コッペリア・20
栞の真新しい制服が届いた。
といっても届けてくれたのは宅配さんじゃなくて、大家さんだ。
神楽坂高校への編入の書類がきたときに、書類上では立花栞ではなく、鈴木栞にした。大家さんの養女ということにした方が、法的手続きや、様々な届け出が簡単なためだ。
「ま、これも神さま仏様のおぼしめしだろう」
大家さんは、この不思議な現象をあっさり受け止め、栞の現住所は大家の鈴木さんちになっている。
「うわー、まるで別のあたしだ。どう、似合ってる?」
栞は、さっそく制服に着替えると颯太の前でターンして見せた。制服のスカートが膨らんで、なんだか満開の桜を連想させた。
「そうだ、お兄ちゃん、お花見に行こう!」
「お花見?」
朴念仁の颯太は、間の抜けた返事をした。
「だって、お兄ちゃんは明日は引継ぎでお仕事でしょ。二人で出かけられる最後のチャンス!」
「ま、いいか……って、おまえ、その制服のまま行くのか?」
「いいでしょ、嬉しいんだから(^_^;)」
「ま、まあ、いいか」
考えてみれば、桜に新品の制服はよく似合う。
とういうことで、手近なところで、上野公園にいくことにした。
「ウィークデーだってのに、けっこうな人たちがいるわね」
「そりゃ、床屋さんとか、図書館のひととか、月曜が休みって人は多い。だいたい春休みのど真ん中だからな、学生なんかも多いだろう」
「高校の制服で来てるのは、あたしくらいのもんだな……」
と、まわりを見渡すと、案外奇抜なコスの若者たちがいる。アキバが近いせいか、ゴスロリやアニメのコス。中には真っ当な卒業スタイルの袴姿の女子学生もいるが、着つけない衣装なのでコスプレに見えている。
「なんか自由な感じでいいなあ」
「うん、大阪よりは行儀がいい感じだな」
「大阪はちがうの?」
「ああ、なんちゅうか、もっとハジケとるなあ。にぎやかだし……昔、桜ノ宮の通り抜けにトラックでリンゴを売りに来たオッチャンがいたんだ。オッチャンがトイレに用足しに行ってる間に、荷台のリンゴがみんな無くなった。大阪人の群集心理はすごいぞ」
「お兄ちゃんて、そんなとこで育ったんだ。そんな風には見えないけど」
「ハハ、大阪の人間といってもいろいろ。それに東京に来るとすぐに影響されっちまう。自分で言うのもなんだけど、言葉まで変わってきてしまった……前の立風さんも、そうだったのかな」
「前の立風さんのことは、いいよ。栞のお兄ちゃんは、お兄ちゃんだけなんだから」
「そういうことをサラリと言うとこ……」
「なに?」
「なんでもない」
「へんなの……あ、あの子、咲月さん?」
栞が指差した先には、神楽坂の正門で見かけた、あの女生徒、水分咲月がいた。
「場所変えよう、今のあの子は、そっとしておいたほうがいい」
それから、二人は地下鉄に乗って、行き当たりばったりで、靖国神社に行った。
「こないだ、来たとこだぜ」
「いいじゃん。あのチラホラ咲がどうなったかも楽しみだし(^▽^)」
靖国神社もかなりの人出だ。さすがに、上野公園のようなコスプレはいないけど、旧陸海軍の軍服を着た人たちがチラホラ見える。
「おれ、どうかと思うな。旧軍人でもないのに、ああいうコスでくるのは……」
栞は、すぐには答えずに、しばらく境内を歩いてから言った。
「……何人か本物が混じってるよ」
「え、どこ……」
「教えない。せっかく、密かに花見に来てらっしゃるんだから」
なんだか、見てはいけないものを見た花見になってしまったが、いい経験になったと二人は思った。