小説大阪の高校演劇・1
『先生がいなくなって三日目』
乙女先生がおらんようになって、三日がたった……。
三日で、こんなに変わるとは思わへんかった、人もクラブも学校も……あたしも。
四日前までは普通に部活やってた。ジャージに着替えてストレッチやって、発声練習にエチュードの練習。部活の最後は新入生の勧誘について、乙女先生とも話し合うてた。
「やっぱり短うてもええから、芝居を見せたいなあ」
と、ノン子が正論を言う。
「うんうん、映画の宣伝みたいに部分を繋いで、カットバック風にさ、ワンシーン十秒以内で暗転で繋いで、バックにナレーションと音響」
「で、カミングスーン、HYOUTANYAMA・D・Cてか、それ予告編のパターンやろ。うちら、まだ次の芝居も決まってへんねんで」
ルーチンが異議申し立て。
「ちゃうちゃう、去年コンクールでやった奴を演るねんがな。台詞も入ってるし、道具も衣装も音響も残ってる。相手はピッカピッカの一年生。予告編風にまとめなおすやんか」
「うーん、アイデアやと思うけど、それでも再編集して、進行台本ぐらいは要ると思うねん」
「予告編て、助監督が編集すんねんやろ。編集て、案外しんどいで」
お父さんがテレビ局のスーちゃんが半畳を入れる。
「その辺は、乙女先生に……」
「あ……そらあかんわ。乙女先生、明日からいてへんねんで」
そう、乙女先生こと早乙女先生は、三月末日で定年退職。もう手足をとって面倒見てくれる先生はいてへん。
去年のコンクールを思い出す。乙女先生最後のコンクールやさかい、あたしらは何が何でもの敢闘精神でがんばった。部員同士のいさかいもあったけど、師弟愛の御旗の元に一致団結して、ガッツリ観客の反応もあった。
せやけど、あたしら瓢箪山高校演劇部は、思わんダークホースに最優秀を持っていかれてしもた。
「あの伝わらない孤独感が、とても現代の高校生を現していました!」
と、審査員の激賞とともに八戸ノ里高校に持っていかれた。
正直、八戸ノ里は箸にも棒にもやった。
台詞は聞こえてけえへん、役者は絡まへん、ストーリーは分からへん、照明、音響は文化祭のクラス劇並。そんでも、大阪は審査員は神さま。白瀬いう演劇評論家の審査員に、他の顧問審査員もOB審査員も引きずられよった。審査発表のとき、最優秀とった八戸ノ里自身、一瞬「信じられへん」いう沈黙になって、あとは、お決まりの涙と嬌声。あたしらは悔しいのと乙女先生への申し訳なさで顔もあげられへんかった。
正直、ここにブリジストンが居てたら、猛反撃してたと思う。
ブリジストンいうのは、大阪の高校演劇では最古参になる石橋幸平。苗字がブリジストンの創始者の石橋といっしょなんで、ブリジストンで通ってる。
大阪だけやないけど、高校演劇には審査基準がない。ブリジストンはブログやSNSで「審査基準は絶対必要!」と言うて、敬遠されてる。露骨に「あのブリジストンめが……」と言う先生やらOBもいてる。あたしは一言言いたかった。せやけど乙女先生が黙ってるのに、生徒のうちらが言うわけにはいかへん。
ノン子らが、新入生の勧誘に、予告編的にでもして、もう一回やりたい気持ちは、よう分かる。
結局乙女先生の最後のアドバイスで決まった。
基礎練でやってるエチュ-ドを五分やって、あとは『恋チュン』で、カーニバル的に盛り上がろということになった。
『恋チュン』のコスも、スーちゃんのつてで、瓢箪山短大のサブカルチャー部から借りて来てくれて準備は万端。
しかし、今日は、それどころや無かった。
三月末で退職した民間人校長がパワハラで、朝からテレビを賑わしてる。噂は聞いてたけど、訴訟まで持っていかれるとは思わへんかった。朝からマスコミが取材に来て、学校全体が落ち着かへん。
そのせいか、新顧問の匠のオッサンは稽古用の視聴覚室とるのん忘れとる「ごめん、忘れてた!」の一言残して、どっか行ってしまいよった。取材されたら困ることでもあるのか、他の先生らとの井戸端会議か。
「先輩、またテレビ局が……」
唯一の新二年生のタマちゃんがいう。
そうです。マスコミは来るけども、部員は半分も来ません。いろんな意味で愛想つかしたみたい……それも言い訳に聞こえるくらい、瓢箪山高校演劇部の足元はあぶないのです。