鳴かぬなら 信長転生記
根っから染みついた武士ならば腹を切るところかもしれない。
なんせ、助けたはずのわたしが馬の尻に乗って、救出されたはずの茶姫が手綱を握っていたんだからな。
「替わってくれ、わたしの方が速い!」
追手の気配を感じて、直ぐに茶姫は言った。
「心得た!」
わたしは左に、茶姫は右に体を寄せて二呼吸するほどの間は二人で手綱を握った。
セイ!
次の瞬間、掛け声と共に茶姫は左足を垂直に跳ね上げ、わたしを跨いで馬の鞍に収まった。
その刹那に目の前に屹立した美脚には震えがきた!
時間よ停まれ! 君は美しい!
キュッと内側に握られた爪先は、脚を屹立させるには理にかなった形なのだが、それは女が絶頂した時のそれと同じだ。甲は浅く土踏まず美麗にくびれ、足首もそれに倣い、ふくらはぎと太ももの線の豊かさとなだらかさを荘厳している。アゲインストの風が薄物の胴着を靡かせ、太ももの末が尻のまろみに昇華され、ほとんど足の付け根までが露わになったところまで想像される。
実際は、三国志の衣装で下半身は褲子(くうず)を穿いているので生足が見えているわけではないのだが、旺盛な審美眼は褲子の布などは素通しにしてしまう。
いや、なにが言いたいかと言うと、この審美眼が無ければ、救出者たる武士として手綱を譲ることなどできなかった。
それでも、曹素手練れの追手を振り切ることは難しく、境の森を出れば双ヶ岡まで一面の草原。たとえ、迎えの軍勢が控えていようと、一戦交えざるを得ないと覚悟した。
武蔵が飛び出してきた。
太刀は帯びずに、脇差一本の軽腰、両腕を蒸気機関車のロッドのように激しく屈伸させ、一直線に丘を駆け下りてきた。
チェストーー!
あの武蔵が、薩摩示現流の掛け声で境の森に対した。
追手たちは、境の森を出ることなく引き返した。
ほんの先月には、カラコンを装着してほとんどカミングアウト。皆虎の街ではアイドル以上の扱いだった。
それが、役目を自覚し見敵と同時に元の武蔵に戻った。
いや、元以上。いたずらに剣を振り回すのではなく、威嚇に止め、わたしと茶姫の保護を最優先にした。
並の剣術馬鹿にできることではない。
並の剣術馬鹿なら、追手を皆殺しにしている。
部下が皆殺しにされて黙っているような曹素ではない。いや、曹素のその上、曹操に扶桑との決戦に踏み出させてしまう。三国志の民草も、扶桑の英傑たちも戦は望んではいない。
そのことを理解したうえで、武蔵は行動した。
元々なのか成長したのか、扶桑の転生という属性はすごいと思う。
「そうか……それなら仕方がない、歓迎会は少し先ということにしよう」
信玄が頭を掻いた。
「そうね、茶の湯もそうだけど、和式のおもてなしは正座が基本だものね、学園の乙女生徒会長とも話し合って決めるわ」
そう言って謙信がノーパソを閉じた。
「それがありがたいです、茶姫さんもお疲れだし、まずは心も体も休めてもらうのが一番です。いろいろおもてなしを考えていただいた様子。わたしも感謝します」
部室の壁には、茶姫歓迎の資料やらプランが張られていて、すでに、歓迎の茶席も信長を呼んで予行済みとか。
本気で準備していたことがよく分かる。
「天下布部、勝手に決められては困ります」
石田三成が断わりも無く入って来て、挨拶もせずに苦情を言う。
「カリカリするな三成、ファジーにやらんと若禿になるぞぉ」
「今川会長も、予定を組んでおられます」
「いいじゃないの石田さん、生徒会も真剣に取り組んでいたという事実は残るんだから」
「そういうことではないんですよ謙信さん。執行部に一言も無しに方針転換されるのが困るんです」
「ああ、そうか。この信玄としたことが不覚だった! じゃ、今から今川会長のところに行くわ。そうだ、せっかくだから『ほうとう』の味噌煮込みで一杯やろう」
「あ、ちょっと信玄さーん!」
あわただしく信玄と三成が出て行って、首を戻すと謙信と目が合った。
「歓迎会が終わった後の話がしたい……」
どうやら休ませてはもらえないようだ……まあ、望むところではあるんだけどね。
☆彡 主な登場人物
- 織田 信長 本能寺の変で討ち取られて転生 ニイ(三国志での偽名)
- 熱田 敦子(熱田大神) 信長担当の尾張の神さま
- 織田 市 信長の妹 シイ(三国志での偽名)
- 平手 美姫 信長のクラス担任
- 武田 信玄 同級生
- 上杉 謙信 同級生
- 古田 織部 茶華道部の眼鏡っ子 越後屋(三国志での偽名)
- 宮本 武蔵 孤高の剣聖
- 二宮 忠八 市の友だち 紙飛行機の神さま
- リュドミラ 旧ソ連の女狙撃手 リュドミラ・ミハイロヴナ・パヴリィチェンコ 劉度(三国志での偽名)
- 今川 義元 学院生徒会長
- 坂本 乙女 学園生徒会長
- 曹茶姫 魏の女将軍 部下(劉備忘録 検品長) 曹操・曹素の妹
- 諸葛茶孔明 漢の軍師兼丞相
- 大橋紅茶妃 呉の孫策妃 コウちゃん
- 孫権 呉王孫策の弟 大橋の義弟