大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・大阪の高校演劇『スニーカーエイジ・二人のユウキ』

2012-10-19 13:34:45 | 小説
大阪の高校演劇
『スニーカーエイジ・二人のユウキ』



この話にはフィクションであり、出てくる団体、個人は実在のものではありません。



 偶然のイタズラで、あの子とすれ違った。心臓止まりかけて、わざと無視したふり……。

 どこかで聞いたようなフレーズだったが、雄貴の頭に浮かんだのは、まさにこれだった。
 厳密に言えば偶然ではないかも……いや、やっぱ、偶然だ。それもAクラスの偶然。

 最初の出会いは、去年の秋。この環状線F駅のホ-ムだった。
「ユウキ!」
 という声に思わず振り返ってしまった。自分が呼ばれたのだと思った。
 振り返ると、一瞬で自分ではないことが分かった。
 同じF駅で降りる、御手鞠女子高校の生徒が、同じ学校の仲間に声をかけていたのだ。
「ユウキ」と発音する名前は、女の子でも、たまにある「祐希・優希・夕貴・夕姫」などである。

 そのユウキは泣いていた。で、そのユウキの友だちが声をかけたのだ。
「もう、昨日のことやったら気にせんとき」
「うん。大丈夫そんなことやないし」
「……ほんなら行こか」
「うん」
 二人の御手鞠が、階段のほうに向かった……ハンカチを落としていった。
「これ、落としたよ」
 雄貴は親切心とも言えない反射神経で、それを拾って声をかけた。
 二人の御手鞠は、びっくりして振り返った。
「ども……」と、ユウキは言ってふんだくるようにハンカチを雄貴のてから受け取ったってか、奪い取った。
「……しょうもないなあ」
「シ!」
 そう言って、一瞬二人が振り返った。互いにムッとした視線が絡んだ。
――しょもない……は、ないだろう。親切でで拾ってやったのに!
 そう思う心と、二人の御手鞠の顔が焼き付いた。オトモダチの方は人並みだったが、ユウキの方は、なんとかロ-ザって、ハーフのタレントの子に似た子で、雄貴はムッとしながらも一目惚れしてしまった。
 単に、タレントのローザに似ているからではない。ユウキの目は、何かに勝負して……たぶん負けた悔しさに美しく涙していた。雄貴は、そこにトキメキを覚えた。
 少し遅れて改札に向かうと、今度はオトモダチの方がカバンをぶちまけていた。どうやら定期を出そうとしたはずみで、カバンの中味が引っかかってしまったようだ。OLさんらしき人が手伝っていた。
「すみません」
「ありがとうございます」
 と、二人は恐縮していた。
――チ、オレんときは「しょうもない」だったのに……。
 でも、こぼれたジャージで分かった「OTEMARI・D・C」と背中にロゴがあった。
――ああ、御手鞠の演劇部か。

 それから、何度かホームや駅前で見かけることはあったが、雄貴はそっと目の端でとらえるだけ。運が良いと、ホームの鏡に映っているユウキをトキメキながら見ることもできた。

 あれから一年後、駅の人混みの中、ユウキとすれ違った。制服がこすれ合うぐらいの近さ。ユウキのセミロングが、雄貴の鼻先をかすめていき、その残り香に雄貴の胸に電気が走った。
 しかし、登校の時間帯、それも部活などで早朝登校する7時過ぎ。ユウキは、改札を出るのではなく、改札から入ってきて、ホームに向かっていた。それも思い詰めた顔で……。


「どうしてタイミング合わないかなあ!」
 阿倍さんに叱られた、今日の練習で3回目だ。
「ベースは、バンドの柱なんだからさ。ぐらつかれると、やってらんえの!」
「ちょっと休憩入れよう。とんがってても、前に進まないから」
 バンマスの福井さんが、穏やかに言った。さすが三年生のベテラン、練習の緩急を心得ている。

「なんか悩んでる。それも女のことだろ?」
 スポーツドリンクを一気飲みして、阿部さんが直球を投げてきた。
「いや……そんなことあるって」
 阿倍さんは、この四月に東京から転校してきた。そしてなんの迷いもなく、雄貴が所属する軽音に入ってきた。雄貴の軽音は部員が100人もいるので、三年生といっても新参者で、本当なら選抜メンバーのボーカルなんか、とてもできないんだけど、阿部さんは男並みの声量と歌唱力があり、特に高音の音の張り方など仲間として聞いていても惚れ惚れする。阿倍さんのおかげで、今年は、なんとスニーカーエイジの最終選考にのこった。で、舞洲アリーナの決勝に出られることになった。で、朝練、夜連と忙しい毎日。

 で、安倍さんは、ちょっと変わっている。休憩時間に占いをやってくれる。占いと言っても他愛ない恋占いや、ラッキーアイテムなんか。パーカッションのジローなんか「明日は赤いカバンで登校すること!」と言い渡され、オモシロ半分でお母さんの赤い旅行鞄で学校にやってくる途中、トラックにはねられかけた。運ちゃんは「赤いカバンで気が付いた、あれがなかったら……」と冷や汗を流していたそうだ。
「好きな子のことが気になってるでしょ?」
 図星だった。で、正直にユウキのことを話した。
「ついといで……」
 情報処理室に連れられて行った。
「靴下脱いで」
「え……」
「いいから、脱ぐ脱ぐ」
 雄貴は、しかたなく脱いだ。
「あ、片方だけでいい……これ、お母さんが洗ってるのよね」
「はい……」
 阿倍さんは、そういうとスポーツドリンクを口に含んで拭きかけた。
「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前……」
 と、呪文を唱え始めた。
 すると、靴下から、すえた臭いとともに白い煙が立ち上り、靴下の上でサッカーボールぐらいの大きさになり、空中にわだかまった。
「おお~」
 と、関心している間に、阿倍さんは松井須磨子を検索して、CPの画面に表示した。
「雄貴クン、その煙のタマ吸い込んで、吐き出してくれる」
「え……」
「いいから、早く!」
 言われたとおりにやると、吐き出した煙は人のカタチになった。その人のカタチはしだいにはっきりし、女子高生らしくなってきた。雄貴は一瞬ユウキが現れるのかと思ったが、顔かたちがはっきりしてくると別人であることが分かった。かわいい子なんだけど、見覚えがない。でも、どこか懐かしさを感じさせる子だった。
「えい!」
 阿倍さんが気合いを入れると、パチっと、その子の目が開いた……でも、その目は何も見ていなかった。
「だれ、この子……?」
「くやしいけど……雄貴の妹」
「え……オレ、末っ子……なんだけど」
 雄貴には、姉と兄がいる。どちらもごく平均的な社会人と大学生であった。特にベッピンやイケメンというわけではなかった。雄貴がそうであるように。
「キミの一つ下に子どもがいたんだよ。三ヵ月で堕ろされちゃったけど。おしいね、ちゃんと生まれて育ってたら、こんなになってたんだよ」

「うそだろ……オレの妹が、こんなに可愛いわけがない!」

 十分ほどかけて、阿倍さんは、雄貴に理解させた。やっと、そう思えると、その「妹」は、ゆっくりと「兄」に視線を向けた。で、つぶやいた。

「うそ……わたしのお兄ちゃんて、こんなに不細工なの!?」

 兄妹ゲンカになりそうになったが、阿倍さんはかまわずに操作をつづけた。USBケーブルCPのエンターキーを押した……松井須磨子の情報と技術が「妹」に上書きされた。
「じゃ、これから御手鞠女子のユウキって子のところへ行ってもらうわ」
「え……どうやって?」
 阿倍さんは、返事もしないでCPを操作して……なんと御手鞠女子高校のCPを呼び出した。
「えと……演劇部で、名前がユウキ……あった、2年B組36番・元宮優姫。念のため写真出しとくね」
「間違いない、この子だよ、この『おいで シャンプー』みたいにいい髪の香りの……!」
「まあ、お兄ちゃんにしちゃあ趣味いいね」
 妹がニクソイことを言う。

「一つ確認しとくわね。雄貴クン、これで優姫ちゃんの悩みは解消するけど、これをネタにして優姫ちゃんのことモノにしようなんて考えてないでしょうね?」
「ないない。オレは、ただ彼女のことが心配なだけ……ほんと」
「見返りを求めない愛ってことでいいのよね」
「だよね」
 阿倍さんと妹が睨んでくる。

「大丈夫なようね、もともとヨコシマな心だったら、雄貴クンの妹だって、こんな風に実体化もできなかったけどね。じゃ、いくよ」
「あ、その前に……」
「なに?」
「あ、いいや。この仕事が終わってからで」

 阿倍さんは、優姫の写真にカーソルを合わせると、マウスをダブルクリックした。妹は数秒かけて優姫にインストールされていった……。


 優姫は、一年のころから悩んでいた。お芝居が大好きで、大阪の高校演劇永遠の名門校と言われる御手鞠女子高校に入学、憧れの演劇部にも入った。持ち前の才能で、一年生ながら、主役の一人に抜擢された。そして、大阪のコンクールを順調に勝ち抜き、近畿大会にまで出場した。しかし、近畿大会では、あえなく敗退した。あんなに立派な道具を持ち込んだのに、舞台美術賞さえ獲れなかった。
 そう、なんの……賞もなかったのである。
 二年になってからは、顧問と上演台本や演出、演技指導に疑問を持つようになった。でも、大阪高校演劇の神さまと言われている顧問には逆らうことはもちろんのこと、異見を言うこともはばかられた。勢い稽古に熱が入らず、顧問や先輩たちから疎まれはじめた。そして、ある日の朝練で、いたたまれなくなった優姫は学校そのものを抜け出してしまった。

 明くる日から、優姫は人が変わったようになった。顧問や先輩にも遠慮無く疑問や問題を突きつけ納得いくまで異見を述べた。しかし、演劇というのは総合芸術であるので、全体のアンサンブルを壊すところまではしなかった。ただ、自分の演技については自分流を通した。
 近畿大会で御手鞠女子は、二位にあたる優秀賞と、優姫が個人演技賞を獲った。老年の審査員は「松井須磨子が生きていたら、こんな人だっただろう」とまで誉めてくれた。

 そして……優姫は演劇部を辞めた。プロダクションから個人的なスカウトもあったが、それも断った。

「はい、任務終了!」
 近畿大会が終わった日に、妹がもどってきた。
「おつかれさま」
「ありがとう」
 阿倍さんと、雄貴がねぎらってくれた。
「で、お願いなんだけど……」
 遠慮がちに妹が言った。
「なんやねん?」
 兄の雄貴は、優しく聞いた。
「わたしに名前を付けて……」
「それは、できないわ」
 阿倍さんがキッパリと言った。
「ええやんか、名前ぐらい。兄ちゃんが、ええ名前付けたる!」
「だめ! 名前をつけたら、この子は、ほんとうに実体化してしまう。この子は、この世には存在しないのよ。それを居たことにするほどの力は……ごめん。わたしには無い」
 冷たいほどにキッパリしていたが、阿倍さんの心には灯が灯っていることを、妹は感じた。
「……いいの、無理言ってごめんなさい。じゃ……涙が出る前に、消去して」
「もちろん。いくわよ!」
「待って!」
 雄貴は、阿倍さんからマウスを取り上げた……はずなのに、妹の姿はポリゴンの粗いCGのようになり、数秒で、ただの点になって消えてしまった……。
「そっちのマウスよりも、こっちのワイヤレスマウスの方が優先になってるの……ごめんね」

 
 明くる年のスニーカーエイジで、雄貴は偶然に優姫と知り合いになった。優姫は、演劇部を辞めた後、軽音に入った。そこでも、メキメキと頭角を現し、秋のスニーカーエイジでは選抜メンバーのメインボーカルになって出場した。そろって舞洲の本選に出たが、優姫は雄貴を上手いベースプレイヤーとしか見ていなかった。
 でも、雄貴はそれでもよかった。互いに上手い同士として観られれば、それでいい。

 演奏中に、雄貴は視線を感じた。前列に居る優姫や、OGになった阿倍さんのは最初から分かった。
 その視線は、ノリノリの観客の真ん中から感じた。それは……妹だった。

――兄ちゃんありがとう。名前付けてくれて。

――オレ、付けたか……?

 妹が消える寸前、雄貴は机に手を着いた。で、右手の小指がAのキーを押したのだ。そして同時に、手にしたマウスが転がり落ちて、変換キーを、ケーブルがエンターキー押した。モニターには小さく「亜」と出た。そのことに、阿倍さんも、雄貴も気がつかなかった。
 そして、中途半端に「亜」と名付けられた妹は、時たま姿をあらわすことになった。

 悔しいことに、妹は歳をとらない。中途半端なせいであろう。
 その日も、歌ってドラマもこなす優姫のバックバンドをやっていた雄貴には、公開録画を観ている妹の姿が見えた。あいかわらずのティーンエージャー。雄貴は来年……還暦である。


『まどか 乃木坂学院高校演劇部物語』
発売予告!!
 

 10月25日に、青雲書房より発売。

お申込は、最寄書店・アマゾン・楽天へお願いします。

青雲書房直接お申し込みは、定価本体1200円+税=1260円。送料無料。
送金は着荷後、同封の〒振替え用紙をご利用ください。

お申込の際は住所・お名前・電話番号をお忘れなく。

青雲書房。 mail:seiun39@k5.dion.ne.jp


 このも物語は、顧問の退職により、大所帯の大規模伝統演劇部が、小規模演劇部として再生していくまでの半年を、ライトノベルの形式で書いたものです。演劇部のマネジメントの基本はなにかと言うことを中心に、書いてあります。姉妹作の『はるか 真田山学院高校演劇部物語』と合わせて読んでいただければ、高校演劇の基礎連など技術的な問題から、マネジメントの様々な状況における在り方がわかります。むろん学園青春のラノベとして、演劇部に関心のないかたでもおもしろく読めるようになっています。


       



 
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