魔法少女マヂカ・195
ずいぶん走ったようだが、練馬の西のようだった。
なんせ、車も道路事情も大正時代だ。
練馬の名物は大根……だけではない。戦後、多くのマンガ家が住み着き、その流れからかアニメの発祥の地になり、令和の時代では日本で一番アニメスタジオが多い地域になっている。
いわば、アニメとマンガの聖地で、そういうサブカルチャーのエネルギーが奇跡を起こすのではないかと妄想しかける。
ウ……千年の魔法少女ともあろうものがサブカルに毒されかけているぞ、自戒。
「ここでございます」
パッカードが停まったのは、田んぼや畑が広がるところで、目の前はほんとうに大根畑だった。
大根畑を抜けると、簡単な柵で囲われた広い空き地が見えてきた。
『米国大使館付属ゴルフ倶楽部練習場』
英語と日本語の看板が掛かっている。
案内板を見ると、三ホールしかない。パー3 パー4 パー5の基本的なコースが整っている。
「大使館も震災の後始末でゴルフどころではないので、好きに使ってよいとのことです。わたしどもは、あの支度小屋におりますので、存分になさってください」
「頑張ってください! 井戸があるようなのでラムネを冷やして待っています!」
松本とクマちゃんに見送られ、我々はパー3ショートホールの芝生に立った。
「じゃ、行くわよ!」
準備運動もそこそこに走り出す。
三コースを走るのに10分、三周して40分ほどになるか、まあ、こっちは魔法少女だ。ペースは霧子任せ。
「自分の調子で走ってね、わたしに遠慮することはないから」
「一週目は合わせるよ、あとは自分のペースでやらせてもらう」
「ペース?」
「あ、調子という意味の英語だ」
「真智香さん、ハイカラ~(^▽^)/」
霧子は、三人で走ることが楽しくて仕方がない感じだ。結果が出なくても、こういう気持ちになってくれるだけで成功だろう。
霧子は、体操の時間に習った通りの掛け声で走る。
文字に書けば、一! 二! 一! 二!なんだが、オッチニ オッチニと聞こえる。
そうなんだ、こういう掛け声一つにしても、この百年間に少なからず変化している。
昔は、学校でも軍隊でも、掛け声はオッチニ、オッチニだった。
片やノンコは、エッチネ エッチネと発音している。
片やオッサン臭く、片や舌足らずのJKで、間を走るわたしは可笑しくてしかたがないのだが、本人たちは真面目なので、その違いを面白がる風もない。
二周目に入って、わたしは先頭に出る。
千年の魔法少女だ、その気になれば世界新記録だって出せる。
五十メートルも引き離しただろうか、パー4ミドルホールの薮を過ぎて、わたしの前を走っている者を見てビックリした。
「お、おまえ!?」
「そのまま走って」
横に並んだ、そいつはブリンダ・マクギャバン!?
「やっと、こっちに来られた」
ブリンダは千駄木女学院に通うアメリカの魔法少女で、特務師団の準隊員でもある。
「どうやら、おまえらの手には余る仕事のようでな。オレにも出動命令が出たんだ」
「どっちの命令だ?」
「どっちでもない、しいて言えばアメリカだが、政府じゃない。今の政府はディープステイトに握られてしまったからな」
「そうか、で、どんな手伝いをしてくれるんだ」
「まだ、分からん。とりあえずは、霧子に紹介してくれ」
「紹介? どういう肩書でだ? まさか魔法少女とは言えんだろ」
「そうだな……」
「なんだ、設定していないのか?」
「……大使の娘だ、いま設定した」
「フ、いいかげんだなあ」
「My feet hurt! My feet are killing me!」
英語で叫びながら大げさにブリンダはひっくり返った。
背後に霧子とノンコの驚く気配。
やれやれ、こいつはかえって邪魔になるかもな……。