真凡プレジデント・41
《毎朝テレビの垂れ流し映像》
映らなかったのは三十分ほどだった。
でも、三十分間映らないテレビを切りもしないで、チラ見とはいえ画面に注目していたのは、テレビの魔力なのかもしれない。
毎朝テレビも回復させようと必死の努力をしたんだと思う。
辞めたとはいえ、お姉ちゃんが女子アナだったので、放送局のあれこれは聞きかじっている。
昭和の三十年代は、よく放送がストップして魔法陣みたいなテストパターンが出て――まもなく放送が回復いたします、チャンネルはそのままでしばらくお待ちください――という画面に切り替わったそうだ。
その間、放送局の技術スタッフは必死で原因を探って回復に勤めるんだそうだ。
今は、局の放送そのものが中断してしまうようなことはありえないんだけれど、万々一、そのありえない事態になっても、コンピューターがチェックと回復操作を行って、長くても数分で回復するのだそうだ。
あ、映った。
三十分たって回復した映像はとんでもないものだった。
総理が記者の呼びかけを完全に無視していく映像で、総理は記者の呼びかけを鼻にもかけず足早に立ち去っていきました。
という非難がましい映像だ。
わたしは、何度か、この映像を観ている。お姉ちゃんが写っているからだ。
先輩記者に付き添って、立ち去る総理にマイクを突き付けている姿が数秒写っている。女子アナを辞めた直後、何度か見てはため息をついていた。ひょっとしたら、これが辞めた理由……あるいは原因の一つかと思った。
今度のは違った……というか、前半部分が付け加わっている。
記者が二度――総理! 総理!――と呼びかけて、その都度総理は振り返るんだけど、記者たちは知らんぷり。
これって、ガキがやるイジメと同じだよ。
後ろから呼びかけて、他社の記者たちと知らんふり。振り返っても振り返らなくても囃し立てられる。
ガキのやるイジメも陰惨だけど、放送局は、最後の一回だけを取り上げて――総理は記者の呼びかけを無視して足早に立ち去っていきました――という悪意のあるコメントを付けている。
印象操作……いや、悪意ある放送テロだ。
なつきんちからの帰りの交差点。
書店の上の大型モニターには、くりかえし映像が流れていたが、渡り始めたところで切り替わった。
歩行者や信号待ちをしている人たちも脚を停めて注目する。
こんな光景は、前の天皇陛下が退位すると国民に語られて以来のことだ。
そして、大型モニターが映し出した映像はとんでもないものだ( ゚Д゚)
なんと、毎朝テレビの局内で起こったセクハラに関する映像が流れ始めたのだ!
一見して、番組用に作られたものではなく。偶然映った、または、被害者の女性(アナウンサーやらADやらタレントやら事務職やら様々)。中には財務省のセクハラを毎日糾弾していたキャスターが若い女子アナの肩に手を回しやらし~く迫っているものもあった。「いや」「あの」「ちょ、やめ……て……」などと女性の声も背景音に混じって流れている。
「ドッキリか?」
「新手の番宣?」
「でも、ひどくね?」
「ヤラセだろ」
「にしても、悪趣味」
「真に迫ってるじゃん……」
「いつまで流してんだろ」
「しつこいよな」
道行く人も、おもしろい、めずらしい、から不愉快な声を上げる人が多くなってきた。
こんなのを気にしていたら家にたどり着けないので、足早に家に帰る。
「ただいま~……あれ?」
おかえりの返事は無くて、リビングの方からお姉ちゃんの笑い声が聞こえてきた。
アハハハハハハハハハハ(#`艸´#) ムハハハハハ(〃艸〃) クハハハハハハ(#´0`#)
友だちと電話してる? 読んでたマンガがツボにはまった? 笑ダケにあたった? とうとうイカレた?
「お姉ちゃん……え?」
ちがった。
お姉ちゃんは毎朝テレビの垂れ流し映像を観ながら、狂ったように笑っていたのだった(;'∀')。
☆ 主な登場人物
- 田中 真凡(生徒会長) ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
- 福島 みずき(副会長) 真凡たちの一組とは反対の位置にある六組
- 橘 なつき(会計) 入学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
- 北白川 綾乃(書記) モテカワ美少女の同級生
- 田中 美樹 真凡の姉、美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、家でゴロゴロしている。
- 柳沢 琢磨 対立候補だった ちょっとサイコパス
- 橘 健二 なつきの弟
- 藤田先生 定年間近の生徒会顧問
- 中谷先生 若い生徒会顧問
- 園田 その子 真凡の高校を採点ミスで落とされた元受験生