大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・『真夏の夜の夢ー御手鞠version 2018』

2018-06-02 06:38:20 | ライトノベルベスト

高校ライトノベル
『真夏の夜の夢ー御手鞠version 2018』
  


 夕方にゲリラ豪雨があったので心配したが、客足は過ぎるほどに順調だった。

 大阪でも珍しく舞台設備の充実した御手鞠高校の演劇部では、定期的に自主公演が行われる。
 自主公演では既成の脚本、秋のコンクールでは創作劇というのが、長年の間にできた慣習である。

 前回の『ジャパンドール』は既成本ながら、なかなかの好評で、今回はシェ-クスピアの『真夏の夜の夢』に挑戦するのだ。正確には『夏の夜の夢』であるが、顧問である山阪は、あえて通称である『真夏』にした。
 今年は例年にない暑さで、このタイトルは、図らずもピッタリになったと、山阪は苦笑した。

 偶然だが、真夏という名前の部員がいる。正確には冬野真夏という、なんとも苗字と名前がケンカしたような名前である。
 
 名前のせいではないだろうけど、真夏は、いささか情緒不安定である。

 一年生で見学に来た頃から、山阪はこの子に目を付けていた。

 第一に教師として。この子の敏感過ぎる性格は、下手をすれば団体生活である学校についていけず、最悪の場合はハミゴ、成績不振、不登校、退学と道が見えるようであった。見学中も、誰も笑わないところで、大笑いしたり、一人ハンカチを濡らしていたりした。なんとかしてやりたいと思った。

 第二に、役者や作家としての才能である。

「泣いてごらん」
 基礎練習で、そういうと真夏は十秒もしないうちに涙をこぼし、大泣きして過呼吸になってしゃくり上げた。みんなびっくりした。
「真夏、なんで、そこまで泣けたんや?」
 好奇の目で見るみんなの前で、真夏は平然と言った。

「うち、みんなにハミゴされたこと想像したんです……」

 真夏のイマジネーションは群を抜いていた。想像した世界は実に緻密で、中には部員自身が触れて欲しくないような性格の描写や、どこかで観て記憶に残っていたのだろう、部員同士のささやかなイサカイを何十倍にも増幅し、自分に向けられたものとして表現した。
 笑いのエチュードをやらせたときもそうで、真夏の笑いには誇張されてはいるが、きちんとした裏付けがあった。

 ただ、部員は忘れかけていたイサカイや性格上の問題をえぐりだされて、面白くなかった。そして、真夏には、それが理解できなかった。芝居をやるためには、自分の欠点や失敗も含めて材料である。材料を見て怒っていたのでは、家庭科の調理実習などできないだろうと、真夏は思うのであった。

「先生、この芝居には道具はいりません。素舞台でいきましょ」
「あ……でも、このプランで、照明も考えたし、演出も……」
 部長が、取りなした。もう本番まで三週間を切っていた。
「誤りを改むるに、恥ずべきは無して、いいますよ」
「え、うちらの芝居間違うてる言うのん!」
「うん」
 ケンカと言うよりは、全員対真夏になり、結果的には真夏を降ろさざるを得なくなった。

 真夏は平気で、道具係に専念……片手間にやり、自分で本を書いていた。

 本番直後、真夏への気遣いもあり、みんなでタイトルも決まっていない真夏のプロット(完成品と言っても良いのだが、本人はプロットだと謙遜ではなく、思っていた)
 まるで、一人芝居であった。登場人物は五人だが、真夏は完全に使い分けていた。これに、少々の演出を加えれば、一本の芝居として成立する。
「まあ、五人やったら、うちでやる芝居としては登場人物が少ないなあ……」
「そんなこと……」
 と言いかけて、真夏は黙ってしまった。
「その、大泣きいうとこ、号泣にしたほうが、言葉立つんちゃうかな……」
 気の優しい野々村結衣が、取りなすように言った。
「それはあかん! 号泣は大勢の人間が泣く様や。一人で泣くのは大泣きや!」
 真夏の剣幕に、結衣も俯いてしまった。

 そんな真夏に、一度チャンスをやろうと思い、自主公演に『夏の夜の夢』を真夏に任せた。自分は妖精のパックを演ると宣言し、一週間でアラアラの本を書き上げてきた。タイトルは『真夏の夜の夢』となっていた。
 この『真』の一字の重さと覚悟は、真夏と、顧問である山阪にしか分からなかったが、山阪は誰にも言わなかった。

 道具は、平場の舞台に脚立が二本と数脚の椅子があるだけだった。照明はつけっぱなしで、転換そのものも明転で芝居の中に組み込んだ。
「せめて、ピンフォローぐらい……」
 結衣の意見も却下。
「シェ-クスピアの時代には、照明なんかありませんでした」
 と、真夏。

 芝居は上々であった。

「先生、ありがとうございました。初めてうちの演りたいようにやらせてもろて本望です。うち演劇部におらんかったら、学校も続きませんでした……これ、受け取ってください」
「なんやこれ?」
 落とし切れていないパックのメイクの目から涙がこぼれた。受け取ったモノは退部届であった。
「あと、半年。このままの勢いで卒業します」
「真夏……」
 真夏は、一瞬笑顔を見せて、楽屋に駆け込んだ。

「山阪、元気そうじゃないか。今の芝居よかったぜ!」

 声の主は、芸術大学時代の同期で、今は東京のS劇団で中堅の演出をやっている稲川だった。
「高校演劇って、もっと力んでるだけのものかと思ったけど、いやいや、今のは、役者が生きてたよ。みんなよかったけど、パックがいいな。高校演劇にゃもったいない」
 山阪は、稲川の言葉に少し抵抗を感じた。ポーカーフェイスのつもりでいたが、稲川には分かってしまった。
「すまん、そういうつもりじゃないんだ。あの子、学校じゃ生きにくいタイプだよな。それを、あそこまで生かしたんだ。教育者としてのお前は一流だよ」
「どうも、誉め言葉として聞いとくよ」
「まんま、誉め言葉だぜ。だから、まんまのまんま言うぞ」
「なにを?」
「パック、オレによこせ」

「は!?」

「残りの半年、腐らせとくつもりか。楽屋、あっちだな……」
「お、おい、稲川!」

 その秋から、真夏はS劇団の研究生になった。取りあえずは土日だけだが、稲川は、特待生として交通費を支給されるようになった。

「もう秋ですけど、真夏ですみません!」

 劇団での、真夏の最初のあいさつだった。「続けて」という声に、真夏は十分も喋ってしまった。

「真夏君は、いい先生にならったんだね」

 劇団のボスに、そう誉められ、真夏の演劇人の人生がはじまった。鰯雲の向こうに自分の人生が広がっていくのを感じた。

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高校ライトノベル・希望ヶ丘青春高校有頂天演劇部の鉄火場③念のために言っとくけどよ!

2018-06-02 06:27:15 | 青春高校

希望ヶ丘青春高校有頂天演劇部の鉄火場③
念のために言っとくけどよ!



 いいかい、あたし女子高生だからよ!

 創刊号の序文が、あんまし伝法なもんで、あたしのことを男と思ってる奴がいるらしいけど。一応女子高生なんで、そこんとこよろしく。

     

 左っ側の後姿の一人が、あたしのレギュラーな姿だから。な、普通の女子高生だろーが。

 で、右っ側のでっかいお人形さんみたいに可愛い写真が、あたしの舞台写真だから、とっくりと拝んでおくんねえ。
 言っとくけど、あたしらの青春高校は良識あるクールな学校だから、日ごろの生活や姿は真っ当なもんで、茶髪なんてとんでもねえ。
 ウィッグだよ、ウィッグ。専門用語でヅラ!
 目はカラコン、よっく見ると右がグリーンで、左がブルー。

 なんの役かは、右の髪に垂らしたちょっと変わったヘアーコサージュで想像しておくんねえ。

 今日は、なんであたしが芝居を始めたかって、そもそも論をしてーわけよ。まあ、そこじゃ端近だ、もそっと寄んねえ。
 あたしは小学校ん時は「空気」ってよばれてた。
 存在感ねえって意味。別に気にはしてなかったけどね。小学校のころから学校にレーゾンデートル求めるようなヤワじゃなかったしよ。ま、人様の迷惑にならねえように、大人しく女子児童やってたわけ。
 あ、今の掛詞分かる? 「やってたわけ」は「やってタワケ」に掛けてる……まだ分かんねえ?

 タワケ者のタワケ……分かんねえ?

 ちょっと古い言葉だけど、どーしようもないスカタン、バカ、マヌケ、ソコツモノってな意味。
 
 ちょいとウンチク垂れるから聞いておくんねえ。
 むかし日本は分割相続って言ってよ。子供らにみんな分けて土地を相続させてたわけ。まあ、平安時代の終わりころから鎌倉時代にかけて、これが破たん。
 考えてみても分かるわな。そこらへんに未開墾の空き地がいっぱいあったころはいいけど、開墾し続けると、当然空き地が無くなるわけ。
 でもって、ゆっくりと単独相続に変わって、領地を分割しなくなった。
 でも、時代の空気読めねえやつは、どこにでもいるわけで、相変わらずの分割相続。元の領地の広さは変わらないわけだから、相続を重ねる番たびに分けられる領地が小さくなって、ついには一族としての力も維持できないくらいになっちまうわけさ。
 そういうバカのことを「田分け者」と言ったわけさね。な、もうわかったろ。それを仮名で書きゃ「たわけもの」ってことになる。

 で、あたしはネコ被って大人しくしてたから、「空気」なんて芸のねえ二つ名をいただいたってこと。

 自分で言うのもなんだけど、あたしは可愛かったよ。男のガキの興味の持ち方って倒錯してんだよね。イジメにかかりやがった。
 口で言われてる分にはシカトすりゃすむんだけど、手が出るよういなっちゃ、こっちも大人しくはしてらんねえ。

 ある日、あたしのスカートをめくった身の程知らずがいたと思いねえ。
 あたしは見せパンとかヘッチャラパンツなんてものは穿かねえ。いつでも勝負のアミダラ女王かレイア姫のおパンツよ。
 めくったとたんの回し蹴りで、そいつは伸びちまった。

 で、伯父きから、一発はられて説教だ。

「いいか、ハルミ。大人しくして済ましているだけが能じゃねえ、TPOに合わせて自分を変えられてこそ、三好の娘だ。今日からおめえの父つぁんに代わって、このおいらが仕込んでやらあ」
 武芸一般は、もうせんに逝っちまった父つぁんに仕込まれましたが、あとはからっきしのあたしだ。リーストラスバーグの「メソード演技」をもとにみっちり六年と六月(ろくげつ) 今でも「空気」の二つ名はそのままだけど、意味はでんぐりけえった。
 空気=日ごろは、存在を意識もされねえが、いなくなると、その有難味が分かるってな意味。

 しかし、あたしも、もう三年生。居なくなって困る存在じゃいけませんや。後輩たちが困らねえように、残り一年に満たねえ月日でやっていく所存でござんすよ。

 こんなもんでよござんすかいコトリ高校の演劇部さん。おまいさんたちも頑張っておくんない。

                                  部長 三好清海(みよし はるみ) 

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