潤沢に擬態したスグルは、ワンボックスの先回りをして天安門中央前で待ち受けた。
ガシャン! ブチブチ!
やってきたワンボックスのウインドウを肘でぶち割ると、ダッシュボードの下に手を伸ばし、コードをまとめて引きちぎった。
やっと止まった車に武装警官の一団が銃を構えて取り囲んだ。
「慌てるな、警察官諸君。この車は外部からコントロールされていた。運転していたお嬢さんにも罪はない」
「あるかないかは警察が調べる。あんたの身のこなしもただもんじゃない。いっしょに署まできてもらおうか」
金筋の入った警官が、銃を構えたまま居丈高に言う。春麗と雪嶺も女性警官に捕まっている。
「慌てるなと言っただろう。君はわたしのパルスが読めないのか!?」
「え?」
金筋の顔が青ざめた。
「情報局の……!?」
「名前を言わなかったのは賢明だな。気を失っているが、運転しているのは北京市長のお嬢さんだ。ほれ、これが自動操縦のボックスだ。分析して出所を調べろ、これは単なる自動車事故。そうしておけ、君の進退にかかわるぞ」
情報局の看板と呉潤沢の名前は効果絶大だった。この件は潤沢の預かりとなった。
「きみは、北京市長の娘だが、中身は違うだろう」
潤沢のスグルは、自宅に着くなり、娘に迫った。
「いいえ、北京市長の娘です、すぐに家に戻してください」
「わたしの目はごまかせんよ。体と心の波動が一致しない」
「どんな方法か分からないけど、あなた、市長の娘にパラサイトしているわね」
雪嶺のヒナタが続ける。
「……あなたがた、何者?」
「敵ではないとだけ言っておこう。世界はきみが思っているより複雑なんだよ、北京市長の娘が天安門で自爆するよりね」
「車は、あとで公安が引取りにくるでしょうが、改造した工場は分からなくしてあるわ」
「ううん、公安が調べたら、公安の自動車整備部に行き着くようにしといた。ちょっともめてもらおうと思って」
春麗のキミがいたずらっぽく言う。
それでも娘は頑なだったが、日本のエージェントであることまで明かすと、ようやく安心してくれた。もっとも、それを証明するために、キミはアンドロイドとしての技術の一つとして、擬態の技術を見せてやらなければならなかったが。
「日本には、そんな技術があるんですね……わたし、チベット人のツェリン・チュドゥンと言います……いえ、だったというのが正確ですね。わたしは還魂の術で、市長の娘の体に入ったんです」
「パラサイト!?」
「よほど適合した人間同士でなければできません」
「じゃ、きみの体は?」
「魂が抜けると、体は死んでしまいます……わたしには戻る体がありません。市長の娘の魂を眠らせて、今は林音美として生きるしかありません。そして林音美として、天安門で死ぬ予定でした。漢政府を混乱させるために」
「でもチベットは、秦共和国に併合されてるんじゃないの?」
ツェリンは庭の柳の木に寄生しているヤドリギに目を移した。
「秦は、漢に寄生しているヤドリギのようなものです。ヤドリギを枯らすのは柳を枯らすのが一番です」
スグルは、なにを思いついたのか、庭の柳からヤドリギを切り離した。
「今の大陸国家は、みんな、このヤドリギみたいなもんだ。秦みたいにほとんど漢に取り込まれそうになっているところもあるが、互いに持ちつ持たれつだ。本気でこいつをバラバラにしよう……」
スグルは、ヤドリギに張った蜘蛛の巣に絡み取られていた蝶々を器用に放してやった。
ツェリンがやっと微笑んだ。