魔法少女マヂカ・249
水柱が十本立った。
赤四本 青六本
優にニ十キロは向こうの水平線。
水柱の高さは赤い方が首一つ分高い。
数秒は、崩れることもなく、なにか意志あるもののごとく屹立しているけど、ゆっくりと崩れ、次の数秒で霧消していく。
「今度は近弾です、これで夾叉(きょうさ)ですので、次は命中弾になると思います」
案内係の砲術科中尉が教えてくれる。
赤の水柱は長門、青の水柱は山城の水柱ということを教えてもらった。
日本海軍は、主砲級の砲弾には染料が仕込まれていて、海面に着弾すると、水柱を染め上げる仕組みになっている。
どの水柱が自分の艦のものか一目瞭然で、容易く次の射撃に備えて修正ができる。
染め上げるまでもなく、長門は四十一サンチ砲弾なので、水柱の高さは、他の戦艦よりも高く、その威力が際立って感じられる。
大連大武闘会に優勝して、演習中の戦艦長門に体験乗艦させてもらっている。
わたしの役目は、間もなく起こる関東大震災にある。
震災の知らせを受けて、日本に緊急帰国する戦艦長門をイギリスの巡洋艦の目から隠すこと。
長門は、最大戦速が25ノットも出るけど、それは極秘で、カタログデータでは20ノット。
最大戦速で走っているところを同盟国とはいえ見られるわけにはいかない。
それを心配した赤城の頼みで、マヂカたちといっしょに一計を案じ、武闘会で優勝して乗艦している。
イギリス巡洋艦と出くわしたら、わたしがハイドボールを炸裂させて長門を隠し、マヂカとブリンダが長門に化けて巡洋艦を引き付ける。
そして、長門は本来の最大戦速で横須賀を目指す。
これで八時間は早く横須賀に着ける。
それだけ早く着ければ、総員二千人の乗組員が救助活動に参加できて、必要な機材や資材も運び込める。
そして、なによりも世界のビッグ7と呼ばれる長門が救助活動に参加することで、被災者や、救助活動に働いている人たちの大きな励みになる。
「あれ?」
同乗している朝毎新聞の記者が呟く。
すぐに分かった。
次弾発射の警告ブザーが鳴らない。
四十一サンチ砲の発射の衝撃はすさまじいもので、主砲発射の時は、ブザーが鳴って、露天甲板や爆風を受ける配置に居る者は避難する。
さっきも甘く見ていて新聞記者が、上着のボタンを全部持っていかれたところだ。
中尉が顔を上げるのと、一層上の射撃指揮所に慌ただしさが感じられるのが同時だった。
『総員に告ぐ、総員に告ぐ、本艦は演習を中止して、ただちに横須賀に帰投する。射撃用具収~め。機関科、航海科二直はただちに配置につけ』
グィーーーーーン
四基の主砲が旋回して、正位置に戻る音が響き、続いて機関出力が上がった。
最大戦速で新進路につくと、艦長から艦内放送があって、関東地方で大地震が起こり、長門は救援活動に参加するために横須賀を目指すとの知らせがなされた。
乗員たちは、噂をするでもなく、粛々と、それぞれの課業をこなしていく。
ペチャクチャとうるさく無意味に艦内を歩き回っているのは、新聞や通信社の記者たち。
わたしは、マヂカから預かったハイドボールが入ったバスケットを膝に載せる。
膝に載せて、手を開いてみると、自分でもびっくりするくらいに汗ばんでいる。
―― おちつけ、霧子 ――
そう、自分に言い聞かせると、毎朝新聞の記者が、左舷後方の海を指さした。
「あれ、イギリスの軍艦が追ってきてないか」
仲間の記者たちが、いっせいにそっちを見る。
なんだか、表を歩く犬が気になってしょうがないネコたちのようで、おかしい。
けれど、いよいよ始まったんだ……。
※ 主な登場人物
- 渡辺真智香(マヂカ) 魔法少女 2年B組 調理研 特務師団隊員
- 要海友里(ユリ) 魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
- 藤本清美(キヨミ) 魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
- 野々村典子(ノンコ) 魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
- 安倍晴美 日暮里高校講師 担任代行 調理研顧問 特務師団隊長
- 来栖種次 陸上自衛隊特務師団司令
- 渡辺綾香(ケルベロス) 魔王の秘書 東池袋に真智香の姉として済むようになって綾香を名乗る
- ブリンダ・マクギャバン 魔法少女(アメリカ) 千駄木女学院2年 特務師団隊員
- ガーゴイル ブリンダの使い魔
※ この章の登場人物
- 高坂霧子 原宿にある高坂侯爵家の娘
- 春日 高坂家のメイド長
- 田中 高坂家の執事長
- 虎沢クマ 霧子お付きのメイド
- 松本 高坂家の運転手
- 新畑 インバネスの男
- 箕作健人 請願巡査
- 孫悟嬢 中国一の魔法少女