『怪奇大作戦セカンド・ファイル』の第3話『人喰い樹(じゅ)』を見て、85年に放送された単発SPドラマ『受胎の森』を思い出した、という話の続きです。
オリジナル『怪奇大作戦』がセレクションで再放送されたついででもあり、『怪奇』についていろいろ調べていたら、月河の好きなエピソードのひとつ『光る通り魔』(第8話)を含めて3エピソードの脚本クレジットに市川森一さんの名前がありました。
市川さんと言えば最近は、『ザ・ワイド』でややこしい柄セーターを着て当たらずとも近からずみたいなコメント出してるイメージしかありませんが、そもそもの脚本家デビューが『快獣ブースカ』だったぐらいですから円谷特撮との縁は深かった模様。月河は、『怪奇』の『光る~』と、『受胎の森』、この二つの仕事をもって、ややこしいセーターや近からずコメントの数々は不問に付し、市川さんの存在を正当としてあげてもいいと思っている。それくらいこの『受胎の森』は記憶に残る作品でした。
画質があまりに劣化してしまったので数年前ビデオを処分してしまいましたが、思い出せる限り記憶をたどってみましょう。長年、間をおいて繰り返し観た末に、ビデオがなくなって期間もあいているので、妙な脳内変換・脳内リメイクをしているやも知れず、記憶違いがあったらごめんなさい。特に録画保存しておられる方があれば、不正確なところを指摘していただければ幸いです。
ヒロインは大学の生物科学研究員・知(とも)。妹の恵(けい)と合わせると名前が“知恵”となるのが先へ行って象徴的です。恵は大手バイオ企業の専任技術者・一馬(かずま)と結婚しましたが子供に恵まれず、たっての希望でオーストラリアに渡り、姉の卵子に夫の精子を受精させて胎内に着床させる非配偶者間人工授精を行って出産。誕生した女児は姉妹の実家のある那須・黒羽の『奥の細道』(「かさねとは八重撫子の名成べし」)にちなんで“かさね”と名づけられました。
卵子を提供した知には、当初から妹の望みをかなえるに吝かではなかったものの、複雑な思いも。学生時代は、一馬は先に知と交際していました。知は一馬との結婚まで夢みていましたが、3人でトレッキングに出かけ霧と嵐に見舞われてはぐれてしまい、ひとりになった知が山小屋にたどり着くと、体温の低下した恵を裸で温める一馬がいたのです。知と一馬の仲はそれきりになり、恵は知が深く傷ついたことを知らずに一馬と結婚。知は独身のまま研究一筋に生き、恵が妊娠を切望したときにはためらいを封印して卵子を提供しました。
那須の実母が死去、海外赴任先から一馬・恵夫妻が4歳に成長したかさねを連れて帰国し、知の心は大きく波立ちます。かさねを誕生せしめた卵子は自分のもの。あの嵐の一夜がなければ、一馬は自分と結婚し、一馬の子を産むのは自分だったはず。一馬の心をもう一度自分に向けさせたい、半分は自分の子であるかさねを母として抱きしめたい。しかしいまや大企業の開発部門を担う頭脳となった一馬は「君とのことは若気のあやまちだった。僕は昔もいまも恵ひとりを愛しているし、恵とかさねとの人生を大切にしたい」とにべもありません。かさねは知を「伯母ちゃま」と呼んでなついてくれます。幸せそうな恵の顔を見ると、いまさら自分が母親を気取って割り込むのは醜悪で罪だという理性、でも離れがたい姪=娘、千々に乱れる心。
振り切るように戻った研究室で、知はつい先日富士山系の森林から採取した標本の中に、“植物でありながら時間経過とともに動物細胞と同じ生体反応変化を示す”サンプルを見つけ愕然とします。宴席中の教授に緊急連絡しますが、すでに聞こし召した教授は「そんなバカな、植物細胞と動物細胞の間には厳然たる差異がある、君の言う事が本当ならとんでもない突然変異、神の過ちだということになる」と取り合ってくれません。
この辺が特に記憶があいまいなのですが、知のこの発見を、どういう経緯でか一馬が知るのです。「学界に発表したら大変なセンセーションになる、癌や不妊の治療可能性も広がるし莫大なビジネスチャンスだ、2人の共同研究として発表しよう、歴史に名を残そう」と知に迫ります。応じることができない知。「なぜだ、共同では不満か、ならばきみ1人の名前で発表してもいい、僕が会社から資金を出させてやる、発生する知的所有権でわが社は大儲けできるのだから安いものだ」…しかし、知はどうしても首を縦に振ることができません。いら立った一馬は「そうか、君が欲しいのはこれか、これが望みか」と、知の服を脱がせて押し倒してしまうのです。
非配偶者間人工授精や代理出産などの問題は、このドラマから22年の間に技術的にも、風潮的にもずいぶん地合いが変わったと思います。昔の恋人と遺伝子上自分がお腹をいためたに等しい子を前にして揺れ動く女心を軸にしたメロドラマ部分に関しては、道具立てが当時レベルで斬新だっただけで、基本的には古めかしいものです。
月河が忘れられないのは、生命の神秘の淵源を“森”に想定したSF的なイメージの方なのです。
一馬の行為に衝撃を受けひそかに決意を固めた知はかさねを連れ出し、あの細胞検体を持って森林の中へ。一度は道連れにとまで脳裏をよぎったものの振り払い、食料と飲料水を置いたテントに愛するかさねを残して、神秘の細胞を森へ返すべく、ひとり樹海の奥深く消えて行きます。森から生まれ、森で育ち生きようとしている新しい生命は、人間の思惑や欲望とは関係なく森にあり続けるべき。人工授精という挑戦的な行いに対しても、生命を授けてくれた天の摂理に対する、彼女なりの感謝と贖罪だったかもしれません。もちろんひとりの生身の感情を持つ女性としては、一馬とかさねの存在をよそに、母でもなく妻でもなく、かつての恋も無かったことにして生きて行くのが耐え難くなってもいたのでしょう。
知性と母性の間を揺れ動きながら最後に自分の意志の力に殉じる、愛情深いがゆえに孤独な知を演じたのは竹下景子さん(放送当時31歳)、姉を信じ夫を信じる、邪気のなさが罪な恵に樋口可南子さん(同26歳)、知的で端整だが傲慢な、憎みきれないろくでなし一馬に、モリつながりで(んなことはない)風間杜夫さん(同36歳)。全員、月河の中ではこれを代表作と言い切れる嵌まりようです。ヒロイン2人の、それぞれタイプの異なる哀しくもけなげな美しさもさることながら、一歩間違えれば『怪奇』ワールドなマッド・サイエンティスト性を随所に覗かせながら、溢れる人間臭さ、ペーソスも漂わせる風間さんの一馬が絶品。
脇で締めるのは那須の実家にひとり住み、「神様に背いたことをして子供を作ったんだから、悩むのは天罰だ、いまさらしゃしゃり出てはいけない」と愛をこめて知を叱りつつ、癌の延命治療を拒否して端然と死んでいく母親・山岡久乃さん。アクシデントから知と面識を持ち一目惚れ、妹夫婦とのいきさつを知った上で熱くプロポーズする自然派アニメ作家(宮崎駿さんを連想させる作風)・緒形拳さん。
ラストは森の山麓を、霧雨の中捜索隊とともに懸命にかさねと知の名を呼び捜し求める恵と一馬、憔悴した恵に一馬が手を差し伸べます。目先の欲に狂い知を辱めた一馬も、恵とかさねに寄せる愛は本物。彼は知の思いを一生背負って妻子と生きなければならないでしょう。
最後に会った日の知の言葉から、彼女の行き先と、しようとしていることを察したアニメ作家のほうが、先にテントに駆けつけます。知の握らせた木の実を手に、ひとり還らぬ“母“”を待っていたかさねを抱きしめ、彼は知が消えていった森を見渡します。知とともに神秘の細胞を再び迎え入れた雨上がりの森は、限りない生命のエネルギーを宿して、静かな光を放っていました。
劇中、教授の言うように、確かに生物学的には植物と動物との間には厳然たる隔壁が存在するのかもしれません。しかし、“生命”という地平でものを見ると、生物学上の区々たる概念はみんな後付けのような気もしてきます。
疲れた時、ストレスに打ちひしがれた時にリフレッシュをと考えると、まず“海”を思い浮かべる人と、“山”に気持ちが行く人とがいます。海の人はかつて太古の昔、魚であり水の微生物だったことを、山の人は同じく地に生える苔や羊歯だったことを、細胞が思い出すのかもしれません。山の人のほうが、より地球発祥の記憶を深くとどめていると言えるのかどうか。
いや、それも生命という宇宙のもとでは、小さな差異ですね。宇宙の中に生命があり、生命の中に細胞があり、細胞の中に宇宙が宿る。
調べたことはありませんが、海の好きな人は犬やネコなどペットに癒され、山を好む人は花やガーデニング、盆栽に癒される人が多い…ような気もします。
海も山もあんまり好きではなくて、強いて言えばコンビニ(酒類取り扱いに限る)と書店がふんだんにある都会がいちばん好きな月河は、犬ネコより緑モノより、石を並べたり眺めたり触れたりしているのがいちばん癒される。
月河の細胞は、遡れば、ひょっとすると石だったのかもしれません。