「さくら貝の歌」が何時出来たかは知らない。
うるわしき さくら貝ひとつ
去りゆける 君にささげん
この貝は 去年の浜辺に
われひとり ひろいし貝よ
ほのぼのと うす紅染むるは
わが燃ゆる さみし血潮よ
はろばろと かよう香りは
君恋うる 胸のさざなみ
ああ なれど わが思いは儚く
うつし世の なぎさに果てぬ
古風な歌でしょ。写していて気恥ずかしくなる。
でも、優れた歌唱力を持つ倍賞千恵子さんが歌うと、結構いけます。ほかに「あざみの歌」もある。
この歌の作詞は土屋花情。作曲は八洲秀章。
戦後直ぐ。森男が小学生の頃、この八洲(やしま)秀章先生は、リヤカーでオルガンを運んで来て、庭でオルガンの弾き歌いをした。
先生はカーキ色の詰襟の服を着ていた。軍服だったかもしれない。
歌は上手かったが、先生の歌はもの悲しくて子供にはあまり好かれなかった。
だが、人前で歌を歌う人が珍しくて、近所の子供たちが多勢集まった。
出演料なんか、当然無かったろう。
せいぜい数個の南瓜のお礼があった程度だろう。
歌を聞かせる場所の無かった先生は、ただ歌を聞かせたかっただけなのかも知れない。
母が裏庭で採れた南瓜を道端に並べて、買出しの人々に売っていた時は、本当に恥ずかしかった。
あの頃に南瓜を一生分食べた気がする。
南瓜が身体に良いのはよく分かっている。
だが、南瓜には複雑な思いがあって、あまり食べたくない。
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