せやさかい・178
あ、さくらちゃん。
キョロキョロしてたら看護師さんに声をかけられた。
「え?」
一瞬分からへん。
「いつも留美がお世話になって(^▽^)」
マスクの上の目がへの字になって分かった。留美ちゃんのお母さんや!
「あ、え、こんにちは(^_^;)」
「お見舞い?」
胸に抱えた花束を見て聞いてくれはる。
「はい、内科で入院してはる橘謙譲さんのお見舞いなんですけど、病室が見当たらへんで……受付で聞いた病室は、ここなんですけど」
教えられてやってきた病室には別の人の名前がかかっていたんですわ(^_^;)
「あら、内科のフロアは一つ上よ」
「え……?」
「ここは六階で泌尿器のフロアだから」
「え! え? 七階やなかったんですか? ここ(;'∀')?」
エレベーターで、ちゃんと⑦を押したはずやねんけど。
「あー、エレベーター修理中でね表示パネルが間に合わせなんで、時々迷う人がいるのよね」
書いてある番号の上のボタンを押したんやけど、ほんまは下のボタンをさ押さならあかんみたい。
アハハハ
照れ笑いをして、ちょうどやってきたエレベーターに乗りなおす。
乗ってから、たった一階やねんから階段を使たらええねんと思いなおす。焦るとろくなことはありません。
ほんまは詩(ことは)ちゃんが来るはずやったんやけど部活で唇を切ってしもて、これ以上切れたらヤバイんで、わたしにお鉢が回ってきた。
橘謙譲さんいうのは、専念寺のゴエンサン(浄土真宗では住職のことをゴエンサンという)。お祖父ちゃんと同年配やねんけど、後継ぎがいてはれへんので、まだ現役でやってはる。
持病を持ってはって、去年の春も入院して、うちのおっちゃんとテイ兄ちゃんがゴエンサン代行をやってた。今度も、おっちゃんとテイ兄ちゃんに加えてお祖父ちゃんも、ちょっと手伝うてる。
おばちゃんが見舞いに行くと気ぃつかいはるということで、うちが花束抱えて専念寺さんの病室を目指してるというわけですよ。
あった、ここや!
病室の前の名札に『橘謙譲様』の名札がかかってる。
病室の前のアルコールで消毒し……ようと思たら、言い争う声がして、花束抱えたまま固まってしまう。
『鸞があと継がんと、寺には居れんことになるんやでえ』
『そんなん言われても、坊主は嫌や』
『なあ、鸞、今は如来寺さんが助けてくれてはるけど、いつまでも頼ってるわけにもいかへん』
『お兄ちゃんが居てるやんか』
『親(ちか)を当てにしてたら、いつになるか分からへんやろ』
『戻って来るて、お祖父ちゃんも、まだ七十にもなってへんねんから、気弱になったらあかへんやんか』
『たとえ直っても、元のようにはでけへん』
『元気出しいや、鸞がしっかり看たるさかいに。元気になったら、そんな気弱さどっかいってしまうさかい。お祖父ちゃん、病気で気弱になってるだけやねんて』
『鸞……』
『うちは、まだ中二やねん、そんな大人になってからのこと言われても』
『なにも、今すぐに坊さんになれ言うのんとちゃうや。な、せめて得度だけでも、得度は子どもでもでける』
『堪忍してえよ、もう』
『鸞が得度もせんままにお祖父ちゃんが逝ってしもたら、ほんまに、寺には居られへんねんで』
『もう、この話はおしまい!』
『鸞』
『ちょっと、外の空気吸うてくる!』
ガラ!
「うわ!」
いきなりドアが開いてビックリした(*_*)!
なんとか身をかわして、鸞いう子ぉは速足で階段の方に行ってしまう。
病院のドアいうのは、開けたら自動で閉まるもんやけど、あんまり勢いよう開けたもんで、なにかが引っかかったか外れたかして、開けたまま止まってしまう。
「あ……どちらさんかな?」
専念寺のお爺さんと目ぇが合ってしもた……。