前季のNHK朝ドラ『つばさ』サウンドトラック、最近の早起きライフのお供にさっそく欠かせなくなりつつあります。NHKの、ドラマのサウンドトラックは初体験なのですが、朝ドラらしく潔く“朝感(あさかん)”全開なのがまず好ましいですね。
朝ドラのサントラももちろん初体験ですから、他の作品のそれと比較することはできませんが、決してベタに“朝らしい”さわやかな曲や軽快な曲ばかりではない。
M‐10『閉ざされた記憶』のミステリアス、M‐23『大切な想い』の荘重ドラマチックもあれば、M‐12『その男、斎藤浩徳』なんか完全に深夜のノリだし、M‐11『夕焼けの川越』のように、タイトルからして直球で夕飯どき志向の曲も入っているのですが、すべては“朝にして想ふ夕”であり“朝にして想ふ深夜”として成立している。
どの曲から聴き始めても、どうシャッフルしても朝にふさわしいように、朝の気分に合うように作曲され、アレンジされている(もちろん午後に聴いても夜中に聴いても、良曲揃いに変わりはないのですが)ことに、朝ドラサントラビギナーとしては感動してしまいますね。
朝感を両脇から支える右大臣と言うか“右陪席”格は“空感(そらかん)”。
『つばさ』のタイトルに似つかわしく、空へと飛翔する感じ、空を仰ぐような感覚、広い意味で空気感と言ってもいいのですが、M‐03『大空に向かって』M‐16『誰にも言えず…』M‐17『つばさ広げて』など、聴く人すべての心の視界に“それぞれの空の色”“空へと向かう空気の匂い”が見え、肌に感じられると思います。
“左陪席”はこれも朝ドラサントラならではと言うべきでしょうか、“お台所感”。
家族で囲む食卓のくつろぎや、懐かしいおふくろの味の匂いが漂ってくる音色とリズムですね。母親加乃子さん(高畑淳子さん)は、家庭的と対極の“ホーローの母”、青春真っ盛りの娘つばさ(多部未華子さん)が“ハタチのおかん”という逆転母娘に、老舗の跡取り娘でやっぱり家事能力はさっぱりなお祖母ちゃん(吉行和子さん)、菓子職人の腕は一流かつ元・極道ヒットマンのお父さん(中村梅雀さん)、世話好き妹気質の優しい弟(冨浦智嗣さん)と、“お台所”との関わり方が何から何まで型どおりでなかった甘玉堂一家。M‐04『愛すべき人々』、M‐05『困った母』M‐14『あら、大変!』といった、おもにアルバム前半の、千切りonまな板のような、煮立つお鍋onコンロのような愉快なリズムをお楽しみあれ。これぞ甘玉堂…もとい玉木家の家風。
つばさが一生懸命つとめてきたおかんのお味噌汁の香りも、10年ぶりに突然帰ってきた加乃子さん製「なーんかやってるうちに、何とかなるのよ、ときどき(←しょっちゅうだろ!)なーんにもなんないときもあるけどー!」っていうオリジナル創作料理のアヤしい匂いもする。型に嵌まらないということに自分で手を焼き、厄介がりつつも、そのことを楽しんでもいる家族たちのドラマ。サントラもそういう“自由かつヘンテコ”な味を実にうまく“音楽の料理”で出している感じ。
技術的なことはよくわからないのですが、作曲の住友紀人さんがセルフライナーノーツで書かれてもいるように、ユニークな楽器の、ユニークなフィーチャーのし方も魅力のひとつだと思います。M‐04『愛すべき人々』のシロフォンのような音、M‐10『閉ざされた記憶』のエスニックな郷愁ある弦楽器を始め、どんな楽器でどんな奏法をしてこの音が出るのか不思議に思う節がいくつかあります。スタッフ・ミュージシャンクレジットなどライナーノーツ末にかなり親切に書かれているほうだと思うけれど、いま一歩踏み込んで、曲ごとのフィーチャーも表示してくれると一層ありがたかった。
好きな曲を挙げて行くと切りがないのですが、個人的なお気に入り一番は、M‐02『元気な甘玉堂』、全体としてマーチになっているんですよね。景気づけのように入るシンバルと、後半ずっと沿道に愛想を振りまくかのように鳴り続けるトライアングル?ハンドベル?の音がキュートで、組曲『くるみ割り人形』なんか思い出します。
劇中劇、番組中番組ならぬ、“サントラ中サントラ”になっているM‐15『ベッカム一郎の「朝イチ豪快シュート!」』もいつ聴いても愉快。聴きながら「ここで“今日の話題フラッシュ”、ここからBGMヴォリューム下げて本題トークね」とディレクターになり代わってキュー出したりしちゃいますね。写真誌パパラッチ暴行で仕事干されてやさぐれたときのほうがカッコよかったという噂もある(ないか)ベッカム一郎(川島明さん)、お昼番組『GO!GO!もBANG!BANG!ハットトリック』、夕方番組『You gottaオフサイド!』もやっていたはずですが、どんなテーマ曲だったのか聴いてみたい。
…それにしてもこんなに年中ベッカムのDJ番組ばっかりやってるってことは、ラジオぽてとどころじゃない人材払底のラジオ局じゃありませんか。
後半M‐19~21のヴォーカル3曲は、どれもサントラの域を超えて独立した楽曲として成立する。19『Prayer on the hill』は、未来戦闘もののアニメのエンディングなんかに流れたら自動的に泣きそう。20『NAOMI come back!』は、なつかしいヘドバとダビデの1970年頃のヒット曲『ナオミの夢』を下敷きにしているのでしょうけれど、和製GSサウンドの匂いもあるし、月河なんかなんとなーくオーロラ三人娘(@『巨人の星』)に歌わせてみたい気もしました(その前に月河がカラオケGO!GO!しそう)。
M‐22『周波数を探して』のほのぼのお伽噺具合もいいですね。斎藤社長(西城秀樹さん)に命じられたつばさの川越キネマへの、嫌々立ち退かせ訪問で尻に火がついた真瀬(宅間孝行さん)が突如やる気を取り戻し、つばさにアンテナを持たせて周波数を探し野っ原を歩き回る場面は、このドラマ全篇でいちばん好きだったかもしれない。真瀬のダサいダスターコート姿も『ベルリン・天使の詩』みたいだったし、ラジオというものがお伽噺の魔法のように見えました。
これまたドラマ中ドラマ、劇中劇曲とも言うべきM‐24『おはなしの木』、M‐25『婦系図2009』は、逆に、劇中劇曲でありながらドラマ“本体”にもしっくり合っているのが素晴らしい。“劇中劇のための劇中劇”ではなく、おはなしの木の物語も、婦系図のお芝居も、ドラマの中に是非必要なものでした。前者は爆弾ちゃっかりガール優花ちゃん(畠山彩奈さん)の「お着替えするからデテッテー!!」を、後者は千代子お祖母ちゃんの名演技に袖から「よっ日本一!」を叫ぶ梅吉お祖父ちゃんゴースト(小松政夫さん)を、それぞれ想起しつつ聴くのがナイス。
欲を言えば、『ベルリン・天使の詩』ついでに、つばさにしか見えない(=つばさの心の内にだけ存在する)設定の、ラジオ男(イッセー尾形さん)のテーマも1曲欲しかったですね。
ジャケの裏を返せば、川越の、古風で端正な中にもアットホームな家並み。最近当地では、80年代にスタートしてかれこれ20年ぐらい続いた火サスの人気シリーズ『監察医・室生亜季子』がときどき午後の再放送枠で流れるのですが、旧宿場町、交通の要衝だった頃の面影を残す素敵なところですね。
東京に住んでいた頃、栃木の小山までは北上したことがあるのですが、埼玉はまるっと素通りだった気が。意外と埼玉って見どころが看過されがちですよねえ。東京在住だと近すぎて、気候風土もさしたる違いもなく、用事がなければわざわざ探訪するほどじゃないと思えてしまうし、地方在住者から見ると、東京や、横浜の神奈川、ディズニーランドの千葉などを“さしおいて”、熱烈に憧れ興味を持つほどでもない。
朝ドラのロケ地として全国47都道府県の最後まで残っていたというのもちょっと頷けます。もったいない話。『つばさ』サントラをお供に川越散策…と行くには当地からは関東地方自体が遠隔なので、せめて関東~中部在住の皆さんにはもっと興味持って訪れてほしいと思いますね。