クレルモンの風・14
メグさんちからの帰り道、モンジュゼ公園のあたりはお巡りさんで一杯だった。
すぐに女の子の捜索隊だと分かった。
『きみ、こんな女の子を知らないかい?』
ビックリした!
すぐ側で、若いお巡りさんが視野の外から声をかけてきた。
『あたしも、さっき事件を知ったばかりで、この子はわかりません』
『どうもありがとう。セレナ・アバックって言うんだ。気の付いたことがあったら警察まで』
そう言って、写真入りのビラをくれた。さっきメグさんに見せられたのといっしょだ。
帰り道は、さすがに走らなかった。普段の運動不足のところへ、メグさんちまで走ってきたので、気がついたら、足がパンパン。
こりゃ、ゆっくり歩いてほぐしておかないと、明日あたり痛むなあ……そう思って歩くことに決めた。
百メートルも歩くと、ブツッと音がしてスニーカーのヒモが切れた。
あたしは道ばたの消火栓にもたれるようにして、しゃがむ。
スニーカーのヒモはハンパなところで切れていて、残ったヒモを穴に通して結ぶのが大変だった。いや、結ぶ前に切れてささくれ立ったヒモの先を穴に通すことそのものが大変だった。
気づくと頭上で声がした。
正確には、横に停まっていたセダンの窓が少し開いていたので、そこから声が漏れてくる。
『みんなモンジュゼ公園のあたりだと思ってる』
『これだけ、ビラを撒けばね』
『セレナの始末は』
『古い方の納屋の冷蔵庫……』
ギョッとして立ち上がってしまった。
で、運転席のオッサンと目が合ってしまった。
背を向けて逃げ出そうとすると、運転席からバスケット選手みたいにでかいオッサンが出てきて、簡単に掴まってしまった。
慌てる風もなく簡単にボンネットに押さえ込まれ、降りてきたオバハンといっしょになって、猿ぐつわを噛まされ、後ろ手に縛り上げられトランクに放り込まれた。
オバハンは、あたしを放り込みながらジーパンを足首まで脱がせ、ベルトを二重巻きにして足かせにした。この間、わずか五秒ほど。
ほんの百メートル先にはお巡りさんがいるんだけど、前のトラックが障害になって死角になっている。
『こいつの始末も考えなきゃな』
オッサンの一声がして、車が憎ったらしいほどゆっくりと動き出した。
とっさに思ったのは、暴れたらすぐに殺されるだろうってこと。そして、行くところまで行けば、これも殺されるという予感。
カーブを曲がって、車は少し加速した。警察の目が届かないだろうと判断したようだ。
トランクの中は、真っ暗。なんだか酔いそう……でも、酔わなかった。やっぱ必死の緊張感なんだ。
足許に触れるものがあった。スマホだ!
うんしょうんしょ……あたしは、ゆっくりと、縛められた手許までたぐり寄せた。
でも、画面が見えないんじゃ、まともに操作ができない。
――そうだ、海ちゃんだ!――
アドレスを交換したばかりだから、アドレス一覧のトップにある。なんとか後ろ手のまま、スマホを通話にして、勘で画面にタッチした。
「もしもし、もしもし……」
かすかに海ちゃんの声がする。
スマホの灯りで、トランクの中が少し明るくなった。
「どうしたのユウコ?」
あたしのスマホにはナビ機能がついている。海ちゃんのにもナビが付いていてシンクロできたら、場所が分かる。あたしは冷静になって、ビデチャモードにした。
「え……ええ!」
という声が聞こえた。事態は飲み込めてもらえたようだ。
どこを走っているんだろう。感じとしては南の方なんだけど。
時間の感覚がマヒしている。三十分にも一時間にも感じた。でもスマホの灯りが点いているのだから二時間にはならない。バッテリーの残量が、そんなものだから……。
グィン
と、急に車が急ハンドルを切った。すごい加速……と思ったら、また急ハンドル!
もう、なにがなんだか分からないようになって、衝撃! 車が停まった。
何やらフランス語の罵声が続いたあと、気を失った。直前トランクが開く気配がした。
――いま、ハズイ格好……――
気がついたら、病院のベッドだった。目の前に海とメグさん。
『先生、意識が……』
メグさんの声が遠のいていく。海の顔がアップになった。
「最初、アミダラ女王のアップなんで、ワケ分かんなくて。で、ユウコのお尻が、縛られた手といっしょに写って、ただ事じゃないと思って警察に連絡したの。ナビが付いていたんで、先の方で検問かけてもらって。大変よ、大立ち回りのあげくに犯人逮捕(;'∀')!」
「どのあたりだったの?」
「リベラシオン通りの南の方」
「で、あたし……どんな格好で」
「あ、事情は分かってたから、トランク開けたのは女性警官の人。直ぐに毛布でぐるぐる巻きにしたから見られてないわよ」
「よかった……」
「しかし、いまじぶんにアミダラ女王のおパンツなんて珍しいいわね」
「あれはね……で、女の子、セレナ・アバックは!?」
海は、悲しそうに首を振った。
で、悲しみに浸る間もなく、アグネスを先頭に寮の仲間達が入ってきた。
「ムチャクチャ心配してんで!」
というアグネスから始まり、最後が涙でグチャグチャのハッサンだった。
「よかった!よかった!よかったよおおお! (#१д१#)」
そうだ、こいつとの結婚を賭けて、人間オセロが待っているんだ……!