ポナの季節・47
『ちょっといいかな』
ポナ:みそっかすの英訳 (Person Of No Account )の頭文字をとって新子が自分で付けたあだ名
「ちょっといいかな」
これは、日本においては、相手との関係性を深化させるための常套句で、日本中で一日に何千万回と使われている。
むろん相手によって反応は異なる。
友だち同士なら「え、なに?」と気楽に人の、主に悪口を中心とした噂話になったり。お巡りさんだったら職務質問の枕詞で、こちらにヤマシサがなければ普通に答える。母親なら、なにか用事をたのまれる前兆。親父なら、一般的に説教の前兆……とかね。
今日、ポナは、この「ちょっといかな」を二回も聞いてしまった。
「ちょっといいかな」の最初は吉岡あかね先生である。
「ほんの三十分ほど観て欲しいものがあるんだけど」
放課後のピロティーで気軽に声をかけられた。
「「いいですけど」」
由紀と奈菜がいっしょだったので、互いにチラ見して、お気楽に返事した。
で、玄関わきの相談室に入ると、鈴木友子がいた。父達孝の公立と違って、掃除も設備も行き届いていた。その行き届いた設備が、ある状態にしてある。
「じゃ、いくわね」
程よい冷房、締め切った暗幕、目の前のスクリーンがわりのホワイトボードにプロジェクターとパソコン。
いきなり『アルプスの少女ハイジ』のテーマ曲が流れて画面の中の緞帳が開く。
ほとんど女の子一人の芝居。
『クララ ハイジを待ちながら』というロゴが入っていて女の子がクララであると察せられる。
このクララは、ハイジとオンジのお蔭で立つようになれたあとのクララの話し。
立てるようになっただけで、しばらくは人生バラ色だったが、やがて学校にいくと意に沿わないことが多く、クララは明るく元気に不登校をつづけている。一日の大半を同じ不登校の女の子とのチャットで潰している。相手の女の子のハンドルネームは「あなた」であり、観客は、いつのまにかクララが自分に語り掛けてくるように思える。
途中シャルロッテという新人のメイドがチラリと出てくる。ロッテンマイヤーさんの声も、時々する。
大阪の天〇寺商業という学校の演劇部が、数年前に上演したのをYouTubeから拾ってきたものらしい。そんなに上手い演技ではないけど、一生懸命さと、ストーリーと台詞の面白さは、はっきり分かった。
「どうかな、これをアゴダ劇場で演ろうと思うんだけど、シャルロッテとロッテンマイヤーさんをやってもらえないかな……」
由紀は生徒会があるので、自動的に奈菜とポナが引き受けることになってしまった。
新入りの常勤講師とはいえ、先週初顔合わせのときに人間関係ができてしまっている。それにクラスメートにして唯一の演劇部員である鈴木友子に、すがり付くような目で見られては断れるものではない。ま、ほんのチョイ役だし……と思い直すポナであった。
二度目の「ちょっといいかな」は、帰りの電車の中だった。
知らない(相手はポナをよく知っているが)修学院の男子生徒だった。
「よかったら、この手紙読んで!」
顔を真っ赤にして手紙を押し付けると、ちょうど停まった駅で、そそくさと降りてしまった。
駅に着いてから、歩きながら手紙を読んだ。
「……バカじゃない?」
手紙には「付き合ってください。蟹江大輔」とだけあった。
ポナの周辺の人たち
父 寺沢達孝(59歳) 定年間近の高校教師
母 寺沢豊子(49歳) 父の元教え子。五人の子どもを、しっかり育てた、しっかり母さん
長男 寺沢達幸(30歳) 海上自衛隊 一等海尉
次男 寺沢孝史(28歳) 元警察官、今は胡散臭い商社員だったが、乃木坂の講師になる。
長女 寺沢優奈(26歳) 横浜中央署の女性警官
次女 寺沢優里(19歳) 城南大学社会学部二年生。身長・3サイズがポナといっしょ
三女 寺沢新子(15歳) 世田谷女学院一年生。一人歳の離れたミソッカス。自称ポナ(Person Of No Account )
ポチ 寺沢家の飼い犬、ポナと同い年。死んでペンダントになった。
高畑みなみ ポナの小学校からの親友(乃木坂学院高校)
支倉奈菜 ポナが世田谷女学院に入ってからの友だち。良くも悪くも一人っ子
橋本由紀 ポナのクラスメート、元気な生徒会副会長
浜崎安祐美 世田谷女学院に住み着いている幽霊
吉岡先生 美術の常勤講師、演劇部をしたくて仕方がない。
佐伯美智 父が顧問をする演劇部の部長