せやさかい・265
自分らはええなあ~
リビングに入るなり、テイ兄ちゃん。
「家のもんが帰ってきたら『おかえりい』やろが」
うちも留美ちゃんも、玄関入った時に「ただいまあ~」って言ってるから、ちょっとムカつく。
「なにが、いいんですか?」
留美ちゃんは人格者やさかい、嫌な顔もせんと穏やかに聞き返す。
「特別給付金やがな」
「え」
「ああ」
「なんや、気ぃのない返事やなあ」
「せやかて、まだまだ先やろ? ちょ、じゃま」
「こんな狭いとこ通らんでもぉ」
「お茶が飲みたいのん」
テイ兄ちゃんを跨いで、テーブルのヤカンをとる。気配で分かった留美ちゃんが、キッチンに湯呑をとりにいく。
うちは、冬でも麦茶とか湧かして、リビングのテーブルに置いてある。
「さくら、制服の肘のとこ光ってるなあ」
「そら、学校で、いっしょけんめい勉強してるさかいね……」
留美ちゃんが持ってきてくれた湯呑にお茶を淹れる。
クポクポクポ……
ちなみに、湯呑は三つ。
「勉強したら、肘のとこが光るんか?」
「そら光るよ」
「そうか……」
クソ坊主は、ムックリ起きると、テーブルに向かって勉強の姿勢をとりよる。
「……光るというか……擦り切れるのは袖口とちゃうか?」
「うっさいなあ、お茶飲んだら、さっさと檀家周りに行っといで!」
「まだ、三十分ある」
うっとい従兄や。
お茶のんださかい、さっさと自分の部屋いこと思たら、留美ちゃんがソファーに落ち着いてしもてるし。
「給付金、頂けたら高校の入学資金の一部にあてたいんです」
「「そんなあ」」
これだけは従兄妹同士で声が揃う。
「え、ダメですか?」
「ダメやよ、そんなん、自分の好きなように使わなら」
「せやせや、親父もお祖父ちゃんも、そのつもりやで」
「えと、だから……」
「お父さんから、毎月、キチンとお金入れてもろてるし、進学に関わる分は、別に入れるて言うてはるらしいで」
「ええ、でも……」
「あたしは、オキュラス買おとか思てるねんよ」
「「ああ、VR!?」」
今度は、留美ちゃんとテイ兄ちゃんが揃う。
「うん、あれでグーグルアースやったら、完全3D! 360度景色やさかい、世界旅行ができるし!」
「そうなんだ」
「あ、うちひとりが買うても、留美ちゃんにも貸したげるし」
「あ、嬉しい(^▽^)」
胸の前で手を合わせて喜ぶ留美ちゃん。
留美ちゃんも、反射的に喜びとか表せるようになってきた。
「見ろ、さくら! これが、三年間勉強してきた制服や!」
テイ兄ちゃんが、大げさに留美ちゃんの袖口を指さす。
指ささんでも、テストの最終日に確認し合ったとこやさかい、驚きとか衝撃はない。
「そんな、大げさに言わんでもぉ」
「…………」
ほら、留美ちゃん、赤い顔して俯いてしもた。
「ほんで、支給のお知らせとか来たん?」
「あ、いや、山形市とかは、来週早々やとか、お参りに行って噂やったし、堺も早いんちゃうか」
「なんや、まだ噂話なん!? ああぬか喜びやし、留美ちゃん、着替えに行こ」
「うん」
クソ坊主は放っておいて、部屋に向かう。
「ねえ、さくらぁ」
「なに?」
「給付金の話、詩(ことは)ちゃんの前ではしないほうがいいよ」
「え、なんで?」
「だって、詩ちゃん……十九だから、給付金無いよ」
「え……ああ」
なんちゅう気ぃのつく……せやけど、うちは言うた。
「そんなん気にせんでええのん!」
なれることも、気配りも大事やと思う。
留美ちゃんは、まだ、そのバランスがしっくりとは行ってへん感じ。
せやけど、気ぃつかいながらでも、ちょっとずつ家族になってきてる。
給付金でオキュラス買うても、まだまだ残る。
残りは、留美ちゃんを含め、なんか家族のために使えたらと思う。
そう言えば、もうじきクリスマス。
関係ないけど。