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あ(⚙♊⚙ノ)!
こんなところで転ぶとは思わなかった。
数メートル前から、この穴とも呼べない窪みには気がついていた。
いくらスマホを見ながらといっても転ぶような場所じゃない。
自慢じゃないけど、ホームの際ギリギリのところでも、線路に転落したこともなく、通学途中の混雑した道でも、スマホ見ながらスイスイで、人とぶつかったことなんかない。
そりゃあ、多少歩くのは遅くなるけど、そんなに急いで歩く、まして走るシチュェーションなんかは、あたしには無い。
たまに自転車に乗っていてもスマホは見ている。商店街の中でも平気。オッサンやオバハンたちが、睨んでも平気。
どうやったって、大人には気に入られない。気に入られようとも思わない。リアルに迷惑かけなきゃ、人の自由じゃんと思っている。
先生や、お巡りさんの顔だって立てている。
授業中は、膝の上に乗っけて、視野の端で画面をとらえながらやってるから、たいていの先生には、分からない。滝川って世界史の先生だけは気づいているようだけど、あたしの気遣いを分かってか、注意はしてこない。
世の中の高校生がみんな世界史好きでないことも、自分が、あまり授業が上手くないことも知ってるから、見逃しているんだと思う。
数多い先生の中でもお気に入りの先生。かといって、他の女子みたく、メス猫みたいにすり寄っていったりはしない。
滝川先生は、あたしら生徒との距離の取り方が上手いだけで、他に取り柄ははない。28って歳は、あたしたちにとってはギリギリ射程距離だけども、男の魅力は、限りなくゼロ。
だから、一年の時、現代社会で追試を受けるハメになったとき、おアイソにニッコリしただけ。先生も、その八掛けぐらいの笑顔。「おアイソはつうじませ~ん」という意味で。
あたしも期待していたわけじゃない。追試を受けさせる、受けるという、学校生活では、ややイレギュラーな関係に陥った者同士の社交辞令ぐらいのつもり。
お巡りさんの存在は、視野角160度で30メートル、前方真っ直ぐで50メートルぐらいの距離で認知する自信がある。
それが、なんで、こんなところで転ぶんだ!?
と、転びながらスマホをカバーするために左半身を下にして、右手でめくれ上がりそうになったスカート押さえ、後ろのオッサン、ニイチャンたちへの生パンモロ見せを防御した。
で、しすぎて、左の頭をアスファルトに打ちつけ、ほんの二秒ほど気を失った。
「だいじょうぶ……?」
優しげな声が、上から降ってきて、立ち上がるのを助けるように手が差しのべられた。
目の焦点が、しばらく合わなかったけど、その紺と白の組み合わせのコスは、女性警官。笑顔が上戸彩に似ている。
このシュチェーションは、程よくお礼を言わなければならない。
「すみません、ありがとうございます……」
「気をつけなきゃ、根性の悪い穴は、じっとしてないからね」
「……え?」
「ほら」
なんと、穴とも言えない窪みは、嬉しそうに、あたしの周りを、尻尾があったら千切れそうなくらいの勢いで走り回った。
「おとなしくしなさい。しつこくすると、霊惑防止条例でひっぱっていくわよ!」
女性警官の一言で、窪みは大人しくなった。
「まあ、このままじゃ、あなたも不自由だろうから、交番に行こうか」
「え、交番?」
あたしは、交番と歯医者と生活指導室は大嫌いだ。
「心配いらないって、普通の交番じゃないわ。あなたたちみたいな人のための交番よ。清水美恵さん」
「え、あたしの名前……」
そう呟いたとき、後ろから来た男子高校生が、わたしの体をすり抜けて、前に歩いていった。
「ヒヤ~!!」
思わず悲鳴が出た。
「今の、男の子……幽霊……?」
「アハ、どっちかっていうと、清水さんの方が、それっぽいなあ」
そう言うと上戸彩風の女性警官はさっさと歩き出した。しかたなく、あたしは、スマホとカバンを持って、その後を付いていった。
これが、あたしのちょっとした躓き(つまずき)の始まりだった……。