真凡プレジデント・83
ちょっと飛ぶわよ
あさひさんの婚礼が、酒代の踏み倒しということ以外無事に終わって、すみれのビッチェさんが指を立てた。
貧血の症状のように視野が狭くなって、次にパッと明るくなったと思ったら大坂城の御殿だった。
どうやら婚礼から二十年ちょっとたっている。
すれ違う奥女中や茶坊主やらが、みんなお辞儀をして行く。
一瞬戸惑ったが、かえでとすみれは清州以来の奥女中として、文字通りのお局様になっているのだ。
「おー、待ちかねとるがあ!」
奥女中らしくしずしずと奥へ向かっていると、突き当りの襖が開いてサルが……秀吉さんが駆けてきた。
「昔は、呼べば走って来たのによ、もっと、てってと来んとあかんがね」
文句は言いながらも、清州以来のわたしたちには楽し気に言葉をかける秀吉さんだ。
「はよ来い、はよ来い」
後ろに回った秀吉さんは、急き立てるのを口実に、わたしとすみれさんのお尻を押した。
「その気もないのに、お尻を押さないでくださいな」
「いや、すまん、この手が悪い。てい、てい」
秀吉さんは、自分の手を叩くと、上機嫌で書院の襖を閉めた。
「では、わたくしは、これにて」
書院の下座に座っていた若侍が頭を下げる。
「待て佐吉、お主にとっても勉強じゃ、この年増二人の言葉をよう聞いておけ」
「しかし、奥の事でもございますし、表のわたくしが」
「あほう、この秀吉に奥も表もにゃあわ」
「徳川殿のことでありますね?」
すみれさんが、さらりと言う。
「さすがは、我が家いちばんの女中じゃ。して、なんで分かった?」
「石田様の、キリリとした思案顔で……」
ここにいたって、わたしにも分かった。
本能寺の変のあと、天下の雄は秀吉さんと家康さんの二大チャンピオンで決せられることになり、つい先日小牧長久手の戦いが終わったところだ。
秀吉さんは、戦になれば負けることは無くとも、相当な被害を被り、その分天下統一が遅れてしまう。
なんとか、戦をしないで家康さんを臣従させようかと、悩み半分楽しみ半分に考えている最中なのだ。
秀吉さんの偉いところは、この場に佐吉と呼ばれる石田三成を侍らせているところだ。
この問題を解決するところに佐吉さんを座らせておくことで教育をしているのだ。
「それで、すみれ、かえで、二人に存念はにゃあか?」
「あたりまえならば、越後の上杉、坂東の北条、奥羽の伊達を先に調略すべきかと」
「佐吉、お前の献策は正しかったぞ、すみれが同じことを言いよる」
すみれさんは秀吉さんと阿吽の呼吸なんだ。とりあえずは佐吉さんの肩を持っておくんだ。
「しかし、それでは時間がかかりますね……」
わたしもかましておく。
「四国には長曾我部、九州には島津が控えております。中国の毛利殿も幕下に加わられて日が浅く、時間をかけていては鼎の軽重が問われます」
「そこじゃ! 下手をすれば、わし一代の時間では足らんようになる……なによりも、調略は暗~てかんわな」
「家康殿には北の方は、どなたでしたっけ?」
すみれさんが、まるで小娘のような気軽さで秀吉さんと佐吉さんにかけた。
「徳川殿の北の方は月山殿と申された今川家の姫であられましたが、総見院様(亡くなった信長様)のご勘気に触れ……」
「さすは石田さん。そうよね、家康様が泣く泣く切られたのよね」
「かえで殿、よう申されました!」
佐吉さんが閃いた。
「上様、徳川殿に北の方様を進ぜましょう!」
さすが! すみれさんは、ヒントをほのめかし、石田さんに思いつかせた!
「さ、佐吉、おみゃーは、とんでもにゃーことを言う。寧々はかわいいやつじゃが、もう五十路。ちょっと無理があろうが」
「め、滅相もございません!」
分かったうえでの冗談に、真面目に反応する石田さんもかわいい。
「お身内より、相応しき姫君を養女にされて、北の方様としての縁談を勧めるのです」
「なるほどのう……しかし、養女だったら、軽~はにゃあか。この秀吉と繋がりの濃い女子でのうては……」
「え? ええ?」
秀吉さんは、わたしの顔を見たよ~(;'∀')。
☆ 主な登場人物
- 田中 真凡 ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
- 田中 美樹 真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、いまは家でゴロゴロ
- 橘 なつき 中学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
- 藤田先生 定年間近の生徒会顧問
- 中谷先生 若い生徒会顧問
- 柳沢 琢磨 天才・秀才・イケメン・スポーツ万能・ちょっとサイコパス
- 北白川綾乃 真凡のクラスメート、とびきりの美人、なぜか琢磨とは犬猿の仲
- 福島 みずき 真凡とならんで立候補で当選した副会長
- 伊達 利宗 二の丸高校の生徒会長
- ビッチェ 赤い少女
- コウブン スクープされて使われなかった大正と平成の間の年号