ライトノベルベスト
「すみません、ここでバイトしたいんですけど」
思った時にはチーフと思しきオニイサンに声を掛けていた。
正式には履歴書がいるけど、AKPを受けた時の書類のコピーがあったので、それで間に合った。あとは未成年なんで親の承諾書。こいつは帰ってから一悶着を覚悟。フライングしてマニュアルやら、お店のあれこれを教えてもらって、駅に向かおうと思ってAKP劇場のロビーで立ち止まる。
「そうだ、学校のこと、先に話つけとこ!」
思った時には学校に電話していた。
偶然日比野先生が電話に出た(ほら、姫乃の担任)で、うちの担任は帰っていたので、携帯のアドレスを教えてもらった。
「……というわけで、わたし学校辞めることにいたしました……はい、こんな電話でつくような話ではないことは承知しています。あらかじめお伝えしておいた方が、正式にお話ししたときに、互いに理解が早いかと思いまして……はい……はい。では来週よろしくお願いいたします」
あたしってば、AKPシアターのロビーであることも忘れて、大きな声で話して、スマホに深々とお辞儀までしていた。
当然だけど、親には反対された。
でも双方決裂はしたくないので、決定的な結論は出さずに、とりあえず年内いっぱい好きにしてみる……と言っても、実質一か月もないんだけど。やってみる。やらせてみるということになった。
そして土曜日。
あたしは、9時からカフェに行って、いろいろ細かいこと教えてもらって、即実戦。
「いらっしゃいませ、お早うございます!」
そう声を掛けてたまげた。最初の客は、なんと姫乃だった!
「あら、妙子さんだったわね……バイト……ってことは落ちたんだ。まあ、次ってこともあるから、がんばってね」
「はい、ありがとうございます。姫乃さんも、いっそう期待してます。頑張ってください」
「もちよ。あ、オーダーはオーレで」
姫乃は、そう言うと、もうあたしには目もくれず、ノートの振り付けやらフォーメーション描いたのを開いてお勉強を始めた。
正直ムカつく。
でも学校辞めるって決めたあたしだ。姫乃は後輩じゃない、お客さんなんだ。そう自分に言い聞かせた。
ランチタイムが終わってクタクタになっていると、チーフから声がかかった。
「事務所の方で話があるって、急いで行っといで」
「あ、カフェの事務所って」
「そんなものないよ。事務所ったら、上のAKPの事務所だよ」
とっさに思ったのは、午前中のお客さんに、AKPの事務所の人がいて、なにか失礼なことがあったんじゃないかということ。覚えているだけで、お釣りの間違いが二回、飲み残しのお水こぼして「すみません」が一回あった。こういうとこのスタッフさんは気難しい人が多い。あたしは、妙子としてではなく、カフェのスタッフとしてミスしたんだ。きちんとお詫びしなくちゃ。そう思って階段を上がった。
「すみません、カフェAKPの増田妙子と申します。お呼びがあって伺いました」
「え、ああ、増田さん。奥の部屋行ってくれる」
ドア近くのオネエサンに声を掛けたら、そう言われた。初めて入った事務所だけど、奥と言われてエライサンの部屋だろうと見当がついた――ああ、粗相があったのはエライサンだったか! と、臍を噛む思いだったけど。けして卑屈ではなく、きちんと謝ろうと思った。
「ああ、君が増田さんか。なるほど……足して割った感じだ」
――え、なにか割っちゃったっけ!?――
「申し訳ありませんでした!」
早手回しに謝っておく。
「え、なに謝ってんの?」
「あ、カフェで失礼を……」
「失礼は、こっちだよ。あ、ぼく大曾根。さっきいろいろビデオ見せてもらってた。いや、今度は出張でオーディションに付き合えなかったから、今朝見せてもらったんだよ。君にはAKPの全てがある。パッと目には、ただの物まねに見えるけど。君には力があるよ。下のカフェで、バイトし始めたって聞いて、失礼だけど様子を見に行った(いつの間に!?)防犯ビデオまで見せてもらった。昨日、ロビーから学校に電話してただろう。きちんとしてたね。店での対応もしっかりしている。お釣りを二度ほど間違えたみたいだけど、直後に気づいて、自分のミスをフォローできてる。きみは標準的だけど、伸びしろがある。研究生の枠を一人増やして君をいれたいんだけど、どうだろ?」
大曾根ってば、AKPのチーフプロディユーサーだ。ラフな格好なんで気づかなかった。そして、足に震えがきた。
「あ、ありがとうございます!」
声が裏返りそうになった。家で飼ってもらえることが決まったときのポチの気持ちってこんなんだったかと思った。
「やってもらえるんだね、よかった。それと学校辞めちゃダメだよ。両立できないやつは、メンバーになっても続かない。分かったね」
「はい!」
で、学校ではなくバイトを辞めることになった。
いろいろ手続きやって、家に帰ろうと駅に着いたら、駅前に雄介がいた。
「学校辞めるな」
そう一言言った。で、後の言葉が続かない。
「大丈夫よ。辞めないことにしたから」
「ほんとか!?」
「うん、ほんと。でも、雄介の心に置いた住民票……当分そのまま。で、個人情報だから人には言わないで。あたし、そういう世界に入っちゃったから。ごめん」
あたしは、チョコンと頭を下げた。詳しい事情を説明すると雄介も分かってくれた。
家まで一緒に歩いて、それが最初で、当分オアズケのデート……疾風怒濤の一週間だった!