビールに入社、同年は城之内(現巨人)のカゲにかくれ選抜、都市対抗、産業各大会には登板の機会にめぐまれなかった。三十七年選抜大会準々決勝対西濃運輸戦に先発投手としてヒノキ舞台にデビュー、以後角谷、五代らとともに日本ビール投手陣の一角をになって今夏の都市対抗でも対東圧大牟田戦に登板した。夏から現在にかけてマウンド度胸、球質も一段と向上得意の快速球にもみがきがかかってきている。社会人球界屈指の速球投手として注目をあびていた。身長1㍍79、体重70㌔、二十歳。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

石田二宣

2015-03-19 21:40:20 | 日記
1962年

社会人野球東黎工業の石田二宣(つぐのぶ)捕手=宇都宮学園出身、十九歳、1㍍80、78㌔、右投右打=は巨人、大洋、中日、大毎から勧誘を受けていたが、二十二日東京都大田区馬込西2-26の同野球部合宿で「大毎入り」を表明するとともに、この旨を片岡大毎スカウトに伝えた。同選手は高校時代から強打の大型捕手として評判が高く昨夏の甲子園大会で活躍、今夏の都市対抗都予選では三番を打って神宮で2ホーマーを記録、熊谷組の補強選手として本大会にも出場しており、激しい争奪戦が演じられたが、片岡スカウトの熱心な勧誘が実って大毎入りとなった。なお正式契約はあす(二十四日)石田選手及び真田東黎野球部長と片岡スカウトが話し合ったあと行われる。

石田捕手の話 プロに入るなら大毎ときめていた。一部の新聞で巨人入りを報じていたが、ボクの気持ちは大毎一本にきまっていたので驚きもし、当惑もした。ボクのプロ入りに関しては会社側も幸い同意してくれて思い切れた。プロ選手として恥ずかしくないように今後すべての面で勉強しなければならない。バッティングには自信があるので早く出場のチャンスを得て第一線に出たい。契約は一週間後ぐらいになるのではないか。

片岡スカウトの話 巨人入りのニュースもあって心配したが、きょう(二十二日)「お願いします」という返事を受けとった。石田君は肩もよく、インサイド・ワークにもすぐれている。とくに打力はいい。攻守兼備の大型捕手として期待している。

巨人・内堀スカウトの話 条件の点では中日が一番よく、むずかしいなと感じてはいたが大毎がやっぱり強かったのか、とれないとなると残念だ。うちは大橋とか宮寺が入ったので本人も迷ったのかもしれない。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

大橋勲

2015-03-19 21:16:16 | 日記
1962年

大橋勲捕手…慶大、土佐高、1㍍72、79㌔

大橋選手は幼少のころ生地の兵庫県から、一家とともに高知市へ移り、土佐中を経て土佐高へ進学、遊撃手として二年生からプロ・スカウトの目にとまる逸材だった。当時の高知商には尾崎(後に大洋)小笠原(立大ー三協精機)宇賀(住金)柿本(鐘化カネカロン)といった俊足ぞろいがいて、この足を封じるために肩のいい大橋捕手に転向したというエピソードがある。

大橋選手の話 小さいときからあこがれていた巨人軍に入団でき、これほどうれしいことはない。自信はまだないが、監督さんの教えを守って一生懸命にやる。巨人には森さんというりっぱな捕手がいるが、ボクも森さんを目標にやる。ウエイトがすぐふえるのがボクの欠点だが、商売に野球をやるからには相当な覚悟で減量するつもりだ。

高橋社長の話 大橋君はうちの第一号補強選手だし、人間的にもしっかりしている。捕手としてはめずらしく打撃がよいので大いに期待している。巨人というチームに早くなれて活躍してほしい。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

池辺巌

2015-03-19 20:22:26 | 日記
1961年

大毎オリオンズでは十二日午後三時千代田区有楽町の球団事務所でかねてから入団の決まっていた池辺巌投手(17)=長崎海星高=の正式入団の発表を行った。池辺投手は今年春夏と甲子園のマウンドを踏み、九州球界では門岡と並んでその速球が評判されていた。昨年九州大会の優勝投手となって最優秀投手と、首位打者になっている。大毎のほか巨人、東映、大洋、阪神、広島から入団の勧誘を受けていた。1㍍77、74㌔、右投右打。

池辺投手の話 他球団からも話はあったが、私は大毎が好きだったし、はじめからプロ入りするなら大毎と決めていた。プロへ入ってからこれといった目標は立てていないが、力と並行した頭のピッチングができるように勉強していきたい。

宇野監督の話 池辺君は今年プロ入りした尾崎、柴田、門岡、山中と並んで高校球界五指の中に入る好投手。青木君が早くから入団の交渉をしていたが、スムーズに大毎入りが決まりよかったと思っている。素質のある速球投手なので早く第一線に押し出していくよう指導に当たるが、大毎の投手陣にあって毒島、池辺両君は来年度のホープといえる。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする