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チイコの部隊は壊滅しかけていた。
軍事用語で壊滅とは、部隊の実力の1/3以上の戦闘能力が喪失した状態を言う。有り体に言えば。中隊の100人近くが死傷したことになる。
中隊長は、増援か撤退のどちらかにしてくれと石垣島の連隊司令部に暗号電をうっていたが、「待て」の返事が返ってくるだけであった。
昨夜S島に某国の武装部隊一個中隊ほどが秘密裏に上陸した。
内閣の国家安全保障会議は、とりあえず同規模の実力部隊を派遣して対処することにした。自衛隊出身の防衛大臣は、敵の三倍の一個大隊の派遣を主張したが、軍事には素人同然の公民党に遠慮した結論になり、敵と同規模の部隊派遣になったわけである。
当然勝てるはずもない。
島などの孤塁に立てこもった敵を殲滅するには三倍以上の兵力が必要なのが常識だ。戦闘は膠着状態から、次第に自衛隊の劣勢になってきた。石垣島の司令部はヤキモキしたが、シビリアンコントロールの悲しさ、独断で増援部隊は出せない。
この戦闘は、マスコミや国民に知られないうちに片づけようという、政府の甘い見通しで始められ、その犠牲は、派遣された部隊がモロに被っていた。
中隊長は肌で感じていた。
敵にも軍事的な常識がない。全滅しても戦う腹である。おそらく潜水艦で小規模な部隊の増援を行い、こちらが全滅したときに一人でも残っていれば勝ちと踏んでいる。
「チイコ、お前を連れてくるんじゃなかったな。全滅する前にお前は降伏しろ」
「中隊長、あたしは中隊一番のレーザー誘導員です。だから……」
「そのレーザー誘導の弾が切れてしまった。チイコは普通の歩兵だ」
その時、敵の弾が岩に当たり跳弾になって、チイコのテッパチをかすめた。
「暗視スコープだな」
「応射を!」
「敵は、こういう戦闘に慣れている。無駄弾を撃たせて、こちらを消耗させるつもりだ」
90度方向に身を潜めていた数人が応射をして一人を倒したが、味方も一人が死亡、一人が負傷し、部分的戦力としては、さらに壊滅した。
「アパッチの一機でもあれば、数分で片づくんだがな……」
カシャリと音がして、チイコたちは身を伏せた。
ドドドドド ドドドドド
音のしたあたりを敵が撃ってきた。音がしたところからは少し外れている。暗視スコープにも写らないということは、人間ではない。
「チイコ、わたし」
チイコにははっきり聞こえた。女の子の声だ。初めて聞く声だけど懐かしかった。暗視スコープで見ると、ぼんやりと横倒しになった自転車のようなものが見える。
「え?」
なんと、横倒しのまま自転車が寄ってきた。
「なんで自転車が……!?」
中隊長も隊員達も驚いている。
「ナオキのオレンジだ!」
「知っている自転車か?」
「はい、でも……」
「チイコ、あるだけの手榴弾を持って、横になったまま、わたしに乗って!」
不思議な感じがしたが、チイコはオレンジが言う通りにした。
「チイコ、何する気だ?」
「自分にも分かりませんが、上手くいくような気がします……」
すると、オレンジはチイコを乗せたまま横滑りに空に上った。
「下に二個投げて」
オレンジの言うとおり、二個投げると、岩場の二カ所で爆発し、数名の敵が吹き飛んだ。
お返しがきた。地対空ミサイルが飛んできたが、チイコが発する熱では探知できず、あさっての方角に飛んで行った。
銃弾が十数発飛んできてオレンジに二三発当たったが、オレンジは直ぐに、弾の届かない海上に出た。
「いいこと、すぐ目の前に潜水艦が現れる。ハッチが開いたら、手榴弾をまとめて投げ込んで」
敵の増援部隊はビックリした。ハッチをあけたら、目の前に自転車に乗った小柄な敵がいたからだ。
そして、ビックリしているうちに手榴弾の束が艦内に放り込まれた。
ドゴーーーーーーーーーン!
派手な音がしてハッチから火柱が上がった。
「これで、この潜水艦は身動きがとれないわ」
その間に、島では中隊長以下必死の反撃に出て、40分ほどで敵を制圧した。
オレンジが、傷だらけのセーラー服姿で戻ってきたのは、夜明け近くだった。
「どうしたんだ、オレンジ!?」
「ちょっと暴れ過ぎちゃって……」
「オレンジ、怪我してんじゃん!」
「大丈夫、これくらい……でも、もう、あまりこうしていられないわ。最後にナオキの顔が見たくって」
「オレンジ……」
「ほんのチョイ借りのつもりだったのにね……」
そう言って、オレンジの姿は消えてしまった。
その後、チイコは除隊して、ナオキのもとにもどってきたがS島のことは、いっさい言わなかった。
あの作戦に従事したものには箝口令がしかれたのだ。
やがて、マスコミから次第に情報が漏れてきて、ナオキのカミサンになったチイコのところにもやってきたが、オレンジのことだけは話さなかった。
チョイ借り 完