コッペリア・25
クラスは違ったが、噂は聞こえてきた。
水分咲月のうわさ。
退学もせずに、のうのうと留年して二回目の二年生をやっていることに、みんなが冷淡であること。
下足ロッカーの中に「さっさと辞めちまえ」という心無い匿名のメモが入っていたこと。
栞は、クラスに一日で溶け込めた。
女子高生の人間関係なんて、最初のボタンのかけ方一つで大きく変わる。
最初ボタンを掛け違うと、あとは何をやっても悪くとられてしまう。
でも、勇気を出して仕切りなおせば道は開けてくるもの。時間はかかるだろうけど。
なんと言っても、新学年は始まったばかりだ。
悪意はないが、栞は、そんな突き放した気持ちで咲月のことを思っていた。
選択授業の移動で、咲月のクラスの前を通った時のこと。
クラスの大半から、特に女子から冷たい目で見られていることが分かった。
咲月は負のオーラをまとって、俯いてスマホばかり見ている。
こういうのって、嫌われるよね……栞は思った。
通り過ぎようとしたら、咲月が、ネットニュースで、わずかに心を慰められたのを感じた。
え?
それは、天皇陛下がパラオのペリリュー島に出向かれたニュースだった。
「お久しぶり、あたしのこと覚えてる?」
一人食堂の隅でランチを食べている咲月の斜め前にカツ丼を持って、栞は座った。
「ああ……靖国神社で」
「うん、まさか同じ学校だとは思わなかった」
意外そうな気持ちの咲月だったが、今までで一番開いた気持ちになっているのが分かった。
駆潜艇咲月、ペリリュー島、AKPなどが、脈絡もなく栞の心に飛び込んできた。
栞は思い切って正面から聞いてみた。
「駆潜艇咲月って、ペリリュー島に行ってたんだよね」
「よく知ってるわね?」
さらに咲月の心が開いた。バラバラだった言葉が栞の中で一つになった。
でも、栞の口から分かったとは言えない。咲月自身の口から聞かなければ会話にならないと思った。
どうしようかと思っていると、咲月がランチを食べる手を休めて語り始めた……。