あすかのマンダラ池奮戦記・1
『運命の出会い』
横断歩道の真ん中で、白ネコが立ちすくんでいた。
「ヤバイ、あいつ……信号変わっちゃうよ!」
呟いた時に、あすかの体は動いていた。
ラクロスのスティックを構えグロス(網の部分)で、ネコをすくい上げると、際どいところで横断歩道を渡り終えた。背後では、車のクラクションと発車音。通行人のドヨメキがして、スティックは無惨にも歩道の手すりにぶち当たりグロスがへしゃげてしまった。
――いい運動神経だ、あすか。付いてきな――
「え…………」
――どこ見てる、こっちだよ――
植え込みの向こうにネコ。
「ネコが喋った……」
で、あすかは壊れたスティック片手にネコを追いかけることになってしまった。
通称まんだら池のほとり。ドタバタとネコが走り、あすかが追いかける。背中のリュックが、生き物のように揺れている。一度は捕まえそうになったが、頬に無念のひっかき傷。
「こら! まて! この恩知らずネコ! 逃げ足の早い奴だ。助けてもらっといて、ひっかいてくことはないだろ、イテテ……命の恩人だぞ、あたしは」
よどんだ池の水面に自分の姿が映っている。
「あーあ顔に二本も赤線……赤は成績だけで十分だっつうの。アニメだったら、ここからドラマが始まるとこだよ『なんとかの恩返し』とかなんとかさ(壊れたスティックを見て)高かったんだぞ……もともと出来心で入ったクラブだけどさ……イケ面の真田コーチも辞めちまうし……ラクロスなんて場合じゃないのよねえ(成績票を見る)……ああ、英・数・国の欠点三姉妹! あわせて物理と化学も四十点のかつかつじゃん!?……もう終わっちゃったよ、あたしの人生……こりゃ、お母さん思うつぼの轟塾かあ……やだよ、あそこ。成績はのびるけど、変態ボーズの宗教団体系ってうわさだよ。冬なんか褌一丁の坊主といっしょに座禅とかで、偏差値の前に変態値が上がってるっつーの!」
うしろに手をつき、足を投げ出し、空を見上げると、あすかの心のような雲が広がってきた。
「……雨、ザーッと降ればいいのに。壊れたシャワーみたいにさ。そしたら、そのシャワーで溶けて、流れて……ウジウジ悩んだり、あせったりしなくて……そんなふうに思って雨に打たれたら、ドラマのヒロインみたい……冬のソナタ……秋のヌレタ……濡れた女子高生……なんかやらしい……だめだ(降らない)変なことばっかり言ってるから、猫も雨も、みんなあたしを見かぎる……ん……うそ!?」
いつの間にか成績票が池に落ちて、浮き沈みしている。あすかは池に落ちた成績票を壊れたスティックで、たぐりよせようとするが、あせってかきまわすばかり。とうとう池に沈んでしまった。
「あっちゃー……って、おっさんか、あたしって。コーヒーのしみつけただけでネチネチ三十分。なくしたなんて言ったら、どれだけ嫌み言われて、しぼられることか。『通知票を粗末にする奴は、二学期に絶対欠点!』……とっちゃったもんなあ……『池に落としてなくしちゃいました』『じゃ、あすかも消えて無くなればァ……』うかぶよ、担任のおっさんの顔が……秋深し……って言っても例年にないこの暖かさ。くよくよしても仕方ないか……よし、走って帰るぞ!……って、空元気つけてどうすんだよ……ウ!……ウンコ踏んじゃった」
運に見放されウンコを踏んだあすか。雑草やティッシュで、ウンコを拭き取り、ぶつぶつ言いながら、池の水で靴を洗う。
どこからかアヤカシの音がし、目の前の池の中から、イケスミ(池の神)が現れた。
「……ワッ?!」
「こんにちは……」
イケスミは関取のようにたくましく。大阪のタイガースファンのオバチャンのように無邪気な光りものに輝き、チェシャ猫のように油断のならない笑みを浮かべている。
「オ、オド、オド……」
「そんなにオドオドすることないからね」
「オドロイてんの! 急に池の中からあらわれるんだもん!」
「ヌハハハ……!」
「やっぱ、気持ちわるーい……」
「ここは、あたしの家なんだからね! そして、あんたがしゃがんでんのが、そのあたしの家の玄関先……ほら、そこに鳥居の跡があるでしょうが?」
見ると、目の前に切り株のようなものがある。
「……これ?」
「昔は、お社(やしろ)とかもあったんだけどね……」
「……ごめんなさい、靴洗っちゃった……ウンコつきの……怒ってる?」
「まあな。でも、いちいち怒ってたらきりがない……」
「ほんとにごめんなさい」
イケスミの細く鋭い目にタジタジになり、あすかは、居ずまいを正して頭を下げた。
「おっと、手の先十センチ、おっさんがもどしたヘド!」
「ワッ!」
「……気をつけな」
「は、はい」
「ところで、あすか……」
「あたしのこと知ってるの?」
「神さまだよ、あたし。もうこの池に三百年も住んでる」
「三百年……神さま!?」
あすかとイケスミの『運命の出会い』であった……。
※このお話は、もともと戯曲です。実演の動画は下記のURLをコピーして貼り付けて検索してください。
http://youtu.be/b7_aVzYIZ7I
※戯曲は、下記のアドレスで、どうぞ。
前半: blog.goo.ne.jp/ryonryon_001/.../2bd8f1bd52aa0113d74dd35562492d7d
後半: blog.goo.ne.jp/ryonryon_001/e/5229ae2fb5774ee8842297c52079c1dd
『運命の出会い』
横断歩道の真ん中で、白ネコが立ちすくんでいた。
「ヤバイ、あいつ……信号変わっちゃうよ!」
呟いた時に、あすかの体は動いていた。
ラクロスのスティックを構えグロス(網の部分)で、ネコをすくい上げると、際どいところで横断歩道を渡り終えた。背後では、車のクラクションと発車音。通行人のドヨメキがして、スティックは無惨にも歩道の手すりにぶち当たりグロスがへしゃげてしまった。
――いい運動神経だ、あすか。付いてきな――
「え…………」
――どこ見てる、こっちだよ――
植え込みの向こうにネコ。
「ネコが喋った……」
で、あすかは壊れたスティック片手にネコを追いかけることになってしまった。
通称まんだら池のほとり。ドタバタとネコが走り、あすかが追いかける。背中のリュックが、生き物のように揺れている。一度は捕まえそうになったが、頬に無念のひっかき傷。
「こら! まて! この恩知らずネコ! 逃げ足の早い奴だ。助けてもらっといて、ひっかいてくことはないだろ、イテテ……命の恩人だぞ、あたしは」
よどんだ池の水面に自分の姿が映っている。
「あーあ顔に二本も赤線……赤は成績だけで十分だっつうの。アニメだったら、ここからドラマが始まるとこだよ『なんとかの恩返し』とかなんとかさ(壊れたスティックを見て)高かったんだぞ……もともと出来心で入ったクラブだけどさ……イケ面の真田コーチも辞めちまうし……ラクロスなんて場合じゃないのよねえ(成績票を見る)……ああ、英・数・国の欠点三姉妹! あわせて物理と化学も四十点のかつかつじゃん!?……もう終わっちゃったよ、あたしの人生……こりゃ、お母さん思うつぼの轟塾かあ……やだよ、あそこ。成績はのびるけど、変態ボーズの宗教団体系ってうわさだよ。冬なんか褌一丁の坊主といっしょに座禅とかで、偏差値の前に変態値が上がってるっつーの!」
うしろに手をつき、足を投げ出し、空を見上げると、あすかの心のような雲が広がってきた。
「……雨、ザーッと降ればいいのに。壊れたシャワーみたいにさ。そしたら、そのシャワーで溶けて、流れて……ウジウジ悩んだり、あせったりしなくて……そんなふうに思って雨に打たれたら、ドラマのヒロインみたい……冬のソナタ……秋のヌレタ……濡れた女子高生……なんかやらしい……だめだ(降らない)変なことばっかり言ってるから、猫も雨も、みんなあたしを見かぎる……ん……うそ!?」
いつの間にか成績票が池に落ちて、浮き沈みしている。あすかは池に落ちた成績票を壊れたスティックで、たぐりよせようとするが、あせってかきまわすばかり。とうとう池に沈んでしまった。
「あっちゃー……って、おっさんか、あたしって。コーヒーのしみつけただけでネチネチ三十分。なくしたなんて言ったら、どれだけ嫌み言われて、しぼられることか。『通知票を粗末にする奴は、二学期に絶対欠点!』……とっちゃったもんなあ……『池に落としてなくしちゃいました』『じゃ、あすかも消えて無くなればァ……』うかぶよ、担任のおっさんの顔が……秋深し……って言っても例年にないこの暖かさ。くよくよしても仕方ないか……よし、走って帰るぞ!……って、空元気つけてどうすんだよ……ウ!……ウンコ踏んじゃった」
運に見放されウンコを踏んだあすか。雑草やティッシュで、ウンコを拭き取り、ぶつぶつ言いながら、池の水で靴を洗う。
どこからかアヤカシの音がし、目の前の池の中から、イケスミ(池の神)が現れた。
「……ワッ?!」
「こんにちは……」
イケスミは関取のようにたくましく。大阪のタイガースファンのオバチャンのように無邪気な光りものに輝き、チェシャ猫のように油断のならない笑みを浮かべている。
「オ、オド、オド……」
「そんなにオドオドすることないからね」
「オドロイてんの! 急に池の中からあらわれるんだもん!」
「ヌハハハ……!」
「やっぱ、気持ちわるーい……」
「ここは、あたしの家なんだからね! そして、あんたがしゃがんでんのが、そのあたしの家の玄関先……ほら、そこに鳥居の跡があるでしょうが?」
見ると、目の前に切り株のようなものがある。
「……これ?」
「昔は、お社(やしろ)とかもあったんだけどね……」
「……ごめんなさい、靴洗っちゃった……ウンコつきの……怒ってる?」
「まあな。でも、いちいち怒ってたらきりがない……」
「ほんとにごめんなさい」
イケスミの細く鋭い目にタジタジになり、あすかは、居ずまいを正して頭を下げた。
「おっと、手の先十センチ、おっさんがもどしたヘド!」
「ワッ!」
「……気をつけな」
「は、はい」
「ところで、あすか……」
「あたしのこと知ってるの?」
「神さまだよ、あたし。もうこの池に三百年も住んでる」
「三百年……神さま!?」
あすかとイケスミの『運命の出会い』であった……。
※このお話は、もともと戯曲です。実演の動画は下記のURLをコピーして貼り付けて検索してください。
http://youtu.be/b7_aVzYIZ7I
※戯曲は、下記のアドレスで、どうぞ。
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