大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・大阪の高校演劇『OK高校演劇部・Traditionol Dorama Clab』

2012-10-17 13:07:44 | 小説
大阪の高校演劇
『OK高校演劇部・Traditionol Dorama Clab』


この話にはフィクションであり、出てくる団体、個人は実在のものではありません。



――わたし、クラブ辞めたから――

 由美子からメールをもらったのは。ことしの「アケオメメール」であった。
 以下辞めた理由が簡単に書いてあった。
 去年のコンクールでは、由美子のB高校はエントリーはしたが、棄権してしまった。
 で、2か月後のアケオメメールが、これであった。以下辞めた理由が簡単に、そして、またカラオケつきあってね。と続いた。一斉送信のアケオメでなかったことや、短い文面ながら、同い年の女子高生としての辛さや、意気込みが感じられたので、フラッグを付けて保存にしてある。
 しかし、このメールが自分の運命を変えるジャンプ台になるとは、朱美自身思いもしなかった。

 由美子との出会いは、一昨年のコンクールだった。
 朱美と由美子は学校が違う。由美子は小規模演劇部の府立B高校。朱美は大阪でも随一と言われる伝統大規模演劇部である私学のOK高校。この「演劇部」ということだけが共通項の二人が仲良しになったは、一昨年のコンクールで生徒実行委員会でいっしょになったからである。
 二人は、本選の舞台係になった。出場校の道具の搬入、バラシ、搬出の手伝いを主任務とする係である。
 最初のオリエンテーションで、隣り同士になった。

「やあ、おたく、OK高校の人!?」
「え、あ、はい」

 これが、二人の最初の会話であった。
OK高校はみなおそろいのTシャツを着ている。黒地に赤で「OKH・D・C」と書いてあり、大阪の高校演劇では、このTシャツだけでも有名であった。
「あなた、どこの学校?」
「B高校」
 と、言われても、朱美はピンとこなかった。OK高校は、この二十数年予選落ちしたことがなく、本選のレギュラー校。かたやB高校は今世紀に入って常に予選落ち。格が違いすぎた。
 しかし、二人は気が合った。なんというか、芝居に対するモチベーションが同程度で、先生や生徒実行委員長の説明に「ホー」「ナルホド」などの感嘆詞が同時に出ることがしばしばで、すぐ後ろの御手鞠高校の生徒に笑われた。

「え……?」
「おかしい?」

 そう聞くと、「双子みたい」と言われ「アハハ」と笑ったら、先生に怖い目で見られた。で、メアドの交換をやり、その日のうちに、お互いの関係は「仲良し」のカテゴリーに入ってしまった。

 こんなことがあった。リハの日、4番目の学校がリハを終えたあと、真田山学院高校の子達が、道具置き場で困った顔をしていた。
「どないかしました?」
 朱美が気づいて声をかけた。
「あの……衣装置きたいんだけど、うちの道具置き場にたどり着けなくって……」
 その子は、きれいな標準語で答えた。標準語でも嫌みがないのは、きっと関東から越してきた子なんだろうなあと、朱美も由美子も感じた。
「ちょっと、なんとかしますわ」
 そう言って、由美子が、道具置き場の山に向かった。
「荷物、それだけですか……はい、なんとか……ユーミン、これ手渡しでおくるさかいに」
「オーケー」
「ごめんなさい。わたしたち、制服に着替えちゃったもんで……」
 標準語が恐縮した。スカートで、この道具の山を越えることは出来ない。

 ガシャ……由美子が、わずかに足を踏み外し、小さな音をたててしまった。
「おい。リハの最中やぞ……!」
 担当の先生が、小さな、しかし、良く通る声で下手から注意した。

 本選は、北摂の「よみきり文化ホール」でおこなわれる。このホールはテレビの実況などをやりやすくするために、奥行きが間口と同じぐらいある。それで、舞台真ん中の第一ホリゾント幕(中ホリ)を降ろし、舞台の後ろ半分を道具置き場に使っている。

 先生に注意されたので、由美子もしかたなく、道具の山から下りてきた。
「おまえら、マニュアル読んでないんか!?」
「読みました」
「はい」
「リハ中に道具の出し入れはでけへんて、書いてあるやろ!」
「これ、衣装やから、ええと思いました」
「とにかく、リハ中は、あ・か・ん」
「じゃ、リハが終わるまで待って、置かせていただきます。ありがとう二人とも」
「リハが終わっても、あかん。道具はリハのあと道具置き場に置いたら、本番前まで触ったらあかんや!」
「これ、道具じゃありません、衣装です。衣装については規定は無かったと存じますけど」
 真田山の標準語が、ていねいに、でもきっぱりと意見を言った。朱美も由美も、もっともだと思った。
「キミなあ、道具置き場に置くもんはみんな道具なんや!」
「そんなあ……」
「だいたい、リハでもないのに、その標準語は、なんやねん。普通に喋れよ……」
 その時、下手でペンライトが振られた。標準語には分かっていたのだろう、その合図で、標準語は紙袋を持って下手の袖に行った。シルエットから真田山の山田さんだと分かった。道具係のチーフだ。
「駅のコインロッカーにいれることになりましたので……」
 標準語は、戻ってくると、そう一言言って頭を下げて、行ってしまった。
 
 あらためて、道具の山を見渡してみた。2/3はOK高校と御手鞠高校の道具だった。真田山はリハが早かったせいもあり、道具は一番奥の畳一畳ほどのスペースにチンマリと置いてあった。朱美は、これでいいのか……と、初めて疑問を持った。

 真田山の標準語の子にはすまない気持ちのままだったので、真田山の山田さんにメモを預けようと、その子の名前を聞いた。
「坂東はるか。この5月に東京から転校してきたばっかり」
 やっぱり……そう思ってメモに名前を書いた。

 この年も、由美子のOK高校は上位の優秀賞だった。大阪は最優秀と優秀賞の上位二校の計三校が近畿大会に出られる。で、いつもの通り近畿大会では選外だった。

 それから、朱美は由美子とメルトモになり、春と夏の講習会では示し合わせて、同じワークショップを受けたりした。夏には由美子が頼み込んで、OK高校の稽古の見学もやった。
「どないやった?」
 朱美は、少し得意顔で由美子に聞いてみた。
「うん、すごい。すごかったよ!」
 正直な感想ではあったが、どこがどのようにすごかったのか、由美子はうまく言えなかった。朱美も、その返事で十分満足した。

――でも、あんなすごいことB高じゃ真似できないなあ(^#0#^)――
 と、メールが返ってきた。ちょっともどかしかった。

 ある日、朱美は、母に小言を言われた。
「ちょっと、電話中なんだから、静かにしてよ」
 朱美は妹と普通に話していたつもりだったが、自分の地声が大きくなったことに初めて気が付いた。
 正直嬉しかった。
 嬉しいことが、もう一つあった。

 クラブの先輩にコクられた……☆

 他愛のない付き合いだった。メールのやりっこや、休みの日には万博公園の民俗学博物館に行ったり。みんな遊びには梅田などの繁華街に行く。万博公園の、それも民俗学博物館に来る物好きはいない。
安くて、涼しくて、人は少ないし、絶好のデートスポットだった。
 夏の終わりに少しだけ飛躍した。
「泳ぎに行こうや」
 と、彼が言った。少し迷ってOKと返事。ただし、条件をつけた……。

「わー、めっちゃきもちええ!」
 ウォータースライダーを滑り落ちて、由美子が叫んだ!
 そう、条件とは由美子を同伴することだった。三人というわけにもいかず。先輩は、他校の友だちを連れてきた。
 朱美は、オレンジ色だけが取り柄のワンピースだったけど、由美子は堂々のビキニだった。それもショッキングピンク。パレオが付いているのが、せめてもの乙女心ではある。
「ユーミン、こぼれかけ!」
 ウォータースライダーを滑り落ちて、水面に上半身を現した由美子に朱美が注意した。一瞬で由美子は顔を赤くして胸を押さえたが、言われたほどにはこぼれかけてはいなかった。ただ周辺の男どもの注目を集めるのには十分だった。確かに由美子のプロポーションはいい。朱美は予想していたが、これほどだとは思わなかった。そして、注目した視線の中に、自分のカレが含まれていたので、朱美は潜って、カレの足をすくった。カレは慌てふためき、朱美にしがみついてきた。
 ほんの一瞬だったけど、朱美は初めて男と肌を触れあわせてしまった。しこたま水を飲んで水面に出と、由美子が大笑いしていた。

 帰りに、4人でカラオケに行った。春休みに由美子と行って以来のカラオケだった。
 そこで異変に気づいた。高音がまるで出ないのである……。
 念のため、医者に行った。
「だいぶ声帯が太なっとるなあ。八百屋のオッサンみたいやで」
「八百屋のオッサン!?」
 声が裏返った。
「なんか、ヘビメタみたいなロックでもやってんのんか?」
 医者はカルテを書きながら、咎めるような口調で聞いた。
「いいえ……ちゃいます」
「ほな、なんや?」
「……演劇部です」
「演劇部!?」

 その話を、そのまま顧問の先生にした。
「考えすぎ、君らは若いから、卒業したら、すぐに元の声に戻る。高校演劇は条件の悪いとこで芝居せなあかんさかい、これぐらいの声やないとあかん」
「そうですけど……」
「まあ、気になるようやったら、しばらく発声練習ひかえとき」

 朱美はその指示に従って、三日ほど発声練習をひかえて、みんなの声を聞いていた。そして確信した。この発声は間違ってる。
 去年のコンクールの講評でも言われた。「声は出てんだけどね……」審査員はそこまでだったけど、真田山のコーチが指摘していた。
「声は、張るもんと違う。響かせるもんやで」
 朱美たちは、言われれば、とりあえず「はい!」と元気よくお返事はする。しかし、顧問は別として、他の人間に対しては聞き流しである。朱美は思いきって真田山のコーチのブログを開いてみた。
 基礎練習に関するブログで、講評で言っていたことが、より詳しく書かれていた。

――声は、声帯から出たこえを硬膏蓋(こうこうがい)にぶつけてマスク共鳴……。
 そして、気になることが書いてあった。役は演ずるのではなく、感じることが大事。稽古中はちゃんと見るべきものを見て、聞くべきものを聞いているか、演技していないときの役者にこそ注目すべきである。

 朱美は体調不良を理由……じっさい、調子は悪かったが、初めてクラブの稽古を見学した。

 驚いた……うちの芝居って、ただ力んでいるだけだ。だれもきちんと聞いていないし、見てもいない。いろいろ演ってはみるが、最終的には顧問が示した通りに動いているだけだ。ちっとも心に響かない。

 朱美は、休部届を出した。

 先輩のカレは静かに、でも必死で止めた。
――分かってるんじゃん。わたしが、今度のコンクールでうちの演劇部に見切りをつけそうなこと。
「先輩、いまやってる役、今みたいに静かにやったほうが、必死さが出ますよ。今の先輩のメッセージは、ちゃんと伝わってますから……」
 先輩は絶句した。先輩は予感していたのかもしれない。わたしが演劇部を辞めたら、先輩との仲も切れてしまうんじゃないかって……。

 その年のコンクールで、OK高校は最優秀をとった。観客席もそこそこ反応はしていたが、大阪で一番と言われるOK高校の芝居でも、キャパ600の観客席は七分の入りでしかなかった。
――なんだ、身内だけで喜んでいただけなんだ。
 朱美はネットで調べた、観劇のセオリー通りに上手の一番奥の席で観ていた。あの観客席の真ん中にいては、こういう見方はできなかっただろう。

 それから、自然に演劇部へ行く足は遠のき、ただ籍を置いているだけの幽霊部員になった。学校では少し気まずかったけど、大事な青春、いつまでも無駄にはできない。
 由美子を誘って、その12月のスニーカーエイジを舞洲アリーナに見に行った。
 16000人の観客席が一杯だった。演劇と軽音楽とではありようがまるで違うが、観客と感動を共有するパフォーマンスとしては同じである。
 気づいたら、由美子といっしょに涙流してリズムをとっていた。
 演劇のコンクールではショボイ学校も、軽音でポップスやロックをやらせるとこんなに違う。

 帰りに、二人でコーヒーショップに寄った。しんじられないことだけど、お喋りな二人が、舞洲から、このコーヒーショップまで一言も口をきかなかった。

「わたし、演劇は捨てない……」
 ココアが、薄く膜を張ったころ、朱美がつぶやいた。
「よかった、辞める言うんちゃうかと思た!」 
 由美子は素直に喜んだ。
「けど、クラブは辞める……」

 それから半月ちょっと、お正月のアケオメメールを見ている。
――そうか、由美子もその気になったか。もっとも一人じゃクラブでもあれへんやろさかいにねえ。
 そうして三が日が過ぎた。正月気分が抜けてから、もう一度スマホを出した。
 元旦の由美子のメール以外にも来ていた、先輩のカレからも。デコメたっぷりのそれを削除して、もう一度由美子のメールを見る。デコメも絵文字もなしの無機質なスマホの文字が立ち上がってくる。友人として……いや、これは、同じ時代を生きる女子高生としての挑戦状だ。
 そう感じたとき、着メロの音がした。由美子からだ。期待と不安でしばらく開くことができなかった。

――わたし、決めた。

 朱美は笑ってしまった。まるでパレオを外したビキニのように最小限な言葉。そしていさぎよさ。

――ユーミン、こぼれかけ!

 そう返信して、朱美は、パソコンのマウスをクリックした。
 血圧の低いパソコンは、気を持たせながらゆっくりと画面を映し出してきた。
 そこには、半月かかって調べた、劇団の研究生募集の要項があった。

 高校演劇はクラブだけじゃない。高校生が演る演劇なら高校演劇……まちがってないよね。
 そう自分に問い直して、朱美はカーソルをあわせ、マウスをもう一度クリックした……。


『まどか 乃木坂学院高校演劇部物語』
発売予告!!


 10月25日に、青雲書房より発売されます。この『小悪魔マユの魔法日記』に出てくる、ブティック・ローザンヌの娘美優の母校でもある乃木坂学院高校が舞台のノベルです。

お申込は、最寄書店・アマゾン・楽天へお願いします。

青雲書房直接お申し込みは、定価本体1200円+税=1260円。送料無料。
送金は着荷後、同封の〒振替え用紙をご利用ください。

お申込の際は住所・お名前・電話番号をお忘れなく。

青雲書房。 mail:seiun39@k5.dion.ne.jp


       
 
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする